ウーバータクシーは、雇用契約を結ばず、個人事業主として仕事を請け負うのが特徴だ。他のタクシー会社と何が違うのか。実際にウーバーと契約し、運転手として働いた英国人ジャーナリストのジェームズ・ブラッドワースさんがリポートする――。

※本稿は、ジェームズ・ブラッドワース、濱野大道訳『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した 潜入・最低賃金労働の現場』(光文社未来ライブラリー)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/MOZCO Mateusz Szymanski
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MOZCO Mateusz Szymanski

■携帯電話の指示に従って運転するだけ

客を乗せる地点に近づくと、極度の緊張に汗が噴き出してきた。幸いなことに、乗り込んできた女性はとりわけ敏感な嗅覚の持ち主ではなかったようだ。あるいは、ただ礼儀正しく何も言わなかっただけかもしれない。

はじめての乗客を降ろすと、ウーバーの仕事の全体のプロセスがこれまで以上に明確になった。ほとんどの場面は、ただ携帯電話の一連の指示にしたがうだけでよかった。ピーという通知音が鳴ると、およそ15秒以内に仕事を受けるかほかのドライバーに任せるかを判断する。

地図上の指示に沿って客のいる場所まで行き、客を車に乗せ、また地図の指示どおりに車を進め、目的地に行く。もし乗客が5分以内に現われなかったら、5ポンドのノーショウ・フィーを請求することができた。

■ウーバーが仲介するので乗客とトラブルになることもない

黒人や白人など、客の人種はさまざまだった。親切な客、失礼な客、パーティー帰りの泥酔した客、神経質そうな会社の重役……。この仕事のもっとも楽しい部分はまちがいなく、多種多様な人と出会えることだった。仕事全体にサプライズの要素があり、ときにそれは病みつきになるほどの興奮を与えてくれた。

たとえば、仕事を引き受け、待ち合わせ場所に行き、その客が座席に身を落ち着けるまで、目的地を知ることはできない。乗客のフルネームはもちろん、客についてのいっさいの詳細はまったくわからないままだ。ある角度から見ると、これこそウーバーのサービスの非常に優れた点だった。

このようなシステムを構築することによって、「いつでもすべての人に信頼できるサービスを提供できる」と同社は主張した。これは、過度に乗客や事業者に有利になる状況を避けることにも役立った。さらに、クレジットカードの情報を盗もうとする運転手や、夜中の3時に女性客の自宅に押しかけるドライバーから乗客を護ることもできた。

ところが、仲介者によって乗客と分離されるこの三者関係のせいで、私たちドライバーは、普段であればきっぱり拒むような仕事を受け容れなくてはいけない場面に遭遇することもあった。

■「遠くまで行き、近くで降ろす」という割の合わなさ

たとえば、こんな状況を想像してみてほしい。12時間の過酷なシフトの終わりに近づいたとき、家に帰るまえに最後にもう1件だけ仕事を引き受けることに決めたとする。腕時計は朝の4時前を示している。窓を開けると、車の排気ガスのブンブンという音の奥から、夜明けの鳥のさえずりがかすかに聞こえてくるような時間だ。

地平線に昇る太陽のオレンジ色の光の輪が街を包み込むまえに帰宅すること、それだけは死守しなくては――。しかしそのとき、携帯電話からビープ音が鳴る。乗車を希望する客は車で20分離れた場所にいるが、その仕事を受けることにする。客を車に乗せると、行き先が非常に近い最低運賃5ポンドの仕事であることがわかる(この最低運賃はウーバーが手数料を差し引くまえの額で、わずか3ポンド94ペンスの仕事をしたこともあった)。

また20分かけてもとの場所に戻ることを考慮すると、1時間かけて5ポンド以下しか稼げなかった計算になる。あるいは、目的地が自宅とは反対方向に30分の場所だったら? その場合、再び長い距離を戻って家のドアを開けるころには、もう朝の6時になっているだろう。

14時間近く運転しつづけた挙げ句、最後にはお金のもらえない50分の“デッド・タイム”が発生したというわけだ。ベッドにそっと入るころ、ほとんどの隣人たちはテーブルに坐って朝食を食べているにちがいない。

■乗車依頼を3回連続で断るとアプリが停止

分別のある人間であれば、このような割に合わない仕事を喜んで引き受けることはないはずだ。だからこそ、ウーバーはドライバーに長時間にわたって仕事を拒否することを許そうとしないのだろう。

同社はドライバーたちに、乗車リクエストの80パーセントを受け容れなければ「アカウント・ステータス」を保持することができないと通知している。ドライバーが3回連続で乗車リクエストを拒否すると、自動的にアプリが停止する場合もある。

