※この記事は2012年08月17日にBLOGOSで公開されたものです

株式会社ゲンロンのオフィス。(撮影:大谷広太) 写真一覧

我が国において、ジャーナリズムやオピニオンのメディアがどうすれば収益化し、持続的に事業を展開できるのか。これはBLOGOS自身としても大変関心のあるテーマだ。最近では、池田信夫氏が電子書籍やセミナー事業もミックスさせた言論メディアを会社として運営、個人のメディア化という点では津田大介氏によるメールマガジンなどの事例が出てきている。

思想家・批評家として活動してきた東浩紀氏(41)が2010年に立ち上げた出版社、株式会社ゲンロン(今春、合同会社コンテクチュアズから組織変更)は、論壇誌を定期出版する傍ら、年会費を徴収し、会員に様々なサービスを提供する「友の会」システムを採り入れている。ゲンロンとその取組について、また、コンテンツビジネスについて編集者や経営者として今感じていることを聞いた。【編集部:大谷広太】

-"論壇誌冬の時代"と言われて久しいですよね。東さんが連載も持っていた「論座」、あるいは「諸君!」のような、立ち位置の比較的ハッキリした雑誌などがこの10年で次々と姿を消し、残った雑誌も、どちらかと言うと中高年向けのような内容に傾いてしまっているように思います。

東浩紀氏(以下、東氏):お葬式特集みたいなものが増えましたね。

-老いについて、みたいな(笑)。そのような中で、出版社を立ち上げて、しかも「思想地図β」という、まさにど真ん中の"論壇誌"をやろうと思ったきっかけは何でしょうか。

東氏:状況全体を見て判断したというよりも、自分の読者を見ての判断です。「動物化するポストモダン」は長く売れ続けているし、ほかの本も1万部以上は確実に売れる。その基盤と10年以上の実績があったのでやろうと思ったということですね。

2008年から、NHK出版さんで「思想地図β」の前進である「思想地図 」を続けて5号出しました。これには僕が責任編集として関わったのですが、それでも平均1万部を超えるくらい売れたんです。こんなハードな論集で、素っ気ないデザインでも行けるんだから、もう少しデザインも含めて総合的にプロデュースすれば部数が伸びるのではないかと考えました。ただ、NHK出版の編集者さんはとても積極的だったのですが、それでもやはりさまざまな壁にぶつかりまして。それで、もう自分で出版社を作って、やりたいことをやったほうがいいと考えました。

-若者の中で「思想」や「批評」がある種の"一般教養"として捉えられていた60年代や70年代に比べれば、若い世代の読者は減ったかもしれません。ただ、最近でみても、読了したかどうかは別として、ともかく"サンデル本"があれだけ売れたということは、やはりこの国には一定のニーズがあるという気もします。

東氏:そうですね。論壇が、論壇に興味のある人だけのものであってはいけないと思うんです。僕が今回出した「思想地図β3」も、文学部と政治学部の学生だけに読まれるようではいけないと考えて作りました。工学部や経営学部の学生、ビジネスマン、エンジニア、中小企業や個人商店の経営者、さらにアーティストやミュージシャンまで、この国について真剣に考えるひとであればだれでも手に取ってもらえるのが理想だと思っています。言論オタクだけが言論を消費していてもしょうがない。そういう点で、ここのところは、言論をニッチな読者だけが支えているまずい構造になっていたと思います。

というものの、実は僕も、会社を立ち上げた当初は言論オタクに向けたサービスを目指していたところがあったんです。"ゼロ年代"系の若い論客が一杯集まっていて楽しいよ、という感じ。しかし、そういう発想は3.11のあとなくなってしまった。

いまはあまり若い人を集めようという気がないし、「新世代」の論客なる構図にも関心がありません。今日本が直面している危機というのは、「若い世代が集まって知恵を出せばなんとかなる」という、世代間対立で乗り越えられるものではないと思います。30代、40代の人間ばかりが集まっても、それだけではだめなんです。

