【小田嶋孝司氏×武田隆氏対談】(前編) 企業ブランディングの原点は「水戸黄門」にあり!?
「控えおろう、この紋所が目に入らぬか!」――ジャジャーン!(印籠を提示)――「ハッ(動揺)、ははーっ!」
日本人なら知らぬ者はいないであろう、『水戸黄門』の名シーンだ。
さて、このシーンはなにゆえ成立するのかと考えていくと、なかなか興味深い。印籠を提示する助さんサイドも、またそれを示された悪代官たちも、あの印籠が水戸藩主・徳川光圀である証拠で、かつ黄門様は偉いと認知しているからこそ「ははーっ!」となるわけだ。
この関係性は、企業のコーポレート・アイデンティティ(CI)の意味合いを考えるうえでわかりやすい。今や「ブランディング」という言葉で語られることが多くなったCIという概念。今回は、数々のCIを手がけてきた株式会社SHIFT代表取締役の小田嶋孝司氏をゲストにお迎えし、そもそもアイデンティティとは何か、ロゴマークの果たす役割とはどのようなものなのか、改めて企業ブランディングの原点について考えてみたい。
個人の精神的な課題を、企業に当てはめて考える
武田 今回は、NTT、伊藤忠、松屋銀座、キリンビール、NTT DoCoMoなど、数々の企業のCI(コーポレート・アイデンティティ)プロジェクトに携わってきた小田嶋孝司さんをお迎えしています。まずはコーポレート・アイデンティティとは何か、というお話からうかがわせてください。
小田嶋 それでは、そもそも「アイデンティティとは何か?」という話から始めましょうか。アイデンティティというのは、かなり古くからある概念ですが、アメリカの発達心理学者エリク・H・エリクソンが提唱した概念から一般化されました。もともとは個人の精神的な課題を表す言葉です。
武田 自己同一性、というものですね。
小田嶋 そうです。ヒトは生まれてからしばらくは、母親と一体化すること、離れないことが一番大事な価値とされているのですが、だんだん自我が芽生え、いろいろな情報を吸収し始めると、母親との違いを自覚するようになります。そうして、生まれ持った性質や環境と、「こうありたい」「こうしたい」という自意識との間に齟齬が出てくるんです。
武田 「好きで生まれてきたわけじゃない!」という反抗期の子どもの名セリフにもあるように(笑)、人生は受動的に始まるものですからね。
小田嶋 まさにそれです。親は選べないし、生まれる時の国籍も選べない。DNAにいたっては自分の意志ではどうにもならない。小学校くらいまでは、自分で学校を選ぶこともできない。
でもだんだんと自分のなかから、やりたいことが出てくる。そこで、生まれ持った自分の性質や気がつくとまわりにあった環境などと、自分のうちなる声とに、ズレが生じてくるわけですね。そのズレが小さければ小さいほど、アイデンティティの同一性は保たれているといえる。
武田 お寺の息子として生まれて、いろいろやんちゃもしたけれど、30歳くらいになって「やっぱり俺は仏門に戻る」と決意する、とか、そのような感じですかね……。
小田嶋 歌舞伎役者なども、生まれながらの環境とやりたいことが一致しやすい人が多いように思えます。ただ、たいていの人は、その2つの間にズレを感じている。そして、そのズレが大きいと、自分が何者なのかわからなくなり、アイデンティティ・クライシスが起こる。ですから、身分制度が固定していた時代のほうが、一般的なアイデンティティは安定していたかもしれません。
武田 こういった、個人にとってのアイデンティティという概念を、企業に当てはめたのが「コーポレート・アイデンティティ」、略してCIということですね。
