会長兼CEOを退任した鈴木敏文氏(ロイター/AFLO=写真)

写真拡大

■退任前日、エレベーター前で会長の“送辞”

セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長兼CEOが退任したことで、様々な憶測が飛んでいる。だが、その中には多くの誤解が含まれていることは、ジャーナリストの勝見明氏がプレジデントオンラインで指摘している通りだ(鈴木敏文・セブン&アイ会長辞任の「本当の理由」http://president.jp/articles/-/17833)。

言うまでもなく、組織は、生き物。永久不変ではないが、確実に言えるのはひとりの偉大なビジネスパーソン&経営者として鈴木氏がその名を歴史に残す存在であるということだろう。「流通の神様」「コンビニエンスストアをつくった男」といわれる鈴木氏に学ぶべき点は何か。

「女性の目線、女性の感性を貫いた稀有な、男性経営者だと思います」

そう語るのは、内閣府の経済財政諮問会議の政策コメンテーターも務めるマーケティングライターの牛窪恵氏だ。牛窪氏は、以前から鈴木氏と交流があり、実は退任発表する前日にも面会していた。

その際、「将来のビジネス」に関して話し、面会を終えると鈴木氏は牛窪氏をエレベーターまで送り届けた。通常は、面会の部屋から鈴木氏が先に退席するのだが、この日は鈴木氏本人が丁重に見送りをしたという……。

■「女の感性」がブルーオーシャンをつくった

以下、牛窪氏が述懐する。

<女性は、衣・食・住、あらゆる生活シーンで“当事者”として動きます。また家計を預かり「これを買う」といった決定をする権利を持つことも多い。それだけに、商品やサービスのコストパフォーマンスや使い勝手などに関して男性以上にうるさい面があります。

いわば、女性は常に「現場」の人です。だから、商品の具体的なイメージまでは明確ではないものの、「○○のようなモノがあれば買うのに」と何となく気づくことがしばしばあります。鈴木さんはそんな厳しい目を持つユーザーの、漠然としているけれど潜在的にあるニーズをすくい取ることができる嗅覚の鋭い方でした。

鈴木さんの名言のひとつに「お客さまになりきれ」というものがあります。顧客の傾向を数字で単に分析するのではなく、自分が客になれ。素人の目線になれ。そうすることで「次」が見えてくる。鈴木さんは常にそう社員に伝えていたと言います。プロ気取りの目はかえって邪魔になると。

■「どこに、そんな女性的な部分が隠れているのか」

私は仕事上、多くの経営者にお会いしますが、鈴木さんは本質的に他の経営者と異なるという印象を持っていました。娘ほどに年の離れた私が言うのは大変失礼にあたりますが、その風格といい、話し方といい、鈴木さんは極めて男らしいジェントルマンです。ところが、お話をしていると、外見のイメージとは異なる、女性のような繊細でやわらかい感性が垣間見えることがありました。

「どこに、そんな女性的な部分が隠れているのだろう」。ふと思ったものです。

もしかしたら、たくさんのお姉さんに囲まれて育ったことも関係あるのかもしれません(編注:鈴木氏は九男。上に6人の姉がいたといわれる)。

とりわけ男性経営者は「過去」「実績」に基づいた判断で、自社の事業で進む道を決めることが多いです。よくも悪くも、自分自身の成功体験を重視する傾向があります。

しかし、鈴木さんはそうした経験則に基づいた決断はあまりしません。実績をベースにしたほうがリスクは少ないはずですが、鈴木さんは常に新しいことにチャレンジします。

よく知られていますが、鈴木さんの考え方はPOSに代表される仮説検証です。まず、自分で全く新たな仮説を立て、それを売上など後から顧客の動向から検証し、修正していく。重視するのは、「過去の顧客(データ)」より「明日の顧客」です。

■女性的感性だから実現した「ブルーオーシャン」

前例のないことに挑むので、反対にあうことも珍しくありません。でも、時代と顧客が変化しているのだから、自分も常に変わらないと死んでしまう。そんなこともよくおっしゃっていました。覚悟を決めたら、思い切って飛び込む。そんな度胸の良さも、ある意味、女性的な感性だと思うのです。

セブン−イレブンを日本で始めようとしたとき、小売業の専門家や学者、マスコミから「うまくいくはずがない」と批判されましたが、コンビニは今や不可欠な存在になりました。

おでん、ドーナツなど、今ではどのコンビニにもある商品を他社に先駆けて企画・発売したのは、鈴木さんらが率いるセブンでした。「これは絶対儲かる」といった確証が得られなくても女性的なユーザー目線に立った気付きやアイデアを武器にして、まだ世の中にないモノやサービスを手がける天才的なイノベーターでした。

マーケッターの端くれとして言えば、いわゆる「ブルーオーシャン」はそうした他人が目をつけていないモノに価値を見いだす「目」のある経営者やリーダーでないと手に入れることができません。

■「過去にとらわれるな」「“真っ白な視点”を形にしろ」

鈴木さんが日々、POSなど売上げデータなどをこまめにチェックするのは、数字の向こうに顧客のココロを読むためだったのです。

若者や女性消費者の心理や動向について私がお話することに関しても、「うんうん」と耳を傾ける謙虚さにはいつも頭が下がりました。本当に腰が低く、好奇心旺盛で、目を輝かせながら私にいろいろ質問して下さいました。

引退会見前日の面会の日。エレベーターホールに到着する直前、鈴木さんはこう言いました。

「過去にとらわれないで。“変化対応”することを忘れないよう。あなたは、若い人たちの“真っ白な視点”を形にできる人でしょう。持ち前の気付きを大切にしてください」

今思えば、すでに一線を退く気持ちが固まっていた鈴木さんが娘世代の私に託してくれた「最後の言葉」だったのかもしれません。そうやって過去の権力に固執せず、さっぱり明日へ向かうところも、女性的感性だなと感服したのでした>

(マーケティングライター 牛窪恵=語り 大塚常好=構成 ロイター/AFLO=写真)