今回の「思想地図β3」で「ゲンロン憲法草案」を作りました。そのひとつの理由は、憲法という枠組みであれば、若い世代の社会観を高齢者の方にも直接ぶつけることができると思ったからです。実際、「朝まで生テレビ」でも取り上げられたし、さまざまな反応が現れた。若い論客が、若い読者に向けた話題ばかりを繰り返して「新世代の論客」とか言っても、上の世代の編集者やメディア人に消費されるだけで、なにも生み出さないと思います。そういう点でも、拡がりを目指しています。
7月17日に行われた、「思想地図β3 日本2.0」の先行発売イベント。深夜にも関わらず、多くの読者が詰めかけた。 写真一覧

ミッションは「言論」の場をどう再生するかということ

-元々いた東さんのファン・読者の方だけでなく、さらに新規の読者も獲得していかなければいけないですよね。

東氏:むろんです。しかしそれだけでもない。いままでの読者もまた自分とともに変わってくれたらいいな、と思っています。 その点では、この会社は危ういタイミングでの始動でした。2010年の12月に「思想地図β」の第一弾を出版した、その直後に3.11が来てしまった。「思想地図β」や僕だけの問題ではなく、「思想」や「批評」と呼ばれるものの読者そのものが大きく変わる局面が来てしまった。

3.11以前、ゲンロン(当時はコンテクチュアズ)や「思想地図β」の立ち上げを支えてくれた若い読者のなかには、やはり"遊び"としての「思想」という感覚がかなりあったと思います。若いモラトリアムな学生が、就職を前にして"ちょっとむずかしいこともやってみたい"というときの、"ツール"としての「思想」。彼らの多くは就職したら「思想」なんて見向きもしなくなってしまう。そういうひとは残念ながら多かった。

ぼくもまた、それに気づかなかったわけではありません。ただ、そもそもこの国にはイデオロギーもない、政治も機能しない、真綿で首をしめられるような状態で経済だけがだんだんと衰退に向かっていく、そんな社会で思想の言葉が求められる時代はもうとうぶん来ないだろうという諦めがあって、割り切っていたところがあった。

けれど、その前提こそが3.11で変わりました。震災によって現れた、"新しい言葉への飢え"に、どうやって応えていくかを考えてよくなった。言い替えれば、自分のメッセージを真剣に読んでくれる人が居るはずだという気持ちになった。だから彼らに向けて真正面から仕事をするようになったのです。ゲンロンのミッションは、 そういう意味で起業直後に大きく変わることになりました。

-見方を変えれば、あまねく人たちに向けてのコンテンツではなく、特定の層に向けたコンテンツであるからこそ、読者にしっかり届ける努力をするということですよね。

東氏:特定の層、といっても、それは言論オタクのことではありません。その違いは重要だと思います。

そもそも読者を拡げるといっても、僕のミッションは、出版業を立ち上げて100万部のベストセラーを作ることではないですね。論壇誌がどんどん潰れて言論の場がなくなりつつあるいま、それをどう再生するか。そのためには、やっぱりまず言論を待ち受ける「読者コミュニティ」を復活させることが必要だと思います。

論壇誌が駄目になったのは、論壇誌の質が下がったという以前に、読者がいなくなったということがあると思います。だから読者を創るところからはじめなければいけない。論壇誌のイメージから変えなければいけない。情報を薄くあまねく届けるというやり方ではなく、言論の価値を支持してくれるコミュニティを地味に育て、大きくしていかないと、実にならない気がします。

-東さんご自身は、以前は次世代の書き手の発掘や育成にも取り組んでいらっしゃいましたよね。

東氏:いまでもやっていないわけではないのですが、ここ1、2年は、新世代論客はむしろ飽和状態だと思います。ニコ論壇などの出現で、いまは論客としてデビューするのはじつに簡単で、支援する必要もない。逆にいま見えつつあるのは、結局、彼らひとりひとりが何をやりたいかです。言論とはそもそも何のためにあるのか。「論客としてデビューしたいです」というのは最初の動機としてはいいですが、ときどき文芸誌や論壇誌で文章を書いて、あとはブログでサブカルトークして大学で職をもらって楽しく生きていたいです、みたいなひとにチャンスを与えても、あまり意味がない。

大学で研究する傍ら、新聞やテレビに出てると、学生にもチヤホヤされるし楽しい。そういうスノッブな文化人がかつてはいっぱいいましたが、もう必要とされていない。腰のすわった新しい世代を望みます。
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「友の会」に込めた思い

-書き手としてではなく、編集者、会社の経営者としての活動を始められて2年あまりが経ちますが、どのようなことをお感じになっていますか?

