【近藤大介】中国政府が香港を吸収合併…「一国二制度」が終焉する日 だから香港市民は命懸けの戦いに出る

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香港はどうなってしまうのか

10月5日、香港特別行政区政府はついに、行政長官に超法規的な権限を与える「緊急状況規則条例」を発動。これに基づき、議会の承認なしに、「覆面禁止法」を施行した。デモ参加者のマスク着用を禁じる法律だ。これによって、6日までに20人以上が逮捕されたと、香港紙は報じている。

香港はこの先、どうなってしまうのか? 私は、30年来の付き合いがある香港人に話を聞いた。彼は香港の資産家だが、6月9日に香港でデモが始まって以降、デモには直接、参加していないものの、若者たちを熱烈に支持している。

以下、香港人との一問一答である。

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1発の銃弾

――覆面禁止法の施行を、どう見ているか?

「まさに『天下の悪法』だ。わが故郷に、こんなものが発令されてしまったことが悲しい。おそらく、建国70周年記念式典に参加するため、北京を訪問していた林鄭月娥行政長官が、習近平主席から『もっと厳しく取り締まれ!』と喝(かつ)を入れられて、香港に戻るや、週末に再び大規模デモが起こる前にと、急遽定めたのだろう」

――それでも週末には、大規模デモが発生した。林鄭長官はすでに、緊急状況規則条例」を発動したが、次はどんな手段に出ることが見込まれるか?

「もはやルビコン川を渡ってしまった。次は夜間外出禁止令、その次はSNS禁止令と、禁止令をエスカレートさせていくだろう」

――先週はもう一つ、痛ましい事件が起こった。現地時間の10月1日午後4時10分頃、香港・新界地区にある荃湾(チュンワン)で、デモに参加していた18歳の青年が、警官に至近距離から実弾を撃たれて倒れた。

「私を病院に運んでくれ! 胸が痛いんだ! 病院へ送ってくれ! 私の名前は曽志健……」

青年は、最後の悲痛な叫びを上げると、路上で意識を失った。病院に運ばれて緊急手術を受けた結果、銃弾が心臓の脇3?を貫通していたことで、九死に一生を得た。

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この「1発の銃弾」は、華々しく湧き上がる「中国70周年の夢」を打ち砕いてしまった。世界におけるこの日のニュースは、北京で行われた「建国70周年記念式典」よりも、香港の事件の方がセンセーショナルに報じられたからだ。中国共産党幹部や人民解放軍1万5000人と軍事車両580台、航空機160機などを並べた記念式典は、欧米メディアに「血に染められた軍事パレード」などと報じられる始末だ。

だがそれでも、この青年は警官への暴行罪で起訴され、禁錮10年の刑が科せられるかもしれないと、香港メディアは報じている。この一件をどう見ているか?

「10月1日の夕刻、緊急ニュースが入ったとたん、涙が溢れてきた。あの事件で、完全に香港の流れが変わった。740万香港市民は、香港警察と香港特別行政区政府、そしてそのバックにいる中国政府に対して、強い憤りを覚えている。

あの事件で懲りた警察は、1日以降、発砲しなくなったが、それも一時的なことだろう」

――香港警務処のホームページによると、昨年4月30日現在で、正規警隊の人数は2万9268人、補助警隊が3060人となっている。これは水上警察や交通警官、婦警なども含めた人数で、実際に治安維持にあたる警察機動部隊は、常設大隊が1190人、訓練を受けた受訓大隊が340人、合わせて1530人しかいない。

わずかこれだけの人数で、香港島と九龍地区、それに新界地区の広範囲を警備できているのか?

「これはあくまでも噂の段階に過ぎないが、いま香港で言われているのは、すでに隣の深圳から、中国の武警(中国人民武装警察部隊)が入って来ていて、共同で警備しているということだ。10月1日の発砲事件の警官も、覆面していて顔が分からなかったが、中国から来た武警だったという説も出ている。

香港の警察は元来、制服の左肩に番号がついていて、番号で識別できることになっている。だがいまや、規則違反を犯して番号を外してしまっているので、識別がつかない。だが、われわれの母国語である広東語を介さない警官が出没しているという話は、最近よく聞くようになった」

「香港の死」を回避するための闘い

――現在の香港で、デモを行う人々と支持する人々、逆にデモに反対する人々は、どのように色分けされているのか?

