■日本企業のイノベーションを阻害している理由

アップルのiPhoneやダイソンのコードレス掃除機は、優れたデザインが評価され、世界中から人気を集めています。この2つの企業に共通していることは、デザイナーが経営に参画していることです。

アップルは「最高デザイン責任者(CDO)」を設置している。(AP/アフロ=写真)

日本でも、2018年5月に経済産業省と特許庁が、「産業競争力とデザインを考える研究会」の報告書として、「デザイン経営」宣言を公表しました。デザイン経営に必要なことの1つは、デザイナーが企業経営に参画することです。なぜ経営にデザイナーが必要なのでしょうか。

結論から言えば、日本企業のイノベーションを阻害している理由の1つとして、経営の意思決定にデザインの視点が不足していることが考えられるからです。そのため、どれだけデザイン性に優れた製品やサービスをつくろうとしても、技術やコストのほうが優先されて、なかなか実現できない傾向があるのです。

デザインというと、日本では「意匠」という言葉で表されるように、色や形に限定して捉えられがちですが、海外ではもっと広く「設計」全般を意味しています。

■デザインを広義で捉える企業のほうが利益増加率が高い

私はデザインを3段階に整理しています。1段目は従来の色や形にかかわるデザイン、2段目はユーザー・エクスペリエンス(UX)、つまりサービス全体のデザイン、そして3段目は経営のデザインです。デザイナーは本来、これらすべてを担っているのです。

そして、デザインを広い意味で捉えている企業のほうが、業績がいいという調査結果があります。経産省の「第4次産業革命クリエイティブ研究会報告書」に、デザインの意味を広義(UXを含めた製品・サービス全体の設計)に捉える企業と、狭義(製品の色や形の工夫)に捉える企業とを比較した調査結果が掲載されています。それによれば、直近5年の平均営業利益増加率が6%以上と答えた割合は、デザインを広義で捉えている企業では41.9%だったのに対して、狭義で捉えている企業では25.0%でした。

また、「新製品/サービス設計において重視する項目」という質問では、デザインを広義で捉えている企業のほうが「顧客にとっての使いやすい製品/サービス提供」を重視し、狭義で捉えている企業のほうが「低価格での製品/サービス提供」を重視する傾向が見られました。

これらの結果から、デザインを広義で捉える企業のほうが、高付加価値の製品やサービスを提供して利益増加率が高いことがうかがえます。

■GAFA人気の秘訣は、優れたデザイン性

日本では、戦前から色や形の設計とその他の設計が分けて考えられてきました。その結果、日本におけるデザイナーは、経営の意思決定には参加せず、色や形を考えるという限定された役割を担うようになってきたのです。

結果として、多くの日本企業では、技術やコストの観点だけで経営の意思決定が行われてきました。かつてのように、日本の技術が優れていて簡単には追いつかれなかった時代は、それでも問題はありませんでした。しかし現在では、技術だけではすぐに他企業に追いつかれてしまう危険性があります。

日本ではずっと、「イノベーション」=「技術革新」と捉えられてきましたが、ここへきてようやく、イノベーションとは新しい技術を開発することではないと理解されるようになってきました。イノベーションとは「新結合」、つまり、新しい組み合わせを考えることです。イノベーションの本来の意味が理解されるようになったことで、本来の意味でのデザインの重要性が見直されるようになってきたのです。

現在、最も成功しているといわれるGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)は、いずれも利用者が増えるほど価値が高まる「ネットワーク効果」によって巨大企業に成長しました。そのネットワーク効果を支えているのは、ユーザーインターフェースなどのデザインです。ネットワーク効果を高めるには、最新技術よりも、ユーザーとの接点が優れていることが重要なのです。こうした例を見ても、技術がかつてほど競争力を持たなくなってきていることがわかります。

■日本企業も徐々に美意識重視へ

日本では、デザイナーが経営に参画する企業は多くありません。その根源的な理由は、先述の通り、デザインを「意匠」という狭義の意味に限定してしまったからだと思います。

近代以前の日本は、非常に優れたデザインの国でした。しかし、明治維新以降の近代化の歴史の中で、西洋に追いつくために技術が重視されるようになります。その過程で、人材面でも技術者が重用されるようになり、教育では理工学系が重視される体制ができたのでしょう。技術者には修士・博士を持っている人が多く、経営者になる人も少なくありません。一方、デザイナーで修士・博士を持っている人は少ないですし、経営者に登用されるケースもまれです。結果として、デザインに弱い企業になってしまっているのです。

アップルが大成功を収めたとき、日本ではスティーブ・ジョブズという経営者にばかり注目が集まりました。もちろん彼は素晴らしい経営者ですが、日本の経営者は、アップルの良さの本質を見ようとしなかったと思います。アップルの良さとは、簡単に言えば「クール」だということです。アップルの製品は使っていて気持ちがいいし、持っていることを人に自慢したくなる。なぜそうなるかと言えば、デザインに多額の費用を投じているからです。

最近では、日本企業の間でもデザインの重要性が指摘されるようになりました。「デザイン思考」が話題になったのも、その表れでしょう。デザイン思考は、デザイナーではない人がデザイナーの持つ柔軟な思考法を取り入れるためのものです。それはもちろん大切なことですが、イノベーションを起こすような決定打にはならないでしょう。

■電機メーカーでもデザインを見直す傾向に

日本企業がデザイン経営で成功するためには、デザイナーを経営に参画させる必要があります。デザイナーという思考法の異なる“異分子”が経営に加わることによって、初めて技術やコストよりも美意識を前提にしたものづくりが可能になります。

日本にも、デザイナーを経営に登用する企業は存在します。先駆的な存在が無印良品です。元は西友のプライベートブランドでしたが、外部のデザイナーを経営ボードに迎えることによって人気ブランドへと成長させました。日本におけるデザイン経営の代表的な企業と言えるでしょう。

また近年、デザイン経営の効果が表れているのがマツダです。ハイブリッドやEVなどの先進技術を持たなかった同社が、経営資源として打ち出したのが、格好いいデザインでした。この戦略を取ることによって、同社は自動車業界の厳しいグローバル競争での生き残りに成功したと言えます。

電機メーカーでもデザインを見直す傾向にあります。自前のインハウスデザイナーを日本に最初に導入したパナソニックは、分散していたデザインセンターを集約して、京都に新たにデザインセンターを開設しました。ソニーはクリエイティブセンター長の長谷川豊さんなどの活躍で、ソニーらしさを取り戻しつつあります。

「デザイン経営」宣言が公表されて以来、さまざまなところでデザイン経営について講演する機会がありますが、デザイナーを経営に参画させるということに違和感を感じる経営者は少なくありません。しかし、高機能・多機能だけでは売れない時代に、GAFAやダイソンのように世界中から愛される製品やサービスを生み出すためには、経営にデザイナーは欠かせないと言っても過言ではないでしょう。

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鷲田祐一(わしだ・ゆういち)
一橋大学大学院経営管理研究科教授
博報堂勤務を経て、東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程修了(学術博士)。専門はマーケティング、イノベーション研究。経済産業省「産業競争力とデザインを考える研究会」座長。主な著書に『デザインがイノベーションを伝える』など。

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(一橋大学大学院経営管理研究科教授 鷲田 祐一 構成=増田忠英 写真=AP/アフロ)