かつては神社の上空にもトキが飛んでいたと語る四柳さん(27日、石川県穴水町の美麻奈比古神社で)=桐山弘太撮影

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能登での放鳥に「人間と共生できる社会」願う

 能登半島の石川県羽咋(はくい)市で31日に行われる本州初のトキ放鳥を特別な思いで待つ人がいる。

 1970年に同県で捕獲された本州最後の野生のトキ「能里(のり)」の佐渡島(新潟県)移送に携わった元石川県教育委員会職員の四柳嘉章(かしょう)さん(79)だ。移送中、膝の上で諦めたようにじっとしていた姿と、剥製(はくせい)になって帰ってきた時の悔しさは忘れられない。「トキと人間が共生できる社会が再び訪れてほしい」と願う。(金沢支局 渡辺洋介)

滅びゆく悲哀

 「能里はうなだれていてバタバタと動きもしなかった。滅びゆくトキの悲哀を身をもって感じた」

 56年前の70年1月、本州で1羽だけになっていた能里は、能登半島の同県穴水町で捕獲された。繁殖のため佐渡島へ移送され、四柳さんは富山県境まで運ぶ車に同乗した。「何としても佐渡へ送って長生きさせたい」と祈るように送り出したが、翌年3月に死んだ。死骸を解剖すると、体内に農薬や水銀が残留していた。

 四柳さんは穴水町出身。幼少期、実家の美麻奈比古(みまなひこ)神社の境内から毎日のようにトキが空を舞う姿を見上げていた。既に数は少なくなっていたが、「ピンク色の羽がきれいで身近で大切な存在」だった。それだけに、能里が剥製になって戻ってきた時は言葉が出なかった。

進む野生復帰

 佐渡島に残っていた最後の5羽も81年に捕獲され、国産トキは野生から姿を消した。その後の人工繁殖もうまくいかず2003年に絶滅した。

 一方、中国産トキは人工繁殖が成功し、順調に個体数が増加していた。08年から佐渡島で放鳥事業が始まって野生復帰が進むと、環境省が22年、能登半島や島根県出雲市を放鳥の候補地にすると決めた。県教委を退職し、実家の神社の宮司を務めていた四柳さんは「再び能登の空を羽ばたく光景が見られるようになるのかも」と胸が高鳴った。

人間の責任

 再会を待ち遠しく思っていた24年1月、能登半島地震が起きた。穴水町は震度6強の揺れに襲われ、神社の社殿は床が傾き、天井の一部が落下。同町を含む奥能登地域全体で多くの建物が倒壊した。今も更地が目立つなど復興は道半ばで、四柳さんは「放鳥されたトキが能登を元気づけてほしい」と期待する。

 漆器考古学者でもある四柳さんは、放鳥を機に「トキと人間が関わってきた歴史を見つめ直してほしい」と訴える。トキは日本書紀に「桃花鳥」と記され、伊勢神宮(三重県)の神宝の一つ「須賀利御太刀(すがりのおんたち)」に羽根が飾り付けられるなど古くから親しまれていた。だが、明治時代以降、乱獲や環境破壊など人間が絶滅の原因を作った。だから、自戒を込めて強調する。「トキに苦難を与えた人間の責任は大きい。トキと人との関わりの歴史を広めていきたい」