インフレもデフレも気分次第?経済学者「前日銀総裁・黒田東彦氏の<ピーターパンの喩え>は的を射ている。では国内で最初に『飛んだ』のは誰かというと…」
総務省が2026年3月24日に公表した「2020年基準 消費者物価指数 全国 2026年(令和8年)2月分」によると、生鮮食品を含む総合指数は前年同月比で1.3%上昇しました。一方で、2026年の春季労使交渉(春闘)の賃上げ率は3年連続で5%台を維持。私たちの暮らしは、どう変化していくのでしょうか。そこで今回は、東京大学名誉教授である経済学者・渡辺努さんの著書『インフレの時代-賃金・物価・金利のゆくえ』から一部を抜粋してお届けします。
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ピーターパンは飛べるのか
日銀総裁を務めた黒田東彦氏は2015年6月の講演で、ピーターパンの「飛べるかどうかを疑った瞬間に永遠に飛べなくなってしまう」という言葉を引用し、「大切なことは、前向きな姿勢と確信」と語った。
飛べると信じれば飛べる。飛べないのは信じないからだ。日本人がインフレを確信できないからインフレは起きない。だから「飛べる」と信じよう――黒田総裁はそう呼びかけたのだろう。
後に黒田氏は、この喩えは自分の発案ではなかったと明かしている。誰の発案かは今もわからない。しかし、強力な金融緩和を続けても人々のインフレ予想が上がらず、デフレ脱却の道筋が見えてこない。その焦燥感は黒田氏だけでなく日銀幹部全員に共通していたはずだ。その空気が、この喩えを生んだのだろう。
もっとも、このピーターパンの喩えは当時から評判が芳しくなかった。筆者の印象では、多くの人が「やる気の問題だ」という精神論として受け止めたように思う。だが筆者は、この喩えは的を射たものだと当時考えた。その見方は今も変わらない。
インフレもデフレも気分次第
インフレやデフレは複雑な現象に見えるが、根本は単純だ。物価とは、モノと貨幣の交換比率である。モノは食べたり使ったりできるから価値があるが、貨幣そのものにはそうした価値がない。
だから「貨幣にはもう魅力がない」と多くの人が思えば、貨幣を手放す動きが広がり、物価は上がる。逆に「貨幣は魅力的だ」と思えば、貨幣を持ちたがるようになり、物価は下がる。

『インフレの時代-賃金・物価・金利のゆくえ』(著:渡辺努/中央公論新社)
要するに、インフレもデフレも、人々の信念や気持ちの揺らぎが原因で起きる。筆者はこれを「インフレもデフレも気分次第」と表現した。ピーターパンの喩えは、この不思議な現象を巧みに言い表している。
とはいえ現実には、黒田総裁が「飛べる」と繰り返し訴えても、人々は飛ぼうとしなかった。実際に「飛べる」と信じていたのは、黒田総裁とその周辺だけだったように思う。日銀は量的・質的緩和(QQE)、イールドカーブ・コントロール(YCC)、マイナス金利と、あらゆる政策手段を動員したが、その思いは人々に届かず、インフレ予想も変わらなかった。
率先して「飛んだ」のは誰か
ところが、黒田総裁の任期が残り1年となった2022年春、日本に突然インフレが訪れ、その流れは今も続いている。もちろん、日本経済が完全にデフレ脱却を果たしたとは言えないが、黒田時代と比べれば確実に前進した。
今では多くの消費者、経営者、労働者が「インフレはこの先も続く」と信じている。「デフレが当たり前」から「インフレが当たり前」へと、人々の意識は大きく転換した。黒田総裁が思い描いた「みなが飛べると信じる社会」が、現実に姿を現したのだ。
ただし、そのきっかけは黒田総裁の呼びかけではなかった。海外から流入したインフレ、すなわちパンデミックと戦争が原因だった。人々の信念を変えたのは、言ってみればウイルスとプーチン大統領だったのである。
しかし黒田総裁が望んだのはこうした外圧ではなく、国内の誰かが勇気を持って飛び、その成功が周囲に伝わることだったはずだ。
では、国内で最初に「飛んだ」のは誰か。筆者は2024年4月のエッセーで、それは労働者と労働組合だったのではないかと書いた。今もその認識に変わりはない。
2015年6月の「クロダ・ショック」
労働者と労働組合が大事な役割を果たしたと筆者が考える理由は、2015年6月に起きた「クロダ・ショック」にさかのぼる。
