K-1の"怪物"
野杁正明 インタビュー 後編

(前編:K-1の「怪物」が振り返る進化の過程>>)

 魔裟斗の現役ラストマッチが行なわれた、2009年12月31日、『Dynamite!! 〜勇気のチカラ2009〜』(さいたまスーパーアリーナ)。そのリングに野杁は立っていた。『K-1甲子園2009』の準決勝で、前年度王者のHIROYA、決勝で嶋田翔太に勝利して優勝。K-1中量級をけん引した魔裟斗が競技人生に幕を下ろし、K-1の未来を担う16歳の"怪物伝説"の幕が開いた。

 そこから数ある強敵を退け、2017年にスーパー・ライト級の王者となり、昨年はウェルター級を制して2階級制覇を達成。2021年度のMVPを獲得した。MVPとしての初陣は、4月3日に行なわれる「K'FESTA.5」での加藤虎於奈(かとう・こおな)とのスーパーファイト。そして、武尊と那須川天心が対戦する6月のビッグイベントへ。最強王者の伝説はまだまだ終わらない。


現ウェルター級王者、昨年度のK-1のMVPにも選ばれた野杁

【K-1甲子園優勝で「この道でやっていく」】

――野杁選手の出身地は愛知県・名古屋。格闘技で活躍している選手が多いですね。

「僕が育ったところは"ヤンチャ"な街でした。僕らくらいの世代から落ち着いてきましたけど、K-1甲子園で優勝してからは、ヤンキーに声をかけられることが結構ありましたよ。『お前、本当に強いのかよ』といった感じで(笑)」

――今では"怪物"と呼ばれる選手になりましたが、そのキャッチフレーズについてはどう思っていますか?

「"化け物"ってことですから最初は嫌でしたよ(笑)。最近は慣れたというか、何とも思ってないですね。ただ、ド派手なKOとか、みんなが引いてしまうような圧倒的なKOで勝った時に『やっぱり怪物だった』と結論づけられることには、『それはそうなるか』とちょっと納得してます」

――小学生の頃は空手をやっていて、中学2年でキックに転向。当時、プロ格闘家になるというビジョンはあったんですか?

「中学1年の時(2007年2月)に、K-1のトライアウトを受けさせてもらって、そこで僕と小川翔、日下部竜也、秋元皓貴の4人が、まだプロにはなれないけど"特別合格"になったんです。その時に、『将来、この道でやっていきたい』という気持ちになりました」

――当時のK-1の階級は、魔裟斗さんも活躍したK-1 WORLD MAXの70 kgしかありませんでしたね。

「そうですね。当時の僕は体が細くて、『まだK-1には挑戦できない』と思っていました。そんな高校1年の時にK-1甲子園の話がきたんです。実は、その前にプロデビューするという話もあったんですけど、『優勝すると、(大会に出るための)推薦権がもらえるよ』と教えてもらったので、プロデビューを遅らせてそっちに出ようと決めたんです。

 それでK-1甲子園で優勝した翌年にプロデビューして、(2014年5月から)新生K-1がスタートするまでは、2010年から始まったK-1の63kg級の日本トーナメントや、GLORY、Krushにずっと出させてもらっていました」

――当時、憧れた選手はいましたか?

「K-1 WORLD MAXを見ていて、魔裟斗さんとブアカーオ(ポー.プラムック)さんはずっと好きでした。空手時代、僕は足技が好きだったので、ブアカーオさんの蹴りはよく見ていました」

――日本人選手と外国人選手で、何が違いを感じることはありますか?

「戦って感じる大きな違いは、骨格の強さですかね。"当たり"の強さ、バネの違いも感じます」

――昨年9月のウェルター級トーナメントは日本人選手が多かったですが、今後は外国人戦選手を入れてのトーナメントをやりたいですか?

「やりたいです。K-1の価値を上げるには、誰もが認めるトップクラスの外国人選手を呼んでもらって、その上で勝っていくことが大事。実績がない日本人選手や、無名な選手とやってタイトルを防衛しても、ベルトの価値は上がらないと思うので」

【100点満点の試合はない】

――それほど、昨年のトーナメントは圧倒的でしたからね。決勝のあとに、奥さんやお子さん2人をリングに上げていたのが印象的でした。

「家族はすごく応援してくれます。コロナ禍でしばらく難しかったんですが、昨年のトーナメントで約1年半ぶりに会場に来ることができて。でも妻は、試合の勝ち負けより、大会前に負った左足のケガ(ふくらはぎの筋断裂)が心配だったみたいです。途中でまた切れたりして、ドクターストップになるんじゃないかと。

 娘は、僕の入場曲が流れると『あっ、パパが来るー』となります(笑)。ふだん、車で入場曲が流れた時も『これパパの曲でしょ』と言いますね。息子も、僕が練習で家にいない時には、『パパの試合が見たい』と映像を見ているらしいです」

――もし、お子さんが「格闘技をやりたい」と言ったらどうしますか?

