発達障害はなぜ起こるのか。米国小児科専門医の松浦有佑氏は「発達障害が起こる要因は過去にさまざまな説が唱えられてきたが、現在は“2つ”に絞られている」という――。

※本稿は、松浦有佑『発達障害を正しく知る』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。

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発達障害に関連する2つの要因

発達障害という概念は、時代とともに大きく変化してきました。歴史的に見ると、かつては「悪霊や悪魔に取り憑かれている」と信じられた時代があり、その後は「精神病の一種」と見なされるようになり、さらに「親の育て方に問題がある」とされてきました。

そして現代では、発達障害は「神経発達症(neurodevelopmental disorder)」であるという認識へと変化してきています。

現在、発達障害がなぜ起こるのかを考える上で重要なのは、「遺伝要因」と「環境要因」という2つの視点です。

遺伝要因とは、生物学的な親から受け継いだ遺伝子の影響を指します。さらに、親からの遺伝とは関係なく、新たに本人自身に発生する遺伝子の突然変異(de novo変異)が関与することもあります。この「de novo変異」は、文献によっては遺伝要因に含めない場合もありますが、本書では遺伝要因の一部として取り扱います。

一方の環境要因とは、遺伝子そのものには異常がないにもかかわらず、外部からの影響によって発達に影響が及ぶ要因を指します。ここで注意したいのは、「環境要因」と聞くと、つい育児や食事などの家庭内の生活習慣をイメージしがちですが、「当事者の生活習慣が直接的な原因で発達障害が起こるということはない」と現在の医学では結論づけられています。

医学的には「妊娠中の母体の感染症や病気、アルコールや一部の薬物といった、母体そのものや胎内の環境に影響を与える」ケースや「出産時のトラブル(低酸素状態、早産など)によって、新生児の脳に何らかの影響が生じる」といったケースが環境要因に含まれます。つまり、母体内や出生直後に起こる出来事が環境要因です。

■「育て方が原因」という誤解が広まった背景

20世紀の半ばには、「発達障害は親の育て方が原因だ」「母親の愛情が足りないから起こる(冷蔵庫マザー理論)」といった誤った説が広く信じられていました。特に自閉スペクトラム症においては、原因は100%環境(育児)にあると思われていました。

この背景には、当時の医学や遺伝学の限界もあります。今のように遺伝子を調べるためのキットや検査技術がなかったため、「遺伝」という考え方そのものがまだ十分に発展していなかったのです。

このように、発達障害の原因についての理解は、時代ごとの医学的知識や社会の価値観に大きく左右されてきた歴史があります。現在では、遺伝と環境の両方が関わるという考え方が主流ですが、それが確立されるまでには多くの誤解や偏見を経てきたことを、ぜひ知っておいていただきたいと思います。

■進む「遺伝子の研究」

1956年、ヒトの染色体が46本であることが初めて判明しました。こうして見ると、私たちが遺伝子について理解し始めたのは、ごく最近のことだと感じられますね。

その後、21番染色体の異常が原因で起こるダウン症候群など、染色体レベルでの遺伝性疾患の仕組みが次々と明らかになっていきました。また、染色体を調べる検査技術だけでなく、さらに細かいレベルで特定の遺伝子を調べる技術も急速に進歩していきました。

そして2003年には、ヒトのすべての遺伝子情報を読み解く「ヒトゲノム計画」が完了しました。これにより、「人間を構成するすべての遺伝子の設計図」が明らかになり、個人ごとの遺伝的な差異を調べることが可能になったのです。

どういうことかというと、ある疾患の疑いがある人の遺伝子を調べたときに、その結果をこの「遺伝子の基準」と比較することで、どの部分に異常があるかを特定できるようになったというわけです。

たとえば、昔はNoonan症候群とLEOPARD症候群という名前の2つの疾患がありました。これらは、それぞれヌーナン医師とレパード医師が、身体的な特徴から別々のタイミングで発見し、それぞれ名前をつけたものです。

当初は別の疾患として扱われていましたが、遺伝子検査の進歩によって、どちらもPTPN 11遺伝子という同じ遺伝子の変異が主な原因であることが明らかになりました。この遺伝子の変異によって現れる症状は人によって少しずつ異なるため、症状だけを見て異なる疾患として分類されていたにすぎなかったのです。現在では分類が見直され、これらは同一の疾患としてまとめられています。

写真=iStock.com/metamorworks
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■遺伝子変異があったら必ず起こるのか

このような発見は、発達障害の領域でも例外ではありません。かつては全くわからなかったような、ごく小さな遺伝子変異によって起こりうる神経発達への影響が、今や年単位、あるいは月単位でどんどん新しく特定されています。

アメリカでは現在、明らかな発達の遅れや発達障害の疑いがある人に対して、遺伝子検査を積極的に勧めることがスタンダードになりつつあります。それにより、遺伝子変異が確認された患者さんのデータが日々蓄積されており、自閉スペクトラム症や知的発達症などの発達障害に関連する特定の遺伝子変異が、次々と明らかになっています。

ただし、ここで注意が必要なのは、ある特定の遺伝子変異があるからといって、必ず自閉スペクトラム症が発症するという“1対1の関係”はまだ確認されていないということです。

簡単に言えば、同じ遺伝子変異を持っていても、自閉スペクトラム症と診断される人もいれば、診断されない人もいる、また同じ診断名がついても、生活の困難具合が軽度な人もいれば重度な人もいる、ということです。つまり、遺伝子変異がその人の発達障害にどの程度影響しているのかは、一人ひとり異なるのです。

