2019年。

「令和」という新しい時代を迎えたが、これまでの慣習や価値観がアップデートされる訳ではない。

このお話は、令和を迎えた今年に保険会社に総合職として入社した、桜田楓の『社会人観察日記』。

1996年生まれ、「Z世代」の彼女が経験する、様々な価値観を持った世代との出会いとは…?

◆これまでのあらすじ

これまでに楓は、無意識のうちにハラスメント的な発言をしてしまっている40代男性上司や、女性が総合職として働ける現代に関して、自身の経験を交えて提言する50代女性メンター等、様々な人と出会ってきた。

さて今週、楓が出会う社会人とは…?




―丸の内に勤めて、良かったなぁ…。

季節の移ろいと共に、朝晩の冷え込みがだんだんと厳しくなってきた頃。丸の内のオフィス街を歩く人びとの足取りも、来る師走に向けて、心無しかせわしない。

楓にとってこの季節の楽しみは、就活時代よりひそかに憧れていた「丸の内のイルミネーション通り」を歩きながら帰ることだった。

業務を頑張った1日の終わりに、ここを歩くと、不思議と気持ちが明るくなるのだ。

「そういえば、クリスマスももうすぐかぁ。」

ふとそんなことを思い、学生時代から付き合っている湊のことを思い出した。

湊は、早稲田大学時代に出会った1つ上の先輩だ。海外ボランティアのサークルで出会い、楓が2年生、湊が3年生の頃から付き合っている。

湊は、大学時代に公認会計士試験に合格し、現在大手監査法人に勤めている。監査法人での勤続2年目となる今年の12月には、修了考査が控えているため、現在試験勉強真っただ中であろう。

「今年は、湊の試験が終わった頃だから、お家でまったりクリスマスデートかなぁ。いつもはやらないけれど、料理とか準備して、湊のお疲れさま会も兼ねて。」

そんなことを考えながら、楓は自宅にたどり着いた。

だがそんな楽しいプライベートとは真逆に、会社では若手を悩ます、ある“年末恒例行事”が控えていたのであった。


大手日系企業の洗礼、師走への万全たる準備とは?!


翌日、出社した楓に対して、同じチームの先輩である正志が声をかけてくる。

「桜田、ちょっといいか。」
「…?はい。」

なんだろう。咄嗟に楓は、心の中で身構える。

正志は、入社6年目、院卒と聞いているので年齢だと30歳くらいだろうか。普段、業務でそれもたまにしか話すことがないので、突然の呼び出しは珍しい。

「何か…ございましたでしょうか?」

そう恐る恐る尋ねる楓に対して、正志は言った。

「そう怯えんなって。いや、今年ももうあと1カ月で終わりじゃん?だからさ、忘年会の時期だから、毎年恒例新入社員の出し物準備の時期だろって伝えようかと思ってさ。」

「…はぁ。」

一瞬、正志の言っていることが、楓には理解が出来なかった。

「大丈夫…?驚いた顔してるけど(笑)。うちの会社さ、毎年新入社員がネタとかダンスとか披露して、忘年会を盛り上げてんのよ。大体準備に1カ月くらいかけて。」

「え?準備に1カ月…?」

呆然とする楓のことなど、お構いなしに正志は続ける。

「俺らの時も、女子は当時流行っていたAKB48とか踊ってたよ。衣装とか揃えてさ、おじさん勢に大ウケだった。」




「男子はなんだかんだ、一発芸とかネタやって笑いを取りに行かなきゃいけない空気あってさ。その点、女の子たちはいいじゃん。かわいく踊っていればいいんだからさ。」

楓は、返す言葉を必死に頭で考えながら、話を聞き続ける。

「今だったら、TWICEとか?女子たくさん踊れるから、桜田、普段は女の子女の子してないお前も入れるんじゃねぇ?なーんて(笑)忘年会でかわいいとこ見せてよ、期待してるよ。じゃっ」

そう言って正志は、一方的に話を終わらせた。

一人取り残された楓は、言われた言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡っている。

その日の午後も、楓は業務をこなしながら、心の片隅に正志の言葉がちらついてしまい、中々集中することが出来なかった。

―なぜ業務外のことで、1カ月も準備をしなければならないの?
―女は可愛く踊ってればいいから楽?何様のつもり?

