DX化に立ち後れる不動産業界(1) なぜ「本当に知りたい情報」は検索できないのか

写真拡大 (全3枚)

IT化が遅れた、不動産業界に残る構造的問題

われわれの日常生活は、驚くほどのスピードでIT化が進んでいる。AIが文章を生成し、画像解析や病気の予測まで担う時代だ。一方で、この技術革新の波から取り残されてきた業界の一つが不動産業界である。

もっとも、不動産分野でも変化がなかったわけではない。電子契約の普及により、紙の契約書や印紙税、郵送・移動のコストは削減され、コロナ禍以降はVR内見やオンライン接客も広がった。遠隔地や海外顧客への対応力は、表面的には向上したように見える。

しかし、住宅の売買・賃貸を担う仲介の現場に目を向けると、状況は大きく異なる。収益性の高い業界でありながら、中小事業者ではコストや人材不足を理由にDX導入が進まず、大手との格差は広がっている。スマートフォン一つで多くのサービスが完結する時代であっても、物件探しにおいてユーザーが「本当に知りたい情報」は、いまだ十分に提供されていない。

賃貸・売買の検索サイトでは、「駅から徒歩〇分」「築年数」「間取り」「価格」といった条件では簡単に絞り込める。だが、実際に住まいを探した経験がある方であれば、わかると思うが、本当に知りたいのは、数字や記号ではない。窓からどんな景色が見えるのか。日差しはいつ入るのか。夜は静かなのか。坂道はきつくないかといった、生活の質を左右する情報で、今の検索サイトでは、そこが欠けている。

「検索できる条件」と「本当に知りたい情報」

定年後の移住を想定し、「砂浜まで歩いて行ける海の見える賃貸物件」を条件に探してみると、その現実が浮かび上がる。
条件が細かく、かつ収入の高い属性と見なされない顧客ほど、店頭での対応は後回しになりがちだ。ようやく内見にこぎつけても、人気物件は「すぐに正式契約しなければなくなる」と急かされる。結果として、多くの人が実物を見る前に、ネット上の限られた情報だけで判断せざるを得なくなる。

不動産仲介は、「内見して契約してもらう」ことで利益が出るビジネスモデルといえるだろう。物件情報は業者間ネットワークで集約され、詳細データの多くは仲介会社に委ねられてきた。そのため、顧客視点で情報を整理・蓄積する発想が育ちにくかった。

窓から見える景色、騒音、日照の角度、風通しといって、もっと生活にかかわる情報は「現地に行かなければ分からない」とされ、長らくデータベース化の対象外だった。しかし、物件を探す側の本音は、ユーザーが検索だけで細かな情報を把握できるようになれば、内見の数は減る。効率化が必ずしも業界の利益につながらないという構造が、DXを阻んできた側面は否定できない。

現場任せの情報管理が招く、顧客視点の欠落

実際に神奈川県内の複数の不動産店を回り、「海の眺望」という条件まで踏み込んで相談してみると、応じられる店舗はごく一部に限られた。サーファー系の店以外、「海が見える」という視点でデータを十分にまとめている店はないように感じた。

多くの場合、そうしたデータの有無は営業担当者個人の経験や記憶に依存している。実際、「マンションの最上階だけど、窓から地平線が見えるのか?」「南向きと書いてあるが、実際に日差しはどの時間帯に入るのか?」「バルコニーからの風通しは?」「前の建物はどれくらいの高さ?」「駅まで徒歩10分とあるが、坂道なのか? 夜道は暗くないか?」といった顧客視点からぜひとも知りたいこだわり情報は、内見に行ってもすべてはわからないというのが現実だ。

本当に詳しいことが知りたければ、現地の物件近くに居住している人に話を聞く方法もある。
「ここの物件は国道に面しているので騒音対策で二重ガラスのサッシにしてあるが、海の波の音は聞こえない」
「エレベータが古く、速度が遅いので階段で降りた方が早いよ」
「あの部屋なら砂浜と江ノ島と富士山と太平洋の水平線が見える」
などといった細かいナマの情報が手に入る。実はそこまでやらなければ、中途半端な情報では、買い手や借り手の努力や発想、こだわりには勝てない。

技術ではなく、業界構造がDXを阻んできた

とはいえ、こうしたサービスは技術的に不可能な話ではないだろう。360度カメラやドローン、AI画像解析を活用すれば、景観の抜けや採光条件を可視化することはできる。日照シミュレーションによって「〇月〇時にどれだけ光が入るか」を示すことも可能だ。問題は技術ではなく、業界が従来の仕組みにどこまで向き合えるかにある。

近年、不動産店のDX支援を手がける企業も現れている。

そこに切り込み始めたのが、不動産店のDX支援で注目されるベンチャーのファシロ(Facilo)。同社は2021年10月に超一級の人材が集まって起業した。
ファシロの看板商品のマイページの機能は操作が簡単・スピーディーで、物件を比較・検討しやすいという定評がある。的確でタイムリーな提案する一方、顧客のアクセス傾向を分析・予測する。それが不動産業界のDX化の先駆けなっている。
まだまだ進化の途上だが、それでもすでに最大手クラスの仲介業者から街角の中小業者まで、マイページを中心としたサービスは、全国で1500店舗以上が導入した、という。
導入している店舗では顧客への物件の提案時間を8割程度削減できるという。ここまでできるのは、不動産仲介の情報やコミュニケーションを一元化し、可視化できるからだという。

ファシロ(Facilo)社の「マイページ」サービス(https://www.facilo.jp/

先行したDXを活用したサービスを生む源泉はどこにあるのか?
ファシロを起業したのが市川紘社長は、米国の不動産ポータルサイトとして第10位の規模だったMovoto.comを全米4位にまで引き上げ、米国で「Top 100 Leaders in Real Estate and Construction」(不動産・建設分野のリーダー百選)に選出された。
シリコンバレーでエンジニア経験を積んだ共同創業者の梅林泰孝取締役(CTO)はGoogleに入社し品質向上チームに参画。サイバーエージェントに転職後に、「AirTrack」(位置情報を活かして支援するAIもターゲティング広告)の開発責任者として開発や戦略にも携わり、国内最大規模の位置情報プラットフォームに成長させた。 
物件の中身を手に取る様に示すことができるDXとはいえ、顧客を説得するのは。物件や情報の中身(コンテンツ)だ。

 そして、個別の顧客が知りたいことはうまく顕在化できず、未開拓だ。顧客の気がつかない地域の将来像もそのひとつであるといえる。
同社のサービスは、業務効率化や顧客対応の高度化に一定の成果を上げている。しかし、ただDXはツール導入で完結するものではない。最終的に問われるのは、それぞれの不動産事業者が「顧客が本当に知りたい情報とは何か」を見極め、それを提示できるかどうかである。

人口動態という“不都合な現実”と向き合えるか

中長期の人口動態と不動産価値は、密接な関係にある。
過去の地価のトレンドは景気や物価、災害、開発の影響を差し引くと、ほとんどは人口動態に左右されるからだ。住宅に限れば、地価の大部分は、ほぼ人口動態が決めてしまう。 例えば、国連統計による世界人口ピークを迎える2085年には、日本の出生数は7万人台に落ち込む(社人研=国立社会保障・人口問題研究所)。不動産業界としては、こうした「寝た子を起こすような衝撃的なデータは入れたくない」こうしたデータを正面から示すことに、業界は慎重であり続けてきた。

「窓から地平線が見える物件」を当たり前に検索できる不動産物件の検索サイト。物件の資産性に見極めなどは技術の問題ではない。不動産業界が、顧客の本音や欲望にどこまで向き合えるか。その覚悟が、問われている。