【政界】行政の縦割り構造など「有事」に弱い日本をどう立て直していくか?
ワクチン接種に没頭
6月以降、菅はワクチン接種の回数が日を追うごとに増えていることに手応えを感じているようだ。
「とにかく、やれ」
菅はワクチンを担当する行政改革担当相の河野太郎らに1日に何回も電話をかけ、こう叱咤しているという。河野らが菅の細かい指示をこなしきれないうちに「どうなった? 」と問い掛けられ、さらに次の指示が矢継ぎ早に飛んでくるありさまで、ワクチンにかける菅の必死具合がうかがえる。
その成果もあって、政府は9月までに必要な数を上回る1億2000万人分以上のワクチンを確保。大規模接種会場が各地に設置され、職場や大学での接種も認めた。
菅は5月7日の記者会見で「1日100万回の接種を目標とする」と掲げた。この時点の1日の接種回数は13万回程度で、首相官邸内でさえ「いつになったら100万回達成できるのか分からない」との声が上がっていた。
ワクチン接種の課題は、打ち手の不足だった。医師や看護師だけでは足りず、本来はワクチン接種という医療行為が認められない歯科医師、救急救命士、臨床検査技師にも特例で接種を認めた。菅が陣頭指揮をとるこうした「ワクチン接種大作戦」は結果を出しつつあるが、その過程では危うさも露呈した。
厚生労働省の幹部は、菅が掲げた「1日100万回」の接種目標について、「積算根拠はなかった」と振り返る。菅は4月23日の記者会見で、7月末までに65歳以上の高齢者約3600万人に対する1人2回の接種を終えるとの目標を示し、「政府を挙げて取り組む」と宣言した。高齢者への接種は4月12日にようやく始まり、この時点で2回目を終えた人は原則おらず、1回でも接種した人も十数万人程度だった。
必要な接種(約7200万回)を7月末までに終えるには、菅が「100万回」を打ち出した5月上旬から残り80日間で終えなければならず、1日当たり90万回程度の接種が必要なことから、菅がキリのいい「100万回」を打ち出した。数字ありきで号令を出し、打ち手の確保などの整備は後付けで調整したのが実態だった。
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有事のもろさ露呈
結果的に菅の狙い通りになっているわけだが、泥縄式の対応には違いない。安倍晋三政権の2014~19年に自衛隊制服組トップの統幕長を務めた河野克俊は5月12日の日本記者クラブでの記者会見で「もっと早めに手を打つべきだった。危機管理として失敗している」と批判した。
河野は5月14日放送のニッポン放送でも「自衛隊は世のため人のためなら喜んでやるという体質がある組織なので、士気高くやってくれる」と前置きした上で、「打ち手が足りるのかということは2020年の時点でわかっていたはずだ。半歩も一歩も遅れたのではないかという印象だ」と語った。
有事対応の実務責任者だった河野の発言は重い。しかし、東京と大阪に大規模接種センターを設置し、運営を担う防衛省・自衛隊にもミスが露呈した。
防衛省は5月19日、同月24~30日分の予約枠について、東京と大阪で計7万3500回分に修正すると発表した。当初は計7万5000回分と説明していた。原因は「省内での情報共有にミスがあった」ためだという。「わずか1500回分」ともいえるが、戦闘時に人員や弾薬などの装備の数を間違えれば、致命的な打撃を受けることにつながりかねない。
ワクチン接種の運営という今まで想定も経験もしたことのない任務で不慣れだったかもしれない。しかし、悪いことは重なった。
5月20日には防衛副大臣の中山泰秀が参院外交防衛委員会に約2分遅刻した。厚労副大臣の三原じゅん子が1週間前の参院厚労委に遅刻し、国会運営に支障が出たばかりの出来事だった。
中山の遅刻の原因も、質問を予定していた与党議員が急遽、質問を取りやめ、中山の答弁の時間が早まったことが本人に伝わっていなかったという「省内の情報共有ミス」だった。予約枠の間違いや遅刻は「ごめんなさい」で済むかもしれないが、戦争では初歩的なミスが多くの犠牲者を生むことにつながりかねない。