2013年4月、黒田総裁の異次元緩和が始まると、大胆な金融緩和は急速な円安をもたらし、それが国内の物価を押し上げた。下図にあるように、円安が先行し、それを追いかけるようにして物価が上がった。ところが2015年6月以降、為替は円高へ反転し、インフレにも急ブレーキがかかった。

<『インフレの時代-賃金・物価・金利のゆくえ』より>
この反転の原因は、黒田総裁が国会で行った答弁にあった。急速な円安による物価上昇に消費者の不満が高まり、その声が政治家を通じて日銀にぶつけられたのである。黒田総裁は国会に呼ばれ、円安と物価高に歯止めをかけるべきではないかと追及された。
そこで黒田氏は「ここからさらに実質実効為替レートが円安に振れるということは、なかなかありそうにない」と答弁した。遠回しな表現ではあったが、市場はこれを「これ以上の円安を日銀は望まない」というシグナルと受け止めた。その瞬間、為替は急速に円高へ反転し、インフレも減速した。これが「クロダ・ショック」と呼ばれる出来事である。
「賃上げなき物価上昇」が教えてくれること
黒田総裁がこのような答弁をせざるを得なかった背景には、賃上げの欠如があった。2013年春闘の賃上げ率は1.8%にすぎず、慢性デフレの時期と大差なかった(下図を参照)。物価だけが先に上がり、賃金が上がらなければ、国民の不満が高まるのは当然だ。日銀はその圧力に押され、円安を抑制するような発言を余儀なくされた。
この事例は「物価を上げること自体はさほど難しくない。難しいのは賃上げだ」という教訓を残した。そして、賃上げがなければデフレ脱却は失敗することも教えてくれた。つまり、デフレ脱却の成否は賃上げの担い手である労働者・労組が「飛ぶ」覚悟を固めるか否かにかかっているのである。
現在は、このときと対照的だ。2022年春以降のインフレ局面でも、当時と同じく円安が大きな役割を果たした。円安による物価上昇に消費者が不満を募らせた点も共通している。だが今回は賃上げという点で大きく異なっていた。2023年春以降の3回の春闘では、4%、5%という高水準の賃上げが実現した(図参照)。そしてこの賃上げがインフレに持続性を与えてきた。
もっとも、賃上げはいまだ物価高に追いついておらず、その点への批判は根強い。とはいえ、もしクロダ・ショックのときと同じく賃上げが全く起きなかったなら、人々がこれほどインフレを許容することも、その持続性が確保されることもなかっただろう。もし賃上げがなければ、植田総裁が国会に呼ばれ、日銀が方針転換を迫られていた可能性すらあった。
こうした賃上げの動きこそ、筆者が労働者・労組をピーターパンに喩えた理由である。
労働者・労組はなぜ飛べたのか
では、なぜ今回は労働者と労働組合が「飛ぶ」ことができたのか。その背景には深刻な人手不足があった。
人手が市場全体で足りない状況では、強気の賃上げ要求をしても雇用が大きく損なわれにくい。仮に職を失っても別の仕事を見つけられる――労働者はそう信じることができるからだ。
その確信が、労働者と労働組合に「思い切って飛んでみよう」と思わせたのかもしれない。
黒田総裁が当時思い描いた姿とは違ったかもしれないが、日本はこうして「飛べる」と信じる社会に近づいたのである。
実質賃金の引き上げ
賃上げが当たり前の社会を定着させるための次のステップは、物価上昇を上回る賃上げの実現、つまり、実質賃金の引き上げだ。22年春以降のインフレ局面で実質賃金は6%低下しており、この是正が急務だ。
実質賃金の引き上げは人手不足と密接に関係している。人手不足とは労働供給が労働需要を下回っている状況であり、実質賃金が低すぎるために起きる現象だ。実質賃金を引き上げれば労働者はもっと働きたいと考えるようになるので労働供給が増える一方、企業は雇用を抑えようとするので労働需要が減る。
このようにして労働の需要と供給が一致する均衡に近づく。この均衡における実質賃金が「自然」実質賃金であり、社会が目指すべき理想の水準である。足元の実質賃金の水準が「自然」水準からどれだけ乖離しているかを正確に認識した上で、いかにして「自然」水準に近づけるかの戦略を練るべきである。
※本稿は、『インフレの時代-賃金・物価・金利のゆくえ』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
