「10人のおじさんに囲まれて…」12歳でデビューしたグラビアアイドル・西永彩奈(30)が語る、初撮影会の衝撃と“関西で鍛えられた日々”〉から続く

 13歳でグラビアアイドルとして活動を始め、年齢を感じさせないルックスで長く人気を集めてきた岡山県出身の西永彩奈さん(30)。

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 30歳を迎えてグラビア卒業を発表した彼女に、悪い噂のある業界人との接し方、芸能活動を知った中学校やクラスメイトの反応、成長によるファン離れなどについて、話を聞いた。


西永彩奈さん

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子ども扱いされすぎるのは「ちょっと嫌だな」と

――中学生で撮影会に出るとなると、事務所の方もことさら注意を払いそうですね。

西永 ちゃんと見てくれていました。社長兼マネージャーだったので、常に付いていてくれていましたね。それと「体操座りをする時は膝をくっつけておく」とか「肩幅以上は足を広げない」とか、そういうルールも徹底して教えてくれました。なにか危ないことがあれば、すぐに飛んできてくれて。

――最初の事務所の社長は、細かいところまで見てくれる方だったんですね。

西永 最初の社長がいろいろと厳しく教えてくれました。楽屋での座る位置や「あなたは今下っ端だから、会う人全員に自分からあいさつしなさい」といった礼儀とか。基礎的なところを教えてもらえたのは、今もすごく感謝しています。

――中学生だと、スタッフの方々は西永さんに対してどんな接し方を?

西永 ジュニア時代の現場は、みんなすごくお姫さま扱いしてくれて優しかったです。やっぱり子どもだったので。

 でも、そのせいで自分を出せなかった現場もありました。「彩奈ちゃんは〇〇だよね」みたいに言われると、「はい」としか言えなくて。自我はあるから、子ども扱いされすぎるのはちょっと嫌だなと思うこともありました。

「あの監督は女の子によく手を出すらしい」と聞いたことも 

――当時の仲間とは、そういった話をすることも。

西永 ありましたね。みんな結構中身は大人だったので、「なんかさあ、あそこまで子ども扱いしなくてもいいよね」みたいな話はしていました(笑)。

 そんなことを話しながら、周りの子たちと和気あいあいとやっていましたね。

――中学生とはいえ、トラブルめいたことに直面したり、イヤな仕事を振られたりしそうですが。

西永 イヤなことはイヤってはっきり言っていたので、あんまり変な仕事は来なかったですね。たまに噂で「あの監督は女の子によく手を出すらしいよ」とか聞くことはありましたが、私は絶対に手を出されなかったです。逆にその監督に会ったら「手を出すって聞くけど、手出してこないじゃないですか」とか、先にいじっちゃったりとかして。向こうは「なにそれ」みたいな。

――大人とのコミュニケーションには、すぐに慣れましたか?

西永 先に撮影会でファンの方と接していたので、大人とコミュニケーションを取ることには慣れていたかもしれないです。撮影の時も「部活何やってるの?」とか「最近学校どうなの?」とか、いろいろ話しかけてもらっていましたし。

アメブロ1位で学校バレ「芸能活動してもいいの?」と親が呼び出されて

――岡山に住みながら、仕事で東京や大阪に通っていたわけですよね。

西永 中学校の後半になると、毎週末、朝一の新幹線で岡山から東京まで通っていました。夜8時までしか働けないので、ギリギリまで働いて、最終の新幹線に乗って。そうすると岡山駅には0時に着くので、親に駅まで迎えに来てもらってました。

 マネージャーや社長は、おそらく夜行バスで移動してましたね。経費節約のために。

――ひと息つけるのは、新幹線での往復くらい。

西永 いや、学校の宿題をしていました。あと、アメブロの更新も。当時はガラケーで、メールで文章を打って送っていたんですけど、岡山と新大阪の間は電波がなくなっちゃうんです。だから駅に停まっている間に送信ボタンを押すんですけど、間に合わなくてワチャワチャやってるうちに岡山に着いちゃう、みたいなことがよくありました。

――学校では、芸能活動していることは知られていましたか。

西永 有名だったと思います。最初は友達にも言っていなかったんですけど、アメブロの中学生ランキングで1位になったことでバレてしまって。あまり仲良くない女の子たちが先生に「芸能活動してもいいんですか?」って。それで一度、親が学校に呼び出されたりもしました。

――問題にはならなかったのですか?