そして何より、「普段可愛げがないから、忘年会で見せろ?」と言われたのに楓は傷ついた。


忘年会の出し物は強制参加!?だが事態は意外な方向に進んで…?


その日の夜、自宅に帰った楓は今日あったことを、いつものように大阪に配属された同期の明日香と詩織にLINEで相談する。

「大変だったね、楓。ほんとにおつかれさま。」

「私たちのところは、去年ぐらいから忘年会時の新入社員の出し物なくなったって聞いたよ。ずっと否定的な意見もあったらしく、社会的にコンプラ意識強まりつつあるから、なくしたって。」

明日香と詩織が口々に慰めてくれる。

「そうなんだ。私のところもなくならないかなぁ。」

「時間の問題な気がする。今年からなくなるといいね。一番下だから盛り上げないといけないとか、おかしいよね。なんなら、忘年会参加自体もしぶしぶなのに…。家族とか友達とか好きな人とご飯行くのに時間とお金使いたいよね。」

3人のLINEはその後も盛り上がった。気分が少し晴れた楓は、寝る前に、彼氏の湊にメッセージを送る。

「今日もお疲れ様。ね、私ってかわいげない?(笑)」

突然のメッセージが重くなりすぎないように、笑いをつけて誤魔化した。いつもであれば、忙しい湊は、メッセージを送ってもすぐに既読にならないのだが、この日は違った。

「ありがとう。楓もお疲れさま。」

そのいつものやり取りの後に、すぐさまこう来た。

「楓は俺にとって、世界一可愛いよ!」

湊からの愛情こもったメッセージは、いつだって楓の心を瞬時に満たしてくれる。それと同時に、正志の言葉に思いのほかダメージを受けていた自分にも気づく。

楓が、返信を打とうとしていると、察しのいい湊は「なにかあった?」と尋ねてきてくれた。

試験を控える湊を心配させないように、慌てて送る。

「大丈夫!しばらく会ってないから、湊が心配。体調気を付けて、勉強頑張ってね。」

そう打って、スマートフォンの画面をオフにした。この日楓は、湊の言葉を思い出しながら、心地よい安心の中眠ることが出来たのである。






翌週の月曜日に出社すると、この日はチームミーティングの日だった。

いつも通り平岡が、業務に関する連絡事項を一通り述べた後に、こう切り出した。

「えー、業務とは関係ないのですが、今年度の忘年会について連絡があります。」

そしてコホンと咳ばらいをして、続けてこう言った。

「毎年、有志として新入社員たちに出し物を披露してもらっていたが、今年度より中止とすることになった。」

これに対し真っ先に反応したのは、正志であった。

「えーーー平岡さん。今年もやりましょうよってあんなに言ったのに!毎年の俺の楽しみがぁ…。」

そう言うと、机につっぷし、チームのメンバーの笑いを誘った。

―犯人は、正志さんか。

思わず、楓は心の中で突っ込んだ。

「まぁまぁ。仕方ないよ、時代の流れ的なところもあってね。会社もコンプライアンス意識を強化している中で、何がパワハラになるか分からないからね。もう続けるのは難しいと判断したんだよ。」

平岡はそう言いながら、この件に関してそれ以上言及したくなさそうに、話を終わらせた。

―理由が「時代の流れ」かぁ。それをやることで、どんなハラスメントが生じていたのか、誰がどんな思いをするのか、考えることはないんだなぁ…。

時代は変わっても、人の意識が変わるのには時間がかかる。さまざまな人が集まる会社では、全て思う通りには進まないものだ。

楓はそう自分を納得させながら、会議室を後にした。

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