東氏:「面白いことだけやっていればいいや」とか、「あんまり人に馬鹿に見られたくない」、と思う人は、会社をやるには向かないですよね。そういうことをこの2年間で学びました。僕自身は人に馬鹿だと思われるのを気にしないたちなんで、できているのだと思います(笑)。

物を書きながら出版社もやる人は珍しい、とよく言われます。実際、物書きには、文章を書いて編集者に投げて、それがどこかで印刷されて、その評判を見るのだけが好きな人達がすごく多い。自分が頭がいいか悪いか、ばかりを気にしている。そういう人だと出版社はできない。僕は文章を書くことだけではなく、細かいモノ作りも好きなんです。フォントの大きさとか、紙質などを考えることもものすごく好きだったんで、ごく自然に出版社ができている。

-ゲンロンには、単に書籍を制作するだけではなく、年会費を支払う「友の会」システムがあります。定期発刊の書籍を購読できるほか、金額によって、受けられるサービスが異なる。この仕組みはユニークですよね。

東氏:このシステムは会社の支えになっています。とはいえ、「友の会」自体はめずらしくないんです。美術館にはよくあるもので、僕もそこにヒントを得ました。発足時の規約は水戸芸術館の規約を参考にしましたし、会報も最初は日本科学未来館の判型を参考にしたりしています。

出版業は製造業だと思っているひとが多いと思います。「良い物を作っても売れない。売れないから安くしよう」、という発想になっている。市場はすでにあって、良い物を安く提供すれば売れるはずだ、という製造業的な発想が基本にある。けれども、出版というのは、本質的には市場を自分たちで作らないと行けない産業だと思います。本を買わなくても人は困らないので、本を買う欲望は人工的に作らなければいけない。歴史的に見ても、出版は教育や啓蒙と不可分に結びついている。そして、市場を作るということは、読者を作るということで、コミュニティを作るっていうことです。だから、僕は最近は、出版業は製造業ではなくコミュニティサービスであるべきだとあちこちで言っています。その観点からすると、今の出版はやっていないことが多すぎる。

例えば、書店で著者サイン会をやるとします。そこに集まってくれる人たちは、著者のことが好きでわざわざ足を運んでくれる、すごい貴重な存在です。ところが、いまの常識では、サイン会が終わったらみなばらばらに帰しちゃうわけです。それどころか、早く帰ってくださいと誘導したりする。編集者も書店も著者も、彼らについての情報をいっさいつかむことができない。交流の場も生まれない。コミュニティが育たない。

僕自身、過去にサイン会やトークショーを何回もやったことがあります。だからわかるのですが、「進行上」や「ホールの関係上」などの理由で、著者と読者が触れ合うことはきわめて難しい。終了後、来場者からの質問を受けて5分くらい喋っていると、だいたいお店の人が来て、「先生、楽屋の方でみなさんお待ちになっていますから…」とか言ってくる。でもその「みなさん」ってだれなんだと。書店員と編集者と雑談するためになぜ読者を切らなければいけないのだと。「友の会」の発想はそういうところから生まれています。

リアルの触れあいというのは、決定的に大事です。たとえば、先日の「朝まで生テレビ」を見てうちの直販サイトで「思想地図β3」買ってくれたひとは、一桁です。それが、多摩美大で僕が講演をしたときには50冊売れた。後者は発売直後で、しかも割り引き価格だったということもあるのだけど、この数字は色々なことを考えさせます。ものを買うってなんなのかと。

