いよいよ消費税増税が目前に迫ってきました。9月中に買っておいたほうがお得なものはないだろうか……と考えている人も多いのでは。経済コラムニストの大江英樹さんは、「増税だから当面必要のないものまで買っておく」のは完全にお金の無駄と断言します。行動経済学的に正しい増税前の過ごし方とは――。
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■増税前の「お得情報」は要注意

10月からいよいよ消費税が10%に上がります。増税! と聞くとすぐに「買いだめ」とか「お得な裏ワザ」みたいな話が出てきますが、結論から言えば、買いだめはほとんど意味のないことが多いですし、裏ワザ的な話もそれにかかる手間とコストを考えたらたいしたことがないというものも多いのです。そういう「お得情報」的なものに惑わされないことが大切ですので、今回は消費税増税について考えておくべきこと、特に慌てて買いだめはしない方が賢明だというお話をしたいと思います。

■1.本当に引き上げ前に買った方がいいのか?

世の中の物の値段というのは、定価が決まっていて動かしようのない公共料金のようなものを除けば、基本的には需給関係で決まります。当然、消費税が上がることで「その前に買っておこう!」という駆け込み需要が出てくると、本来なら下がるべき価格も高いまま維持されることが起こり得ます。

■増税後の値下げを狙うのも手

例えば前回(2014年)の時に私は大型テレビを買い替えましたが、増税前に10万円だったものが増税後に需要が落ち込んだせいか、8万円に値下がりし、増税分3%を考えてもその何倍もの値下がりによって安く手に入れることができました。つまり市場価格が需給によって変動する品物であれば、必ずしも増税前に買わずとも、増税後に一気に需要が落ち込み、価格が下落する時を狙うというのもありなのです。(もちろん絶対下がるかどうかはわかりませんが)。

このように一人の消費者として考えた場合、増税前に焦って駆け込みで買うのではなく冷静に考えることが大切です。さすがに今回は増税前の駆け込み需要というのはそれほど無いようです。そもそも高額商品についてはあまり需要が盛り上がっていないのであれば、増税後は更に落ち込むことも考えられますから、様子を見ても良いのではないでしょうか。

■2.キャッシュレス決済におけるポイント還元

次に今回の消費税増税に伴って始まる「ポイント還元制度」があります。これは、増税による消費の落ち込みを防ぐためのものです。中小の小売店や飲食店等でキャッシュレス決済をすると、国が補助金を出すことによって支払額の最大5%分が還元されるという制度で、これは2020年6月まで9カ月間の時限措置として行われます。これは住宅や自動車といった一部の高額の商品等を除いた一般的な消費であれば適用されますから、もし5%が還元されると実質的な負担は5%となり、むしろ今の税率8%よりも少なくなります。したがって増税後に買った方がむしろ得な場合も出てきます。

この対象となるのはクレジットカードや電子マネー、最近広がりつつあるQRコード決済などを使用して支払った場合です。カード会社などの決済事業者の登録は既に775社(8月23日時点)、そして全国にある衣料品や食品、家電製品などの販売店のうち、9月5日時点では既に57万店あまりが、申請を終わっているということです。

この背景にあるのはキャッシュレス決済を推進したいという国の意向もありますが、期間限定とは言え、還元されるのであれば、利用しない手はないと思います。ただ、どこのカードやどのお店が使えるかについては事前に確認しておくことが必要でしょう。経済産業省のWEBサイトで決済事業者や加盟店の登録状況の一覧を見ることができます。

■3.日常製品の買いだめはほとんど意味無し

過去の消費税増税を振り返ってみても、駆け込みで購入されるのは高額商品よりも日用品のケースが多いようです。でもこれはあまり意味がありません。そもそも日用品ですから価格はそれほど高くないでしょう。

仮に1万円分を買いだめしても影響は200円程度しかありません。そのために当面必要でないものまでわざわざお店に買いに行くことの方が、時間がもったいないですし、買ってきたものを家の中に置くのだって場所をとります。生活全体のトータルコストを考えるとそれほどメリットがあるようには思えません。

とくに食品の場合は買いだめが困難ですし、多くは軽減税率が適用されていますから、買いだめの必要はありません。前述のようにお店によってはポイント還元があることを考えると日常製品の買いだめはほとんど意味がないと考えておくべきです。

■「増税だから」買うのはお金の無駄

何よりも「増税」という言葉で反射的に当面不要なものまで買ってしまうというのは完全にお金の無駄です。行動経済学では「選好の逆転」という言葉を使いますが、本来買い物というものは必要だから買うわけです。にもかかわらず、ポイントが付くから買うとか増税だから買っておくというのはまさに行動の基準が狂ってしまっているわけで、無駄な消費以外の何物でもありません。

それでも事前に買っておいた方がいいものを挙げるとすれば、定期券等のように、価格が決まっているものやあらかじめ行くことが決まっている場合の旅行、そしてマンションなどの不動産ですが、これらの対象もここからではあまり現実的ではありません。なぜなら、マンション等の場合は、確かに価格が高いので税金の影響は大きいのですが、10月1日時点で未完成のものは3月末までに契約が終わっていないと税率は低くなりません。今からでは無理ですし、ここから慌てて完成したマンションを買うというケースなどほとんどないでしょう。定期券だって、ここから9月末までに期限が切れる人はわずかなはずです。したがって、あまり意味はありません。

今回のテーマとは関係ありませんが、マンション等の場合は、少し動向に変化が見えてきているようですので、ここから先は価格が大きく下落するかもしれないという懸念もあります。購入するにしてもしばらく様子を見た方が賢明ではないでしょうか。

■増税商法に騙されてはいけない

こうした商品に限らず、どんな購買行動についても、税率が上がるからこの期に買ってしまおうというのは本末転倒であり、まさに前述の「選好の逆転」に他なりません。必要なものを必要なだけ購入するのであれば増税前に購入しても良いでしょう。

でもこれは繰り返しになりますが、増税だからその前にここぞとばかりに買いだめをするというのは結局不要なものを買ってしまいかねません。余分な買い物をした結果、使いきれなくて放ったらかしになっていたり古くなって捨ててしまったりすることも起こり得ます。多くの業者は消費税増税があると、それを商売チャンスと考え、その前に駆け込み需要を喚起するような広告や記事を載せますが、それらに乗せられないようにすることも大切です。

税金が上がる=損をする、という単純な発想ではなく、本当に必要なものであれば、税は関係なく買えば良いし、不要なものはいくら“お得”と言われても買うべきではないということでしょう。

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大江 英樹(おおえ・ひでき)
経済コラムニスト
専門分野はシニア層のライフプランニング、資産運用及び確定拠出年金、行動経済学等。大手証券会社で定年まで勤務した後に独立。書籍やコラム執筆のかたわら、全国で年間130回を超える講演をこなす。おもな著書に、『定年男子 定年女子』(共著、日経BP社)、『経済とおかねの超基本1年生』(東洋経済新報社)などがある。
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(経済コラムニスト 大江 英樹 写真=iStock.com)