「本人がやると言うのならやらせますけど、正直、親心としては選手としてはやってほしくないですね。もしプロでやるとなったら、その試合を見ることはできないと思います」


攻防一対のコンプリートファイターは、今年もK-1の主役を狙う

――現時点でパーフェクトな強さを誇る野杁選手ですが、課題はあるんですか?

「山ほどあります。打ち方、蹴り方ひとつにしても、まだまだ伸びしろはありますし、毎日が勉強です。満足するとしたら、引退する時でしょうね。勝った試合でも100点と思ったことはありません。満足しちゃうとそれ以上の成長はないですから」

――ファンや周囲からは完璧に見える試合でも、100点ではない?

「ないですね(きっぱり)」

――自分としっかり向き合いながら成長しているんですね。野杁選手はSNSなどで相手を煽ったり、リング外の"バトル"をしたりすることもありません。

「あまり興味がないんです。対戦相手に何か煽るようなことを言われても、『勝手に言ってれば』という感じです。たまにSNSには、アンチからのメッセージが届くこともありますけど、逆に『そこまで注目してくれているのか』とうれしくなります(笑) 」

――相手を蔑んだりせず、ご家庭もあって浮ついた様子もない。そして何より強い。隙がないですね。

「これが"素"の自分なんですけどね。でも、結婚してよかったとは切に思います。たぶん結婚していなかったら、今ほど強くはなれていなかったはず。妻の支えがあり、子供たちからもすごくパワーをもらっているので、今の僕があるのは家族のおかげだと思っています」

――かなり先の話になると思いますが、現役引退後に「教える側」になる考えはありますか?

「引退したら自分のジムを持ちたいとは思っているんですけど、フィットネス専用のジムなどにしようと思っています。選手を育てることは考えていません。

 選手を育てるとなると、どうしても僕のスタイルに近づけることになると思うのですが、10人の選手がいたら10人それぞれの個性がある。それを僕の色に染めてしまうと、その選手のよさが消えてしまう。それは一番よくないことだと思うんです。その選手のよさを伸ばしつつ、プラスアルファで僕の要素を入れるならいいんですけど......そんなに簡単ではないでしょうし、がんじがらめにしたくないので」

【格闘技を通して「人として成長したい」】

――野杁選手が思う「強さ」とはなんですか?

「格闘技で強い人はいくらでもいますが、僕は格闘技を通じて『人として成長したい』と思っています。格闘技は仕事でもありますけど、あくまで"趣味"という感覚ですね。格闘技は自己満足の世界じゃないですか。自分が好きでやっていて、試合に勝ってみんなが喜んでいる姿を見て、満足する。根を詰めるまでやってしまうと、伸びる部分も伸びないと思います。うまく割りきれていることが、自分の強さのひとつなのかもしれません」

――そう割りきるなかで、モチベーションをどう保っているんですか?

「昨日より今日の練習のほうが『成長している』と感じることですね。たとえば、僕の打撃を受けているトレーナーさんが苦しむ回数が1回でも増えたら、それも喜びになります」

――今年6月には、同門の武尊選手と、那須川天心選手が対戦するビッグイベントがあります。その大会への思いは?

「出たいですね。2人の試合を見たいですし、やはり格闘家としては同じ舞台で試合をしたいです。外国人選手を呼べない状況が続けば日本人選手との対戦になるでしょうが、
『SHOOT BOXING』の海人選手はずっと対戦をアピールしてくれたので、彼との対戦でも面白いですね」

 かつて泣き虫だった少年は、誰もが認めるK-1の絶対王者になった。それでもなお、「まだ伸びる部分はある」とさらなる高みを目指す。今年はどんな怪物っぷりを見せてくれるのか。野杁のこれからが楽しみでならない。

■野杁正明(のいり・まさあき)
1993年5月11日生まれ、愛知県出身。身長175cm。小学2年から空手を始め、中学2年でキックボクシングに転向。高校1年でK-1甲子園2009を制し、翌年にプロデビューを果たす。プロでの戦績は46勝10敗22KO だが、特に2016年8月以降は17勝1敗と勝利数が大幅に増えた。2017年6月にスーパー・ライト級を制し、2021年9月に2階級制覇となるウェルター級王者になって同年のMVPに選出された。
公式Twitter>> @noirimasaaki_k1 公式Instagram>> nm_k1
(取材協力:「K-1ジム相模大野KREST」)