「権力者を訴追する」 残虐行為の公平な処罰をめざして 朝日新聞書評から
「権力者を訴追する」 [著]スティーヴ・クロウショー 国際刑事裁判所(ICC)が、ロシアのプーチン大統領とイスラエルのネタニヤフ首相に逮捕状を発付した。その存在感が一気に高まった瞬間である。
戦争のさなかでも人として守るべき法がある。17世紀のグロティウスに遡(さかのぼ)る考えである。だが、戦争犯罪やジェノサイドを訴追し、公正な判決を下す法廷が存在しなければ現実味がない。
本書はこうした機関の設立に向けて努力してきた人々の歩みに光をあてる。ニュルンベルク裁判、旧ユーゴスラヴィア法廷やルワンダ法廷、ついに初の常設機関としてICCが設立された。
著者は英国のジャーナリストで人権活動家。政治家や法律家だけではなく、非政府機関の情熱的な後押しが残虐行為を裁く仕組みの実現に必要だった。凄惨(せいさん)な犯罪が行われた現場をたずね、声なき犠牲者の声をひろい、審判の帰趨(きすう)に一喜一憂する。殺戮(さつりく)の責任を問われた権力者への突撃取材も試みる。アメリカの圧力に抗してイスラエル首相らを訴追したICCのカーン主任検察官の不屈の闘いも克明に記録されている。
著者は、プーチンとネタニヤフが戦争犯罪に手を染めたという点で同列だとみる。だからといって、みえすいた口実によるロシアの侵略戦争と、ハマスのテロを発端とするイスラエルのガザ攻撃を安易に混同することはしない。この区別は重要で、戦争犯罪や独裁者によるジェノサイドを法的に裁くということは、あくまでもそこで行われた残虐行為を個人の責任として裁くことである。著者が認めるように、権力者の訴追は世界平和を生み出す魔法の杖ではない。目的は最悪の人道犯罪を公平に処罰するという一点に収斂(しゅうれん)する。
米・ロ・中など非加盟国も多いICCは実効性を欠くという冷ややかな声もある。だが、少しずつでも人類は良い方向に向かっているという著者の楽天的なまなざしは、本書の大きな魅力である。
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Steve Crawshaw 英国のジャーナリスト、人権活動家。インディペンデント紙で東欧革命などを取材。その後、人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチなどで活動。人権と正義をテーマに執筆を続ける。
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三浦元博訳
