世界陸連が異例の会見を開いた【写真:Getty Images】

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ブダペスト世界陸上連載「陸上界の真珠たち」第9回

 ブダペスト世界陸上は19日から連日熱戦が繰り広げられている。「ドナウの真珠」と呼ばれる美しい街並みを誇るブダペスト。現地で取材する「THE ANSWER」では、選手や競技の魅力を伝えるほか、新たな価値観を探る連載「陸上界の真珠たち」を届けていく。

 第9回は地球温暖化に「最も脆弱な国たち」の代表者5人。日本のスポーツ界でも酷暑対策が近々の課題の中、世界には数十年後に存在自体が消える可能性がある国々がある。国際的なイベントだからこそ考えたい、地球温暖化がスポーツに与える影響。死活問題に直面する国々の陸上連盟代表たちが現状を切実に訴えていた。(文=THE ANSWER編集部・鉾久 真大)

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 21日、大会会場では世界陸連(WA)が異例の会見を開いた。

「科学者いわく、50〜100年後には、我々の国はもう存在しない」

 出席したのは、地球温暖化に「最も脆弱な国たち」の代表者5人。ツバル陸連のニオネ・エリウタ事務局長は、世界各国の記者に語りかけるように自国の状況を説明した。南太平洋の小さな島国で、最も高いところでも海抜5メートル程度。海面上昇により“沈みゆく国”と呼ばれている。

 WAも危機感を募らせる開催地の暑さ問題。サステナビリティ(持続可能性)部門を作り、今大会はSDGsを推進している。ペットボトルゴミを削減するため、報道陣にウォーターボトルを配布。新設のメイン会場のトラックには、環境負荷に配慮したイタリア・モンド社製のサーフェスを採用した。

 大会前日には、WAのセバスチャン・コー会長が会見で「持続可能な戦略」の重要性を強調。アスリートの75%が、競技中やトレーニングプログラムにおいてすでに気候変動の影響を受けているという調査結果を発表した。連日気温が30度を超え、現地のボランティアが「今年は特に暑い」と漏らすブダペスト。実際にそれを裏付ける事象が発生した。

 日本からは田中希実(New Balance)らが出場する女子5000メートル予選の開始時間が22日、暑さを鑑みて変更に。当初は現地23日午前11時10分だったが、同日の午後7時00分へと後ろ倒しされた。WAは独自の計測をもとに、労作性熱中症のリスクが増加するほど暑さ指数が高まると予想。「これはアスリートにとって許容できるレベルではない」と決断の理由を説明した。

 コー会長は前述の会見で「選手たちの健康が最優先事項」と口にし、「長距離種目、特にロード競技(マラソン、競歩)のいくつかは、1年の中で選手たちを危険に晒さない時期に開催すべきかもしれない」との見解を示していた。早速、選手の安全を第一とする姿勢を実行に移した形だ。

温暖化で逼迫する各国連盟会長が願い「太平洋には最大のゴミの島が浮かんでいる」

 ツバルには海水が入り、土壌の塩分濃度も上昇。すでに農作物が育たないなど影響が出ているという。赤道と日付変更線をまたぐ島々で形成されたキリバスでも同様。同国陸連のルシア・テカモティアタ会長が農業、漁業がすでに変化を余儀なくされていると説いた。

 主に珊瑚環礁からなるクック諸島では、1980〜90年代に栄えていた黒真珠産業が気候変動で衰退。同じく南太平洋に浮かぶバヌアツやサモアでも台風や津波、洪水の被害が増加するなど、日常生活が脅かされているという。

 バヌアツ陸連のアントワン・ブディエール会長は「我々は日々の生活で影響を受けている。生活に直結しているんだ。しかし、他の国々ではそうではない」と力を込める。「我々は少しずつ生活を変えている。プラスチックを禁止したり、できる限りのことをしている。他の国ではなぜできないのか?」

 温暖化、海洋汚染にも繋がっているプラスチックゴミ。バヌアツには、多く流れ着いているという。「動かすことはできるが、費用がかかりすぎる」と同会長。「太平洋には最大のゴミの島が浮かんでいる。それを奨励したいのか?」と語気を強めた。

 日本でも、今年の夏の甲子園から「クーリングタイム」が導入されるなど、酷暑の影響を実感する機会が増えている。しかし、世界にはより逼迫した死活問題に直面する人々がいる。WAは、国際大会という舞台を活用して、その状況を世界に発信しようと今回の会見を開いた。2025年の開催地となる東京にも、当然イニシアティブが求められるだろう。

「人類の未来は、今日の我々が何をするかにかかっている」

 報道陣の方を真っ直ぐ見て語りかけたブディエール会長の言葉には重みがあった。

(THE ANSWER編集部・鉾久 真大 / Masahiro-Muku)