「香港人は、いまや『藍丝』(ランスー=青色派=親中派)と、『黄丝』(ホアンスー=黄色派=反中派)とに、完全に割れつつある。まるで同じ土地に、二つの人種が住んでいるような状態だ。

『藍丝』を代表するのは、林鄭月娥行政長官率いる香港特別行政区政府、及びその配下にある警察だ。

一方、『黄丝』を代表するのは、当初は学生、教育界、法曹界だった。それが現在は、航空業界、医療業界から公務員、そして一般庶民にまで広がりを見せている。遠からず、香港特別行政区政府と警察を除くすべての香港市民が、『黄丝』に傾くだろう。

5年前の『雨傘運動』(行政長官の普通選挙を求めて79日間に及んだデモ)は、学生だけのデモ運動だった。だがいまや、ほとんどすべての香港市民による運動に変わってきているのだ。そこが雨傘運動とは、根本から違う」

――6月9日に始まった香港のデモは、当初は「逃亡犯条例」の改正撤回を求めたものだった。逃亡犯条例というのは、香港人にとって、どうしても受け入れがたいものだったのか?

「逃亡犯条例が改正されると、自分も中国大陸に連行されるかもしれないという恐怖心が、香港市民にあった。私自身、普段は中国大陸とビジネスをしているが、これはヤバいことになると思ったものだ。

加えて、1997年の香港返還以降、22年にわたる香港人のストレスが鬱積していたのだ。それが一気に爆発した形だ。

このストレスの鬱積を、林鄭長官は甘く見ていた。彼女は典型的な香港特別行政区政府のエリート官僚なので、普段見ているのは、一般の香港市民よりも上司、すなわち北京政府だ。それで、香港市民の怒りの大きさを見くびってしまったのだ。

6月9日にデモが始まり、林鄭長官が逃亡犯条例の完全撤回を発表したのは9月4日。つまり、3ヵ月近くも『放置』したわけで、彼女の罪は重い」

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――逃亡犯条例の改正反対要求は、いつのまにか、「五大訴求 欠一不可」(5大要求のうち一つが欠けてもいけない)に拡大していった。

すなわち、1)逃亡犯条例の完全撤回、2)デモの「暴動」認定の撤回、3)独立委員会を設置しての警察への調査と処分、4)拘束者の即時釈放、5)普通選挙の実施だ。このうち、実現したのは一つ目だけだ。

デモを行う側はこの先、どういった見通しを持っているのか?

「この4ヵ月の間、740万香港市民が再認識したことがある。それは、『香港の憲法』と言える『香港基本法』の規定(第5条)によって、返還から50年後、すなわち2047年7月1日に、香港は『中国広東省香港市』に変わってしまうという現実だ。

つまり、自由と民主主義というわれわれの『命』は、放っておいてもあと28年しかないことになる。いま20歳の学生は、48歳になったら、中国共産党の支配下に入ってしまうのだ。

この『香港の死』とも言うべき状況を回避できるとしたら、チャンスはいましかない。それで香港市民は、命懸けの戦いに出ているのだ」

――その気持ちは理解できるが、一方で、デモが続くことによって、香港の観光客が激減したり、株価が下落したりして、香港経済にかなり打撃になっているように見受けられる。誰よりもカネに敏感と言われる香港人が、こうした損失については考慮しないのか?