■「遺伝」と「環境」が関与する割合

遺伝学は、現在最も研究が進んでいる医療分野の1つです。ただし、現時点では、自閉スペクトラム症が遺伝と環境のどちらによってどの程度引き起こされるのかという正確な割合は、まだ明確に特定されていません。

研究によってばらつきが大きいですが、今わかっている範囲でいうと、「遺伝」と「環境」がそれぞれ大体50%ずつ、もしくは遺伝がより多くの割合で関わっているのではないかと考えられています。そして多くの場合、両者が複雑に絡み合って発症に至っているというのが、現在の理解です。

具体的な例を挙げてお話ししましょう。HIE(低酸素性虚血性脳症)という新生児の疾患があります。これは、周産期や出生時のトラブルによって赤ちゃんの脳に十分な酸素が届かなくなることを表す疾患です。HIEを経験した赤ちゃんは、将来的に自閉スペクトラム症、知的発達症、脳性麻痺、ADHDなどの診断を受ける可能性が高いと言われています。

このHIEという疾患は、遺伝子そのものによって直接引き起こされるわけではないため、環境要因による疾患と考えられています。

しかし、ここで1つの仮定をしてみましょう。その赤ちゃんに対して遺伝子検査を行った結果、自閉スペクトラム症によく見られるとされる特定の遺伝子変異が見つかったとします。この場合、その変異は遺伝的要因にあたりますね。

すると、環境要因(HIE)に加えて、遺伝要因(遺伝子変異)も重なっていることになり、いずれ発達障害と診断される可能性はさらに高まると考えられます。

写真=iStock.com/Ratchat
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■原因の明確な特定は非常に難しい

では、将来的にその子が自閉スペクトラム症と診断されたとき、「環境が原因だったのか?」「遺伝が原因だったのか?」という問いにはっきりと答えることはできるでしょうか? 実際には、明確に特定することは非常に難しいのです。

そもそもなぜHIEが起こったのでしょうか? その背景に、もしかしたら「遺伝子の変異によって母体内で呼吸に関わる筋肉がうまく発達せず、生まれた瞬間に泣くことができなかったため、脳に酸素が届かなかった」といった遺伝要因が関係していた可能性も否定できません。

このように、一見すると環境要因によって起こったように見える疾患であっても、背景に遺伝による影響が存在する可能性があり、これらより両方の要因が複雑に絡み合っている、と現在は考えられているわけです。

■幼少期のトラウマとADHDの関連性

近年、子ども時代の逆境体験が、脳の働き方に長期的な影響を及ぼし、ときに器質的・機能的な変化としてとらえられる可能性があるのではないか、という問題意識のもと、心のトラウマと発達障害、特に「心のトラウマとADHD」を結びつける言説や研究、書籍が、少しずつ増えてきています。

こうした視点そのものは、決して突飛なものではありません。実際、過去に心理的に強いストレスを受けた人が、集中力の低下や落ち着きのなさ、感情の不安定さを示すことがあるということは、これまでも知られてきました。ただ、この流れには、どこか既視感があります。

発達障害はかつて、「冷たい母親のせい」「愛情不足の結果」「心の問題」として説明され、本人だけでなく家族が強く責められてきた時代がありました。だからこそ専門家たちは、心のトラウマと発達障害を語るとき、極めて慎重である必要があります。

それは単に科学的なエビデンスの有無を確認するという意味にとどまらず、過去の歴史と同じ説明の仕方を繰り返さないためでもあります。

■トラウマとADHDの関係は未だ不明

実際、現時点で確認されているのは、心理的トラウマとADHDのあいだに「何かしらの関連」が見られることがある、という程度です。

松浦有佑『発達障害を正しく知る』(幻冬舎新書)

虐待やネグレクト、家庭内の不和といった、幼少期に経験する強い心理的ストレスを表す概念として、英語ではACEs(Adverse Childhood Experiences)という言葉が使われています。

近年、ACEsに関する研究が盛んに行われており、こうした逆境体験を多く経験した人ほど、後にADHDと診断される割合が高い、あるいはADHDに似た症状が強く表れる傾向が報告されています。

しかし一方で、ACEsがADHDの原因である、あるいは発症リスクそのものを決定づけるとする科学的なガイドラインは現時点では全く存在していません。

すでにさまざまな研究から、ADHDは遺伝要因が70〜80%にも上るという科学的データが存在し(注)、ADHDが脳神経発達に由来する特性であるという理解は、現在も国際的に研究の前提として保たれています。

現在、研究者たちが模索しているのは、生まれ持った神経の特性に加えて、生後の生活環境や経験が、どのように影響し合い、それが生きづらさとしてどのように現れていくのかという、より複雑な問いです。

かつて発達障害の理解が大きく書き換えられてきたように、このテーマについても、今後の研究によって将来見え方が変わっていく可能性は決してゼロではありません。しかし、新たな知見が十分に積み重なるまでは、この問いには極めて慎重な距離感が求められています。

注:Faraone SV, Larsson H. Genetics of attention deficit hyperactivity disorder. Mol Psychiatry . 2019;24(4):562-575. doi:10.1038/s41380-018-0070-0.

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松浦 有佑(まつうら・ゆうすけ)
米国小児科専門医
アメリカ小児科専門医。岐阜県生まれ。岐阜大学医学部卒業後に初期研修を修了し、横須賀米海軍病院に勤務。その後渡米し、ニューヨークのマウントサイナイ大学病院で小児科レジデントを修了。あわせて、ジョンズ・ホプキンス大学大学院にて公衆衛生学修士課程を修了した。現在は、ワシントン大学およびシアトル小児病院にて、小児発達行動医学を専門とするフェローとして、診療および研究に従事している。
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(米国小児科専門医 松浦 有佑)