むろん、こういうことを考えなければならないのは、大前提として僕の商売の規模が小さいからです。例えば僕がアイドルのプロデューサーで、友の会の会員が10万人くらいいるんだったら、みんなが月100円や200円落としてくれれば、会員同士の双方向のコミュニケーションが無くても--僕の評論の言葉を使えば「動物的」な消費者だけでも--回っていける。けれども、そこまでの規模じゃない場合、コミュニティの創設は決定的に大事です。ちょっとかっこつけて言えば、人間的消費者を求めるかと動物的消費者を求めるかの境界は市場のスケールで決まるということですね。

会員同士が仲良くなってくれれば、端的に登録の更新率も上がるし、会場に足を運んでくれる機会も増える。最近では、友の会内部で会員が自発的に勉強会を開くなどの動きも出ています。そういう自発的な交流のサポートも、うちの会社の重要な仕事です。これは具体的な話で、たとえばうちの会社では、イベントスペースを自前で確保し、トークショーのあとに来場者が溜まって雑談をできるようにしている。こういう地味な改革がうちの経営を支えています。

また、読者のコミュニティというと、同一の趣味を持っている言論オタクをイメージされるかもしれません。けれども、ゲンロンの友の会に関して言えば、最近大きく変わってきています。下は10代から上は50代までいて、職業もかなり多様になってきている。「思想地図β」の読者も、どんどんバラけてきています。本来だったら、出会うことのない階層だったり性別だったり年齢だったりする人たちが、ゲンロンの本やトークショーがきっかけでコミュニケーションを取るようになる。そういうコミュニティが、僕の目指すイメージです。

-「クラス250」(年会費税込み26万2,500円。)の会員の場合、ゲンロンの編集会議にも参加できる。読者がそこまで入ってくるというのは斬新ですよね。

東氏:素朴に、いろいろなひとの意見を聞きたいというのがあります。また、日本ではあまり一般的ではないかもしれませんが、僕は、お金を多く払う人が目立つかたちで名前を掲示され、また内容にもある程度コミットできる、そういうランク付けをするのはよいことだと考えています。そもそも文化活動は昔からそういうもので成り立ってきた。それこそ美術館には寄付者の名前を刻んだパネルがあったりしますね。西洋起源のものでなくても、お寺や神社の祭りでも、「拾萬圓」はすごく大きい字で、「壱阡円」は小さい字で書かれていたりするわけじゃないですか。年間25万円も払っていただける人は、僕たちにとっては一種の「旦那」です。

「原点に戻っているという感じ」

ー情報にお金を払う払わない、という議論がありますが、それとは別の発想で始まったとモデルいうことですね。

一般論ですが、ネットサービスがコモディティ化し、無料化することによって、「カネはないけど時間はある」というひとたちの力が相対的に強まっている。この「カネはないけど時間はある」ひとたちがユーザの多くを占めている環境というのは、とても商売がやりにくい世界です。

この10年ほど、エッジの効いた高品質のコンテンツこそが逆にネットで無料でばらまかれる、という不思議な現象が起きていました。しかしそれは、ブログ上で論説を発表することや、YouTubeで映像を発表する、その行為そのものがまだ一般的ではなく、高い象徴的な価値があったからこその現象だと思います。しかしいまや、年齢や教育や所得階層にかかわらずだれでもネットにアクセスできる時代。ブログを書いたり、YouTubeで映像を公開することそのものがもはや価値を発生させないとすると、そこに高品質のコンテンツが集まり続けるかどうかは疑問です。ネットの一般化が達成されることで、逆に、無料あるいは低価格でばらまかれるものはやはりそれだけのものであり、そこから一歩踏み出すためにはそれなりの対価を払わないといけない、という当たり前の状況に戻るのではないかと考えています。 たとえば、ニコニコ生放送の視聴者が中高生ばかりになれば、ニコ論壇は必然的に成立しなくなるはずで、現実にそちらの方向に動き始めていますね。

