太平洋戦争下で姿を消した“伝説の大銀杯”。日本サッカー協会設立のきっかけともなったFAシルバーカップは66年ぶりに復活の日を迎えた【コラム】
当時、日本は世界の列強を向こうに回した戦争で、瀕死の状態にあった。物資は不足し、武器・弾薬も先細り。資源を持たない日本はその生産に苦しみ、政府はなりふり構わぬ金属類回収によって少しでも補おうとした。寺院の鐘やマンホール、果ては家庭の鍋釜までも供出の対象となったという。FAシルバーカップも、その運命から逃れることはできなかった。
日本サッカー協会(JFA)はその創設100周年公式サイトで、当時の状況を次のように記している。「大日本体育協会が政府の進めている銀回収への協力を決め、同会および加盟団体で保有している賞杯などを政府に供出。大日本蹴球協会はFAシルバーカップなどの銀杯を供出した」。このカップこそが天皇杯だけでなく、日本サッカー協会の創設に深く関わり、我が国のサッカーの原点ともいうべき由緒ある聖杯だった。
カップは1919(大正8)年、FA(イングランドサッカー協会)から寄贈された。各地で独自に行なわれていた試合が全国大会の地方予選と誤って英国に伝わり、その優勝チームに授与してほしいとの意図があったらしい。だがそのころ、日本には全国的にサッカーを統括する団体も大会も存在しなかった。
このカップの処遇をめぐって1921(大正10)年には大日本蹴球協会が生まれ、「ア式蹴球全国優勝競技会」という天皇杯の前身大会がスタートした。同年11月、東京の日比谷公園グラウンドで開催された同大会に優勝した東京蹴球団に、駐日英国大使の手で銀のカップが手渡された。
JFAは創立90周年の2011年、長らく忘れられていたFAシルバーカップの復元を図る。当時の小倉純二JFA会長が3月に渡英してFAのデービッド・バーンスタイン会長に戦時中の供出でカップを失ったことを謝罪し、その復元の許可を求めた。すると同会長から「では、こちらで再生して、再び贈呈しましょう」との提案を受ける。こうして誕生した新たなカップの贈呈式は同年8月23日、ロンドンのウェンブリー・スタジアムで行なわれた。
そのカップは同年度の第91回天皇杯から、優勝チームが手にすることになった。再生されたFAシルバーカップを初めて受け取ったのはくしくも第1回と同様、東京のチームであるFC東京だった。
文●石川 聡
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