なかには、2回連続で拒否しただけでアプリから強制ログアウトされた例もあった。「あなた自身が社長」という美辞麗句とは裏腹に、強制ログアウト後10分間はアプリにログインできないという事実は処罰のように感じられた。

これは表向きには、実際は手が空いていないにもかかわらず誤ってログインしたドライバーに対する当然の予防装置だとされていた。しかし、たんにドライバーをいったんログオフし、準備ができ次第すぐに再度ログインできるようにすればそんなのは簡単に回避できる。

■「自営業ドライバー」は言葉の錯覚でしかない

このシステムについてなにより注目すべき重要な点は、いったんアプリにログインしてしまえば、どの仕事を引き受けるかについてドライバーに選ぶ権利はほぼないということだ。つまり、ほとんどの場面においてドライバーは、ウーバーのアルゴリズムに指示されたところに行かなくてはいけないことになる。

写真=iStock.com/lovro77
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真夜中に40分かけてロンドンの反対側に行き、また戻ってこいとアプリが指示すれば、ドライバーはそのとおりにしなければいけない。さもなければ、ウーバーから罰を受けることになるだけだ(まずアプリからログアウトされ、次に事務所に呼ばれ、最後にはアカウントが永久に無効化されてしまう)。

このような厳しい管理によってタクシーの待ち時間が減ると、必然的に顧客の満足度は上がってウーバーの利用回数も増える。しかしながら、運転者が自営業者であることを考えると、それは奇妙な運営方法にも思えてくる。私がこの仕事を通してわかったのは、さまざまな面において「自営業」は言葉の錯覚でしかなく、現実とはほぼ乖離したものであるということだった。

■人間の心理を利用した巧妙なアルゴリズム

客を乗せて道路を走ることには、ときに中毒性があった。アメリカのウーバー本社は行動科学の研究をもとにした心理的操作を行ない、ドライバーが働くタイミングと労働時間をコントロールしようとした。

2017年の『ニューヨーク・タイムズ』紙の記事によると、ドライバーを長時間にわたって働かせるために、ウーバーは「利益目標を定める人間の習性を利用し、運転手がログオフしようとしたときに“貴重なターゲット達成まであと少し”というアラートを出すようにした」という。

「私たちは、需要が高い地域をドライバーに示したり、もっと運転してもらうために動機づけしたりしています」とウーバーの広報担当者であるマイケル・アモデオは認めた。「しかしドライバーはいつでも、文字どおり画面をタップして仕事を中断することができます。運転するかどうかの判断は、すべてドライバーに委ねられています(※1)」

あるドライバーがこんな計画を立てているところを想像してみてほしい――夕方から車を走らせ、一定の金額(たとえば100ポンド)を稼いでから帰宅する。当然ながら、これは非常に効率の悪い働き方だ。もし仕事がなければ、その日はさっさとあきらめて家に戻り、また客の多いタイミングで仕事に戻ったほうが効率的なことは自明だろう。

にもかかわらず、とくに働きはじめたばかりのころには、ほぼ全員がこのように目標金額を定めて仕事をしようとする。

※1 https://www.nytimes.com/interactive/2017/04/02/technology/uber-drivers-psychological-tricks.html

■目標まで「あと10ポンドです。ほんとうにログアウトしますか?」

私もそうだった。私はその週の大まかな収入目標を設定し、それを細かく分けて毎日の目標額を決めた。ウーバーのアルゴリズムはときどき、まだ車内に客がいる段階で次の仕事のチャンスを携帯電話に知らせてくることもあった。ネットフリックスで連続ドラマを見ている最中に、まだスタッフロールが流れているにもかかわらず、“一気見”を狙って次回のエピソードが自動的に読み込まれるのと同じだ(※2)。

純利益330ポンドまであと10ポンドです。ほんとうにログアウトしますか? ――ドライバーがより長く運転を続けるよう刺激するために、ウーバーは、テレビゲームと同じ心理的な標的設定テクニックをうまく利用した。つまり、決まった目標に対して段階的に近づくという感覚をドライバーたちに与えようとした。

ウーバーがこのような手段を採れるのは、私たちドライバーの活動と全員の現在地の両方を追跡できるからだ。そこには、余剰能力を活用できるという利点もあった。理論上、人や車両が稼働していない時間が減るため、それにともなって生産性が向上した。

たとえば、私が家に帰ろうとある方向に移動しているとする。そのことをアプリに知らせると、同じ方向に向かう乗客を自動的に探してくれるので、無駄な移動を抑えることができた。携帯アプリの発達によって、他者とつながって余剰能力を共有することは非常に簡単になった。

※2 https://www.nytimes.com/interactive/2017/04/02/technology/uber-drivers-psychological-tricks.html

