(※写真はイメージです/PIXTA)

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退職後の生活では、これまで我慢してきた旅行や趣味を楽しみたいと考える人も少なくありません。長年働いてきた人にとって、退職金や貯蓄は努力の結果でもあります。しかし、まとまった資産があるように見えても、老後は医療費、住まいの修繕費、物価上昇など、予測しにくい支出が続きます。使い方を誤ると、安心のはずの貯蓄が想像以上の速さで減っていくこともあります。

「長年働いたご褒美」ビジネスクラスで始まった退職後の楽しみ

誠一さん(仮名・67歳)は、60歳で長年勤めたメーカーを退職しました。退職金とそれまでの貯蓄を合わせると、金融資産は約6,000万円。住宅ローンも完済済みでした。

「これだけあれば、少しは人生を楽しんでもいいだろう」

妻の由美子さん(仮名・65歳)も、最初は反対しませんでした。子育てを終え、住宅ローンも払い終え、夫婦でゆっくり旅行に行ける時間がようやくできたのです。

最初の旅行は、ヨーロッパでした。

長時間のフライトだからと、誠一さんはビジネスクラスを選びました。現地では少し良いホテルに泊まり、レストランも予約しました。

「若いころは節約ばかりでしたから、初めて“ちゃんと楽しんでいる”感じがしたんです」

それ以降、夫婦は年に数回、国内外へ旅行するようになりました。

北海道、沖縄、ハワイ、台湾、ヨーロッパ。移動は楽な席を選び、宿も妥協しない。旅先では「もう年だから」と無理をせず、タクシーや現地ツアーも使いました。

1回あたりの支出は大きくなります。それでも誠一さんは、通帳にまだ十分な残高があることを確認し、「大丈夫」と思っていました。

総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯では、可処分所得約22.2万円に対し、消費支出は約26.4万円で、平均では毎月約4.2万円の不足となっています。年金生活では、日常の生活費だけでも貯蓄を取り崩す世帯が少なくありません。

誠一さん夫婦も、年金だけでは月々の生活費を完全にはまかなえませんでした。

それでも当時は、旅行費の大きさばかりに目が向き、毎月少しずつ減っている生活費分の取り崩しには鈍感でした。

「旅行に使ったお金だけが減っていると思っていたんです。でも実際には、普通に暮らすだけでも減っていました」

8年後に見えた現実…「楽しむお金」と「暮らしを守るお金」

変化に気づいたのは、退職から8年後でした。

久しぶりに資産状況を整理した誠一さんは、数字を見て言葉を失います。6,000万円あった貯蓄は、2,000万円ほどにまで減っていました。

もちろん、旅行だけで減ったわけではありません。

その間、自宅の外壁塗装、給湯器の交換、家電の買い替えがありました。由美子さんの入院もあり、医療費や差額の支払いも発生しました。さらに、物価上昇で日々の食費や光熱費もじわじわ増えていました。

「一つひとつは必要なお金でした。でも、全部を合わせると大きかったんです」

金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査(2023年)』でも、老後の生活について心配している世帯は約8割に上り、その理由として「十分な金融資産がないから」「年金や保険が十分ではないから」「物価上昇への不安」などが挙げられています。

誠一さん夫婦は、決して極端な浪費をしていたわけではありません。ただ、「まだある」という安心感から、支出のペースを細かく確認していませんでした。

年に数回の旅行。少し良いホテル。ビジネスクラス。家の修繕。医療費。日々の赤字。それらが8年分積み重なった結果、老後資金の見通しは大きく変わっていました。

由美子さんは、ある日、通帳を見ながらつぶやきました。

「あんなにお金があったのに」

その後、夫婦は旅行の回数を見直しました。海外旅行は数年に一度にし、普段は近場の温泉や日帰り旅を楽しむ。貯蓄は、生活費、医療・介護費、住宅修繕費、余暇費に分けて考えるようにしました。

「旅行したことを後悔しているわけではありません。でも、“楽しむお金”と“暮らしを守るお金”を分けて考えるべきでした」

老後資金は、ただ残しておけばよいものではありません。元気なうちに楽しむことも確かに大切です。

しかし、その一方で、長く続く生活を支えるお金でもあります。

医療費や介護費、住まいの修繕費など、老後には予想していなかった支出も少なくありません。「今を楽しむこと」と「将来に備えること」のバランスを意識しながら、お金と向き合っていくことが大切なのかもしれません。