「京都らしい景観」はどうなる…(写真はイメージ)

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京都駅前は高さ60メートルに

 京都が終わろうとしている。何度も終わりかけたこの歴史都市だが、これでもう本当にダメなのではないか。そう感じている。

【画像】五重塔より目立っている…?京都で計画すすむ「タワマン」の完成イメージ図

 インバウンドの増加で経済効果を実感しているいま、京都の人たちもようやく、守るべき京都の「資源」に気づいたのではないかと、筆者は期待をいだいていた。2024年に外国人観光客数が、対前年比53.5%増の1088万人を記録し、2025年は1200万人前後にまで増加したとされる。いうまでもないが、観光客は京都に、東京や大阪にないものを求めている。端的にいえば京都らしい景観である。

「京都らしい景観」はどうなる…(写真はイメージ)

 明治時代、欧米の猿真似に必死になるあまり、自分たちの伝統を軽視した日本人は、欧米人に教わって、自分たちが捨て去ろうとしていた伝統の価値に気づくことが少なくなかった。今回も同様の効果を期待したのだが、甘かったようだ。

 現在、京都を終焉へと推し進める計画が2つある。1つはJR京都駅前の再開発で、もう1つは京都から3駅のJR向日町駅前再開発である。前者は、駅周辺の建物の高さ規制を現行の31メートルから、一挙に60メートルにまで緩和しようというものだ。後者は、京都府内最高層となる地上38階建て、高さ約128メートルのタワーマンションを建設しようというプロジェクトである。

 最初に京都駅前再開発だが、建築や景観などの専門家6人で構成される京都市の有識者会議が4月15日、松井孝治市長に意見書を提出した。そこに書かれていたのは、京都の玄関口たるJR京都駅前に、現在の2倍にあたる高さ60メートルのビルをずらりと並べ、その周囲も高さ45メートルまでは認めようという規制緩和策だった。

 じつは、京都商工会議所の都市整備委員会も、昨年4月14日に、駅前の高さ規制を60メートルまで緩和することを求めた意見書を、市に提出していた。京都駅周辺は、新幹線のほかの駅にくらべてオフィス空間が少なく、近隣の都市にくらべて不利だ、という考えが京都の経済界には根強い。ディベロッパーやゼネコンの利益を確保しつつ、オフィスや商業空間を増やして「発展」するためには、規制緩和で大型の再開発を実現し、床面積を増やすしかない、という考え方である。

 有識者会議でも、「民間の投資としては一定の高さを保証しなければ見合わない」という意見が出されたようだ。すなわち、再開発をする以上は床面積を大幅に増やし、事業者を儲けさせてやる必要がある、と翻案できようか。

現状でも景観保全の度合いは世界最低レベル

 だが、1000年の都で、先の大戦でも戦災に遭わずに済んだ歴史都市の景観を、こうも簡単に変更しようとする国は、少なくとも欧米には存在しない。景観を守ろうという主張を情緒と受けとる向きもあるだろうから、ここではあえて実利を中心に議論したい。

 公益社団法人京都市観光協会は、インバウンドの増加を受け、「京都の歴史や文化への関心がある、知的好奇心の高い方々のニーズにしっかりと応えられる、持続可能で質の高い滞在経験を生み出す仕組みづくりが一層重要となります」と訴えている。そして「持続可能で質の高い滞在経験」を支える重要な要素こそが景観である。観光客は京都には、ミニ東京やミニ大阪を求めず、あくまでも京都を求めている。

 従来の容積率や高さ制限を適用しない「特定街区」が適用され、1997年、高さ60メートル、幅490メートルの京都駅ビルができたころ、京都の景観は大きな危機を迎えた。しかし、景観破壊を憂うる声に応えて、2007年に京都市は「新景観政策」を策定した。高さ制限を最高45メートルから31メートルに、歴史的市街地では31メートルから15メートルに引き下げる、というのがその内容で、京都はかろうじて終わらずに済んだ。

 それでも世界の歴史都市のなかで京都は、景観が守られている度合いが最低の部類であり、観光都市としての持続可能性を考えれば、さらなる景観の保全や整備が必要なはずだ。

 ところが、京都がいま選ぼうとしているのは、景観の「保全」ではなく「破壊」への道なのである。そしてこの道は、景観問題を抜きにしても、京都の持続可能性を損ない、破滅への道に突き進まざるをえないものだと断言できる。それについては追って説明するが、その前に、JR向日町駅前の再開発について見ておきたい。