ちなみに海上自衛隊には、旧海軍以来の伝統である「5分前行動」の精神がある。予定された作業の5分前には準備を整え、配置について発動を待つという心構えで、「厳格な時間的観念を植え付け、有事の作戦行動に支障の無いことを終極の目的とする」(海自幹部候補生学校のホームページ)。幹部候補生に徹底的に叩き込まれているはずのこの精神が副大臣らには生きていなかった。
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後手の対応
こうした緩みとワクチン接種の遅れは、関係ないとは言えない。5月のパレスチナへの連日の空爆に象徴されるように、常に戦時体制にあるイスラエルは6月初頭の段階で8割以上が接種を終えた。接種には当初から軍も積極的に関与した。接種率が5割を超える米国、英国、カナダなども早期から軍が協力してきた。ウイルスと戦争とでは「敵」が異なるが、国を挙げて取り組む有事対応という意味では共通している。
その対応が日本はお粗末だった。決定的な要因の一つは国産ワクチンの開発が進まなかったことだ。国内で承認されたワクチンはファイザー、モデルナ、アストラゼネカとすべて外国産で、日本は完全に出遅れた。
政府は6月1日にワクチン開発・生産の長期戦略を閣議決定。世界トップレベルの研究開発拠点の整備、研究費の戦略的配分、治験を速やかに進めるための体制整備、ワクチンの国による買い上げ──などの内容だが、感染拡大から1年以上も遅い決定だった。
行政の目詰まりも指摘される。菅は2月に承認されたファイザー製ワクチンについて、厚労省が国内での治験を過度に重視していることに「厚労省が抵抗して進まない」と周辺に漏らしていた。有事でも平時の対応に終始していることへの不満だった。
コロナ対応全般で言えば、地域の健康・衛生を支える保健所の機能低下もある。各自治体が運営主体の保健所の数は、市町村合併や合理化の流れで減少傾向にある。1991年度は852あったが、30年後の2021年度は470にまで減り、多くの地域で感染者の相談・対応といった業務がパンク状態に陥った。
法的な不備も露呈した。感染拡大を防止するためのロックダウン(都市封鎖)など、欧米では当たり前の対応が日本ではできない。飲食店などへの強制力を持った休業要請が可能になったのは、コロナの感染拡大から1年が過ぎた今年2月だったが、逼迫するコロナ感染者用の病床確保を強制的に行う手立ては現在もない。
こうした問題意識は菅も抱いており、4月23日の記者会見で「医療関係者に対する政府の権限は『お願いベース』でしかないのが現実だ。緊急事態に対応する法律を改正しなければならないと痛切に感じている」と訴えた。しかし、2カ月近く経過しても「法律の限界」を打破するための打ち出しはない。
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「当面」は支えるが…
菅周辺は「首相の頭にはコロナワクチンのことしかない」と漏らす。その先にあるのは9月末に自身の任期を迎える自民党総裁選、そして10月21日の任期満了を控えた衆院選だ。
報道各社の世論調査をみると、内閣支持率は軒並み昨年9月の就任以降で最低を記録している。読売新聞が6月7日に公表した数字は内閣支持率が前月比6㌽減の37 %で、不支持率は同4㌽増の50%に達した。
一方で、政党支持率をみると、自民党33%に対し、野党第一党の立憲民主党は5%に甘んじた。「菅政権はふがいないが、批判ばかりの野党はもっとダメだ」という世論の心理で菅政権は持っているともいえる。「ワクチン接種が進めば内閣支持率も上向く」(官邸関係者)という楽観的な見方もある。
だが、自民党内の情勢を見ると、菅は決して安定してはいない。5月初頭に早々と菅続投支持を明言した前首相の安倍は、一方で盟友の副総理兼財務相の麻生太郎、党税調会長の甘利明とともにさまざまな議員連盟の中心メンバーになるなど、表での動きを活発化させている。
3人と菅のイニシャルの頭文字をとった「3A+S」は安倍長期政権の要だったが、3Aと菅は思想・信条を共有した「心友」とは言い難い。菅を支える幹事長の二階俊博も「3A」の枠組みから外れている。
しかも菅、二階の周辺は相変わらず不祥事が続く。菅を政治の師と仰ぐ元経済産業相の菅原一秀は選挙区での「政治とカネ」の問題で6月に衆院議員を辞職。菅を支える無派閥グループの中心にいた元法相の河井克行も司直の手に落ちた。二階派からは、わずか数年の間に河井案里、秋元司、