「経済的なダメージは、自由を確保するための陣痛だとして、香港人は覚悟している。重ねて言うが、今回の戦いは、自分たちの生存を賭けた戦いなのだ。

これはあくまでも私の個人的な見通しだが、今後は、香港が独立を果たすか、それとも中国大陸に完全吸収されてしまうかというところまで行くのではないか。多くの香港人は退路を断って、香港特別行政区政府と、その背後にいる北京政府と戦う気でいる」

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人民解放軍による鎮圧はあるか

――「5大要求」のうち、中国政府が絶対に許容できないのが、普通選挙の実施だろう。これを認めると、香港独立を唱える候補者が行政長官になって、香港独立を宣言してしまうかもしれないからだ。

また、警察への調査というのも呑めないはずだ。香港特別行政区政府にとって、警察は最後の砦だからだ。

「香港での普通選挙は、香港基本法でも『目標』としており、本来なら2017年から実施されるはずだった。それを裏切ったのは、中国政府の方だ。だから5年前に『雨傘運動』が起こったのだ。

警察は今回、12歳から83歳までの2000人以上の『勇武派』市民(デモの前線に立つ人々)を拘束している。そして、拘束されたほとんどの市民は釈放されていない。

しかも、悪名高い『新尾嶺』(イギリス植民地時代の刑務所)にブチ込んでいるのだ。9月下旬になって、林鄭長官はようやくこの事実を認め、『大量の拘束者を拘留する場所がなかった。今後は使わない』と釈明した。

香港特別行政区政府は、中国大陸からのマスクや黒シャツの輸出をストップさせるといった姑息な手段に出ている。重ねて言うが、今後は夜間外出禁止令の発令、それにわれわれの『生命線』であるSNSを遮断するのではという危機感が広がっている。

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――周知のように武警は、すでに香港に隣接した深圳で、大規模なデモ鎮圧訓練を行っている。最後は、1989年の天安門事件の時のように、香港に駐留している人民解放軍が鎮圧に乗り出すかもしれない。そういったリスクは考えないのか?

「まず香港基本法に、武警に関する規定はない。それは武警の行動範囲は、あくまでも中国大陸であって、香港は含まれていないからだ。少なくとも、私を含めて多くの香港市民は、そのように考えている。

深圳での訓練は、デモする側も鎮圧する側も、深圳なのにわざわざ広東語で行ったりして(広東省では広東語を話すが、経済特区の深圳だけは普段は北京語)、香港人の怒りを倍加させた。

前述のように、香港でいま流れている噂は、デモを取り締まっている警察の中に、すでに中国の武警が入り込んでいるというものだ。おそらく近未来の実地調査をしているのだろう。それどころか、デモの若者の中にも密かに入り込み、わざと大袈裟な乱暴狼藉を働いているとも言われている。デモの若者が悪者であることを、内外に見せつけるためだ。

人民解放軍による鎮圧に関しては、香港基本法の第14条に規定がある。

『香港特別行政区政府は必要時に、中央人民政府に対して、駐香港の人民解放軍に社会の治安維持と災害救助を求めることができる』

だが、同じ香港人である香港特別行政区政府が、わざわざ人民解放軍に、香港市民の鎮圧を求めるだろうか? もしそんな事態になったら、現在『香港人権民主主義法案』を可決しようとしているアメリカが、直ちに制裁を発動するだろう」

――もしもアメリカが香港に対して制裁に乗り出せば、香港経済のダメージは深刻になるだろう。

「その通りだ。香港人が一番恐れているのは、香港ドルのドルペック廃止だ。香港ドルは、1983年にドルペック制に移行し、1ドル≒7・8香港ドルというほぼ固定した為替レートによって、存在感を保ってきた。

これは、香港経済の生命線になっている。それをアメリカに切られたら、香港ドルは急落し、香港経済は崩壊に向かうだろう。

そうなれば、香港の富裕層たちは、香港を離れ、移住してしまうに違いない。富裕層が消えれば、まさに香港の崩壊だ。

実際、すでに移民ラッシュが始まっている。人気があるのは、シンガポール、マレーシアなど、東南アジアで華人が多い地域だ。

日本は、移民先としては考えていない。日本政府の方針で移民が難しいこともあるが、もしも日本政府が移民制度を緩和したとしても、相続税が高すぎるので、香港人は日本へは行かないだろう。

だが、こうした事態を誰よりも恐れているのは、北京政府だ。香港経済が崩壊すると、中国経済に多大な影響を及ぼすからだ。

だから、人民解放軍が鎮圧に乗り出すという事態は、非現実的だ。多くの香港人は、そのあたりは楽観視している」

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中国政府の今後の出方

――中国政府は、10月1日の建国70周年を終え、これからは反転攻勢に乗り出すだろう。重ねての質問になるが、中国政府の今後の出方を、どう予測しているか?

