美輪明宏「90年生きてきて、一番忘れられない<おいしい食べ物>は。数えきれないほど食事をして、贅沢なご馳走も楽しんだけれど…」

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歌手、俳優の美輪明宏さんがみなさんの心を照らす、とっておきのメッセージと書をお贈りする『婦人公論』に好評連載中「美輪明宏のごきげんレッスン」。3月号の書は「舌つづみ」です。

【美輪さんの書】人にとってなによりのご馳走は…

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この世で最もおいしい食べ物

先日、私は生まれてこの方、いったい何回食事をとったのだろうかと、埒もない考えが頭に浮かびました。

90年間、数えきれないほど食事をして、贅沢なご馳走を楽しんだこともありますし、山海の珍味に舌つづみを打ったこともあります。でも、一番忘れられないのは、若い頃にある人が作ってくれた料理です。

音楽学校で学ぶために上京したものの、実家が破産し、食うや食わずやの生活に。住み込みで働いていた店の主人に襲われそうになって逃げ出し、キャバレーのドアボーイになったけれどクビになり――。

食い詰めて何日も食べ物を口にできず、最後の望みの綱と思って訪ねた知り合いの大学生の下宿で、私は気を失い、丸2日間、熱を出して眠り続けてしまいました。

この世で最もおいしい食べ物

意識が戻った私に、彼はまず重湯を飲ませてくれました。それから3日ほどお粥が続いた後、やわらかめのご飯のおかずとして、濡れ縁に七輪を出し、ソーセージの輪切りを乗せた目玉焼きを作ってくれたのです。その目玉焼きのおいしかったことといったら!

今までこんなおいしい食べ物はお目にかかったことがないと、ついご飯をお代わりしてしまったほどでした。 

飢えていた後ということもあるのでしょう。でもそれだけではなく、弱っている人をとにかく助けようとした彼の純粋な心が、その目玉焼きをこの世で最もおいしい食べ物にしてくれたのだと思います。後になり、彼がソーセージを買うために質店に行ったことを知りました。

私は美食を悪いこととは思っていません。でも、ふとしたときにあの目玉焼きを思い出し、人にとってなによりのご馳走は、やさしさであり、見返りを求めない愛なのだと改めて感じ入ります。

この世で一日一日を大切に生きることも、きっと修行になります。

●今月の書「舌つづみ」