京都市内各所からタワマンが見えるように

 向日町駅は京都市ではなく、京都市の南西の向日市にあるが、京都駅からはわずか3駅で10分もかからない。桂離宮から3キロほど南に位置する。この駅前に、JR西日本不動産開発と三井不動産レジデンシャルが建てようとしている「ジェイグランタワー京都向日町」は、すでに2025年に着工され、2028年7月に完成する予定だという。

 問題は京都市と境を接していながら、京都市の「新景観政策」の対象外で、事実上、高さ規制が存在しないことだ。その結果、東寺五重塔の54.8メートルより73メートル高く、京都駅ビルの2倍以上の高さで、ロウソクのようなニデック京都タワーとほぼ同じ高さのタワーマンションが建てられ、京都市内の各所からの視界に入るようになってしまう。盆地としての京都を囲む山の稜線を遮る可能性も高い。

 しかし、向日市は京都市に隣接し、京都という国際観光都市の果実を受けとる位置にある。それに、地方自治体としての境界線はあっても、京都市とは歴史と風土を共有している。なぜそれを守り、活かすのではなく、壊そうとするのか。タワマンが建つことで、これから何千万人、何億人という人が目にする故郷の景観が壊されるのに、それにまったく無頓着なのはなぜなのか。

 2025年10月、「住みよい向日市のまちづくりを考える会」が、このタワマンの建築確認の取り消しを求め、京都府建築審査会に審査請求を申し立てた。しかし、建築工事は日々進行している。

 向日町駅前の再開発計画は、当初はずっとシンプルなものだったという。駅の改札が西側の1カ所しかなかったため、駅舎を橋上化し、東西の行き来をスムーズにすることが検討されたのが最初だった。それが駅ビルの整備計画に発展した挙げ句、2020年にタワマン建設が持ち上がったという。

 現在、全国の再開発計画はほとんどがタワマンとセットだが、これには理由がある。都市再開発を進めるには、都市再開発法の規定で地権者の3分の2以上の同意が要る。再開発が進むと「損だ」と地権者が感じるようでは、同意は得られないので、事業者は「得だ」と思わせるように努める。そこでタワマンなのである。

 つまり、建物を高層化して「保留床」と呼ばれる床を生み出し、その売却益を建設費に当てれば、地権者はあらたな費用をほとんど負担せずに、新築ビル内の「権利床」に入居できる。だから、多くの地権者が再開発に賛成してしまうのだが、するとディベロッパーもゼネコンも、そして地方自治体も利益が得られる。建設業者は大きな建物を建てるほど利益が上がるし、自治体もマンションからの固定資産税や、入居者からの住民税などが得られる。こうして、それぞれがウィンウィンであるかのように錯覚して事業が進んでいく。

持続可能性がまったくない愚かな開発

 だが、建てたビルを売ってしまえば、あとは一切の責任を負わなくてもいい建設業者を除けば、「得だ」というのは錯覚にすぎない。

 日本の出生数は2016年にはじめて100万人を割って以後も急激に減り続け、2024年には確定数で68万6173人となった。わずか8年で3割も減ったのである。2025年も速報値で70万5809人と、前年速報値を下回っている。国土交通省は日本の総人口が2050年までに1億人まで減ると見込むが、かなり前倒しするのが確実視されている。

 すなわち、拡大型の再開発をすると、「人口が増えて賑わうのではないか」と期待する地域住民は多いが、これからはどの地域も人口減少を止められない。地域を活性化したければ、必要なのは空き家対策で、住宅戸数を増やせば増やしただけ、負の遺産が増えることにしかならない。仮に「ジェイグランタワー京都向日町」は賑わったとしても、その分、必ずほかの地域がいっそう深刻な人口減少に見舞われることになる。

 京都駅前の再開発で増やそうとしているオフィス空間も同様だ。現在、コロナ禍で進んだリモートワークからの回復もあり、オフィス空間は不足気味のようだが、一時的な現象にすぎない。生産人口は今後、減少する一方で、そのうえフリーアドレス化が進み、AIは進化する。どう見積もっても、オフィスビル需要は近い将来、減少に転じるしかない。

 100年先を見ろというのではない。20年、いや10年先を想定すれば、容易に見通せることにどうして気づかず、SDGsの時代に、持続可能性がまったくない愚かな開発を推し進めようとするのか。その結果、かけがえのない財産としての景観が損なわれ、それは将来の観光業へのダメージにも直結する。向日町駅前の場合、周囲の低層地域の住民が蒙る圧迫感も相当なものだろう。

 目を覚ましてもらうのを願うほかないが、さもなければ京都は終わる。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部