■深夜や早朝に働くほど低い評価がつきやすい

ウーバーによる管理は、乗客とドライバーの評価システムを通してさらに徹底されていた。すべての旅程の終わりに、ドライバーと乗客は1〜5つ星で互いを評価することができる。ウーバーは、各ドライバーに与えられた星の平均値を注意深くモニターした。

すべてのドライバーにはまず、自動的に5つ星の評価が与えられる。適切に行動するかぎり、その評価を短期的に保つのはそれほどむずかしいことではなかった。星による評価システムに加え、移動を終えた乗客の評価にもとづいてバカげた“eバッジ”がドライバーに与えられることもあった。たとえば、「良い車」「車内の設備がいい」などという評価だ。

しかし、長く働けば働くほど――とくに稼ぎのいい深夜や早朝に働くほど――低い評価を受けやすくなった。

ときに、渋滞のせいで迎えの時間に遅れると、客が怒り出すこともあった。あるいは、乗客が誤った居場所をアプリに入力し、迎えにいったときにその場にいないことがあったが、それもドライバーのせいにされた。

さらには、侮蔑的な態度を取る乗客もいた。そのような乗客は決まって、経済階層のより下にいる人々を侮辱することに大きな楽しみを見いだす人種だった。女王が依然として王位に君臨し、ロンドン証券取引所が毎朝取引を行なっているように、変わらずタクシー・ドライバーを罵る人々がいた。

■「“完全なる”服従」に応じなければ呼び出しを食らう

ときには、車のドアを開けたとたんに怒鳴って命令してくる客もいた。彼らはドライバーと“一緒に”会話を楽しむのではなく、“一方的に”話すのを望んでおり、相手が必要最小限の役割を担うことを求めていた。彼らの声量は車内で数デシベル上がるが、ドライバーの声量はもう少し下げるべきだという無言の圧が伝わってきた。

写真=iStock.com/SimonSkafar
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ウーバーのドライバーとして働くときの問題は、自分が対等な立場として扱われないことだけではなかった。それは、この種の仕事ではよくあることだった。

驚くべきは、人々がドライバーに“完全なる”服従を求めてくることだった。これまで経験してきた仕事のなかでも、これほどの威圧感を覚えたことはなかった。「乗客はあなた方ドライバーの顧客です」とウーバーは言うことを好んだが、「ウーバーの顧客」と表現したほうが正しいように感じられた。

こういったすべての事柄がドライバーの評価に影響を与えた。模範的な評価を保つことは、実際のところ“平均”の問題だった。長年にわたって顕著な経歴をもつクリケット国別対抗戦の選手でさえも、ときには得点ゼロでアウトになることもあるはずだ。しかし、キャリアの早い段階で得点ゼロが何度かあると、すぐさま危機的な状況に追い込まれることがある。

ウーバーは直近50回分の評価にとくに注目した。数人のやっかいな客によって平均点が下がると、ロンドン中心街にある事務所に「研修」のために即座に呼び出される可能性があった。平均スコアが4.5より低い状態が続くと、ウーバー・アプリの使用そのものが禁止されるケースもあった。

■「好きな時間に働ける」ギグワークの嘘

「低い評価をたびたび受けた場合、アプリの使用が禁止となる可能性があります。4.4を下まわったパートナーに対しては、こちらがしっかりと支援し、必要な訓練を受けていただきます」と新人研修の講師は言った。「訓練のあとも低い評価が続いた場合には、半年間のアプリ利用禁止、あるいは永久に禁止となったケースもあります(※3)」

ジェームズ・ブラッドワース『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した 潜入・最低賃金労働の現場』(光文社未来ライブラリー)

スマートフォンの画面をいったん右にスワイプすると、すぐさまオンライン状態になる。そのあとは、アルゴリズムから送られてくる指示がなんであれ、とにかく受け容れなければいけないのだという圧力にさらされつづけた。

「リクエストを受け容れずに、タイマーが期限切れになるケースが続くと、われわれは2分間あなたのアカウントを保留します」と講師は、集まったドライバーの卵たちに警告した。「それを繰り返すと、保留時間はどんどん長くなっていきます」

結局のところ、ドライバーに与えられたのは特殊な種類の自由だった。

※3:ウーバーのオンボーディング(新人研修)での発言(2017年4月8日)

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ジェームズ・ブラッドワース英国人ジャーナリスト
現地で影響力のある左翼系ウェブサイト”Left Foot Forward”の元編集者。大手紙インディペンデントやガーディアン、ウォール・ストリートジャーナル等にコラムを寄稿。著書に『The Myth of Meritocracy: Why Working-Class Kids Still Get Working-Class Jobs』がある。
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(英国人ジャーナリスト ジェームズ・ブラッドワース)