これは別にネットの可能性の否定ではありません。むしろ、英語圏と日本語圏ではそもそも規模が違うので、ネットの可能性も違うだろうという話です。英語圏は母体がすごく大きいから、一人から10円ずつ集めても1億円集まっちゃったりする。マイナーでニッチなカルチャーもファンディングできる余地がある。でも日本にはそんな規模はない。ネットだけでファンディングしようとすれば、「カネはないけど時間はある」人々にリーチせざるをえず必然的に内容の幅が狭くなってしまうし、逆にマイナーでニッチなものをやろうとしてもそこまでお金が集まらない。僕のように日本語を商売としている以上、この限界は意識せざるをえない。

あとさらに加えて言えば、文化的な土壌の問題もあります。これは、先日家入一真さん、イケダハヤトさんとご一緒したトークイベントでも言いましたが、マイクロファンディングっていまの日本では危険なものです。1000人から1000円ずつ100万円集めるのは簡単かもしれませんが、問題はそのあと。100万円の使途について匿名の寄付者からつねに監視され、ちょっとでも不透明なことがあるとすぐ炎上する。企業活動に使うのは怖いと思います。それならば、4人から25万円ずつを集めるほうが機動力もあるし、面白いことができる。つまり、ゲンロンとしては、最近流行の"広く浅くお金を取る"というビジネスモデルは取らない。だからこそ生まれているのが友の会なんですね。

それなりにお金を持ち、好奇心が旺盛で知的能力も高い人たちを集めてコミュニティを作り、手渡しやシンポジウムを通じて地道に思想を伝えていく。そういう原点に戻っています。

-アメリカでは、お金持ちがメディアのパトロンになっていたり、読者から寄付が寄せられたりするような文化が根付いていますよね。

東氏:日本では寄付は難しいですね。いま言ったように、ネット特有のクレーム文化が消えないと、なかなか根付かないと思います。

本当は、寄付というのは、寄付した側からすれば、寄付したことさえも忘れるべき性質のものです(寄付された側が記憶し続けるべきなのは当然です)。これは「贈与」の基本です。贈与したからかわりになにかやらせろ、というのであれば、これは贈与ではなく「交換」ですからね。というわけで、寄付金が正当に使われているかどうか絶えず監視、とか言い出した時点で、もはやそれは寄付ではなくなっている。むろん、詐欺を防止するために透明性の確保は必要なのですが、寄付者がそれを権利のように行使する状況はまちがっている。

たとえば、株式会社ゲンロンでは、「思想地図β2」について売り上げの3分の1を被災地に寄付しています。総額は1000万円を超えており、領収書も公開しています。けれども、公開当初から、歓迎されるどころか「寄付金詐欺だ」とさんざんネガティブキャンペーンを張られました。昨年度は、「β2を1冊買った、すなわち630円を株式会社ゲンロンに義援金として預けた形になっているので、いますぐ詳細な報告をくれ」「書店ごとの詳細な売り上げを全て公開しろ」といった声にかなり悩まされました。たぶん、クレームを寄せているひとの多くは、ゲンロンにも被災地にもなんの関係もない、ネット上の炎上だけが好きな人たちです。これでは、 似た試みはできないですね。

-「株式会社ゲンロン」は、アウトプットのメディアとして、紙媒体を選択されたわけですが、ウェブについてはいかがでしょうか。

東氏:僕はもう、自分の仕事については、ウェブでお金を取るのは難しいと割りきっています。例えばメールマガジンがどんどん創刊されていますが、これも僕には危険なモデルです。毎週毎週新しい情報を流すのは、僕の仕事にはそぐわない。

さきほどの話と繋がりますが、ウェブで儲けるのは、スケーラビリティがないと難しいと思います。ウェブ上の知名度が上がって、それによってチャランチャランと小銭が入って、それで会社を回すためには、最低でも10万人単位で支持者がいないと難しい。ウェブは客単価を上げにくいからです。だから僕も、10万部売れる著者だったらウェブでなにか考えたかもしれない。けれども1万部しか売れない著者なんで、ウェブでやるのは難しいと思っています。