西永 親が「はい。頑張ってますよ」と堂々と言ってくれて、そこから学校がすごく応援してくれるようになりました。DVD出るのが決まった時も、先生たちが「すごいね」って。いじめられたりもしなかったです。

――意外ですね。

中学校時代の「ちょっとしたモテ期」もみんなに守られて

西永 地方のジュニアアイドルは、みんな結構「芸能人ってすごい」って感じになるんですよ。でも、東京の子とかは、「お前、水着なんて着てんなよ。演技で勝負しろ」みたいに言われたりして、学校が楽しくないっていう話はよく聞いていました。都会のジュニアアイドルのほうが大変だったんじゃないですかね。

――男子からの視線が刺さりまくるようなことは。

西永 「ブログ見てるよ」くらいですね。ほんと、平和だったんですよ。

 あ、でも周りの中学校の男の子とかが部活中に見に来たりとかはありました。テニス部だったんですけど、他校の男子が自転車でやってきて、校庭の柵越しに見ているっていう。ちょっとしたモテ期でしたね。

――それだけで済みましたか? 校門で待ち伏せされたり、話しかけられたりしたのでは。

西永 「連絡先を教えて」とかはあった気がします。でも私の友達とかが「みんな帰るよ〜」って言って、スルーできるような雰囲気を作ってくれて。みんなが守ってくれました。

「アンダー15」というジャンルからの卒業

――年齢を重ねるに従って、ファン層は変化しますか?

西永 15歳までしか応援できないっていう人と、逆に15歳から下は若すぎて応援できないっていう人がいて、16歳になるタイミングでファンの入れ替えがあるんです。で、次に18歳になるとまた変わります。「18歳以下の高校生が好き」みたいな。18歳からは安定しますね。

――15歳までしか応援できないファンについては、当時どのように捉えていましたか?

西永 雑誌にも「アンダー15」とか書かれていたので、そういう文化やジャンルなんだなと。他のジュニアアイドルの子たちと撮影会で会うと、「ヤバいよ、16歳になっちゃうよ。新規開拓しなきゃ」みたいな話をしていました。

 みんなませていて、自分の需要を分かっていたと思います。16歳になったら、どうやってロリコンじゃないファンを取り込めるかを誰もがちゃんと考えていました。

もう還暦の“TO”ことトップオタクのファン

――「15歳まで」や「18歳以下の高校生」など言わず、デビュー当時から応援し続けてくれているファンもいましたか?

西永 “TO”と言われてる人がいて。トップオタクだからTOなんですけど。私のファン界隈でも、TOとして認められている方が1人いました。その方は私が14歳の頃から、全ての現場に来てくれています。

――TOはいくつくらいの方ですか。

西永 もう還暦です。還暦を迎えた時は、赤いちゃんちゃんこを着てもらいました。「赤いちゃんちゃんこを持ってきて撮影会に参加してね」と伝えて。

 すべてのイベントに来てくれたけど、最近は「その撮影会、土曜日だと用事があってダメだから日曜日にして」なんて感じで日程をリクエストされます。

――「俺が行けなくなるから、行ける日に変えてくれ」と。

西永 そうです。ファンクラブの人たちと集まって、「2月の撮影会、どうする?」みたいな軽い話をしていたんです。「次は14日にしようかなと思ってるんだよね」と話したら、TOが「あ〜〜〜、14日は駄目だなあ。15日にしてよ」って。で、私がみんなに「じゃあ、15日にしてもいい?」と聞くと、みんなが「いいよ」って。

写真=深野未季/文藝春秋

〈14歳の撮影会で「“振り返って”のポーズが怖くて」「マジでごめんね」中学生で常連ファンを出禁に…西永彩奈(30)が語る、ジュニアアイドル時代の苦い記憶〉へ続く

(平田 裕介)