「中国政府は、おそらく最後は林鄭月娥長官に責任を取らせる格好で退任させて、収束を図ろうとするだろう。

建国70周年記念式典には、林鄭長官も240人の香港代表団を引き連れて北京入りした。そこで、習近平主席に面会したはずだが、もしかしたら彼女は、辞意を表明したかもしれない。

行政長官の辞職に関しては、香港基本法第52条に規定がある。

『香港特別行政区行政長官は、下記に列挙する一つがあれば辞職しなければならない。
1. 重篤な病気もしくはその他の原因で、職務が履行できない場合
2. 立法会を通った法案を2度、署名拒否し、立法会を解散するも、再度、立法会を通過するか、もしくは全体議員の3分の2の多数で原案が通過し、それでも署名を拒否した場合
3. 立法会が財政予算案もしくは他の重要法案を拒絶し、立法会を解散後、新たな立法会が再度、その争点となっている原案を通すことを拒絶した場合』

だが、林鄭長官が辞意を表明したとしても、習主席はすぐには許可しないだろう。なぜなら、もしも辞めたら、次の行政長官選挙を巡って大モメになり、デモが勢いづくのは必至だからだ」

――いずれにしても、デモはまったく止む気配がない。デモを行う側は、次の展開をどう考えているのか?

「次のヤマ場は、11月24日に行われる香港区議会議員選挙になるだろう。4年前の前回選挙は、『建制派』(親中派)が298議席、『民主派』が106議席と、民主派が惨敗した。『雨傘運動』を起こした『傘兵』(サンビン)たちも大量に立候補したが、当選者はわずか8名だった。

だが今回は、民主派が巻き返すのは必至の情勢だ。18区、452議席のうち大多数を獲得するだろう。

いま言われているのは、林鄭長官が『緊急事態だから』とか言い訳をつけて、区議会議員選挙を延期するのではということだ。だがそのような愚挙に出たら、全香港市民が黙っていない」

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昨日のチベット、今日の香港、明日の台湾

――そうやってデモがエスカレートしていくと、中国政府は最後には、何らかの形で鎮圧に乗り出すだろう。そしてそうなったら、香港の「一国二制度」が終了してしまう可能性が高い。

そんな中で、武力を持たない香港市民は、何に頼っていくのか?

「一つはアメリカ、もう一つは台湾だ。アメリカはまもなく、香港人権民主主義法案を可決する。これはわれわれにとって、バックアップになる。逆に、香港特別行政区政府及び中国政府にとっては、大きなプレッシャーとなるだろう。

また台湾では、『昨日のチベット、今日の香港、明日の台湾』という言葉が流行語になり、香港のデモに対する大きな共感の輪が広がっている。亡命者を受け入れようという運動も起こっている。この先、香港と台湾の市民同士の連帯は、ますます拡大していくだろう。

9月28日に開かれた民進党創建33周年の党大会では、蔡英文総統が『敵は内(国民党)ではなく、台湾海峡の向こう側(中国政府)だ』と述べて、大いに盛り上がった。来年1月に総統選挙が開かれるが、中国政府と対立する民進党の蔡英文総統の再選は、ほぼ間違いない情勢だ。

蔡英文政権も、われわれにとっては頼もしい味方だ」

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以上である。香港人の話を聞いていて、もしかしたら来年、中国政府が香港を吸収合併し、「一国二制度」を終焉させる事態も起こり得るのではないかと思えてきた。香港はすでに、1997年にイギリスから中国に返還されているので、万が一そうなったとしても、外国は口は出せるが、手は出せない。

ともあれ、香港返還から22年を経て、「一国二制度」が大きな岐路に立たされているのは間違いない。香港の状況は、また近く続報を書きたい。