ゲンロンの収益構造は、友の会の会員収入と「思想地図β」の売り上げ収入がほぼ同じで、それで大半を占めています。友の会の会員はほぼ2000人。βは2万部から3万部といったところです。イベント収入や会報の売り上げは、全部合せても10%に届かない。年に一回、制作費もかかるけど利益率が高く、話題性の高い書籍を出す。そしてそれを支える会員向けサービスを絶やさない、という凄く単純なモデルで廻っています。

"ストック"と"フロー"で言えば、僕の会社はどちらかと言えば"ストック"です。ウェブで稼ぐためには"フロー"、つまり情報をどんどん流さないといけない。けれども、更新、更新、を続けていると、肝心要の「思想地図β」を出せなくなってしまう。やっぱり"ストック"を大切にしていきたい。 "フロー" 中心にしたら会社を大きくできるのかもしれませんが、それはもともとの僕のやりたいことと違いますし。

さらに言うと、ゲンロンはプラットフォームビジネスにも向かっていません。弊社が新しい透明な言論プラットフォームを作り、そこでいろんな人が議論を交わす、みたいなモデルは考えていない。さきほど新世代の論客にもうあまり興味がない、といったのもそういう方針と関係があります。逆にうちは、プラットフォーム化を目指したら終わりだと思っています。ブログがブログだけで新しい時代が終わったように、プラットフォームがプラットフォームというだけで新しいという時代は終わった。いまや、オープンなプラットフォームはあちこちに出現している。そのなかでコンテンツで差別化していかなければいけない。

-やっぱり名物編集長ですか。

東氏:(笑)。ただ、それって実際、有効な戦略だと思います。僕が無色透明な人間だと、毎回毎回、旬な人を探しては扱うことになって、「思想地図β」も会報もすぐ疲弊しちゃう。 ぼくが「名物編集長」だからこそ、表面的にはばらばらなネタの寄せ集めでも、統一感がある「かのような」見せ方が出来ている。そして、そういう「コア」がないとじつは教育や啓蒙の効果もない。

じつは僕は今、「ゲンロンカフェ」(仮)というイベントスペースを作ろうと考えています。普通イベントスペースというと、なるべく箱を埋めるために、いろんな人を呼んでくることになります。そうすると、たとえば3日目と5日目と7日目の客層は全然違ってきちゃう。けれども僕がやりたいのは、3日のパネラーが面白そうだったから来たと。それで、5日目や7日目の中身には全く興味がないんだけど、同じイベントスペースでやっている以上何らかの関わりがあるんだろうと思って試しに行ってみたら、知った顔がちらほらいたと。なんとなくその後飲んだりしてたら、なるほどこんな世界もあるのか、と関心が出てきて次の世界に行けた、みたいな空間なんですよね。

それまで既存のメディアでは対極と思われていた人間が、僕が司会となって貫くと実は同じだったんだ、とか、そういう驚きを可能にするイベントスペース。そういった"誤配"というか、"本来はなかったはずのコミュニケーション=出会い"こそが啓蒙の出発点だと思うのですが、それを引き起こすためには、プラットフォームは完全に透明ではなく、特定の偏りが一貫してあって、それに対する一定の信頼があったほうがよい。 ユーザーの求めるものをユーザーの思うどおりに届けます、では教育も啓蒙もありえないし、最終的には言論もありえないんです。

というわけで、弊社は、世間のイメージと違って、最近流行のソーシャルとか、オープンとか、フリーとかの対極の方針で経営しているんですね。株式会社ゲンロンは、紙とリアルを大切にして、透明性のない有料の会員サービスを中心とした、たいへん偏った言論を提供している企業です。BLOGOSさんのインタビューとしてどうなんだろうと、俄然心配になってきましたが、そうなんですよ(笑) 。

-ありがとうございました。(東京・五反田の株式会社ゲンロンにて)

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プロフィール

東浩紀
思想家、小説家。1971年生まれ。思想の主著は『存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて』(1998、サントリー学芸賞)『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)』(2001)『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル』(2011)の3冊。小説の主著は『クォンタム・ファミリーズ』(2009、三島由紀夫賞)

・2010年代の文化を切り開く、新しい出会いの場 | 株式会社ゲンロン

・@hazuma - Twitter


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