天丼チェーン「天丼てんや」が苦境にある。既存店客数は21カ月連続で前年割れ、既存店売上高は10カ月連続でマイナスだ。原因はどこにあるのか。店舗経営コンサルタントの佐藤昌司氏は「昨年1月に看板商品『天丼並盛』を500円から540円に値上げしたことが引き金となっている」と分析する--。
「天丼てんや」ホームページより

■既存店客数が21カ月連続で前年割れ

天丼チェーン「天丼てんや」が厳しい状況に立たされている。既存店の客数が2017年12月から19年8月まで21カ月連続で前年を下回っているのだ。

19年8月は前年同月比1.9%減、7月は2.4%減、19年上半期(1〜6月)は前年同期比6.1%減だった。18年12月期に至っては9.0%減と大幅マイナスだ。17年12月期は2.4%減で、それより前の期はプラスが続いていたため、この期からマイナス傾向に転じたかたちだ。既存店売上高に関しては、19年8月まで10カ月連続でマイナスが続いている。

天丼てんやは屋号の通り、天丼を販売する外食チェーンで、ロイヤルホールディングス(HD)傘下のテンコーポレーションが運営する。同社は1989年に創業し、同年に東京駅の八重洲地下街に1号店を出店した。

現在は、首都圏1都3県(東京、神奈川、埼玉、千葉)を中心に全国に206店(直営150店、フランチャイズ56店)、海外に24店、計230店を展開する(19年6月末時点)。これほどの店舗網を持つ天丼チェーンはほかになく、業界最大手と言っていいだろう。店舗数は今後も国内・海外ともに増やし、20年には300店以上に広げる方針だ。

■天ぷら自動揚げ機で低価格を実現

てんやの売りはなんといっても、本来なら高級料理である天丼を低価格で提供していることだ。エビやイカなどの魚介類と野菜の天ぷら5種がご飯に載った看板商品「天丼並盛」(みそ汁付き/540円、以下すべて税込み)は、創業当時は480円だった。今よりも天丼に対して高級なイメージが強かった時代に、ワンコインで事足りる手ごろさで人気を博した。

この低価格を実現したのが、独自開発した天ぷら自動揚げ機械「オートフライヤー」だ。

天ぷら粉をつけた食材をベルトコンベヤーに載せると、温度調整まで自動でしてくれて、きれいに揚がる。従来は、天ぷらを上手に揚げるには熟練の技術が必要だったが、オートフライヤーを使うことで、未経験者でも短期間で簡単に揚げられるようになり、人件費の抑制につながった。

■18年1月の値上げが大きく響いた

安さを武器に支持を得てきたてんやだが、17年ごろから既存店の業績が低迷するようになった。そして18年に入ってから不振が顕著となった格好だ。大きく影響したのが、18年1月に実施した値上げだろう。

売り上げの4割弱を占めるとされる天丼並盛を500円から540円に引き上げるなど、6種類のメニューを10〜50円値上げした。8%も価格が上昇し、ワンコインで食べられなくなったとあっては、客足が遠のくことは避けられない。

1月以降、既存店の客数減が連続するようになる。既存店売上高も、値上げによって上昇した客単価で補うことはできず、マイナスの月が目立つようになった。「天丼なのに手軽」が売りだったのに、庶民にとっては急に遠い存在になってしまったのだ。特に、日々の食費を切り詰めて家計を助けるビジネスパーソンにとって、この値上げへの抵抗感は相当大きかったのではないだろうか。

さらに今、てんやを取り巻く状況は厳しさを増している。競合他社の天ぷら・天丼専門店が台頭しているためだ。

■ライバル店が全国に増加中

和食レストラン「和食さと」で知られるSRSホールディングスは、「天丼・天ぷら本舗 さん天」を12年から始め、現在関西を中心に約40店を展開する。「39天丼」と銘打った、390円という圧倒的な安さを誇る天丼を武器に成長を続けている。

うどんチェーン「丸亀製麺」を展開するトリドールHDは、関西を中心に天ぷら専門店「まきの」と「天丼まきの」を計13店展開。店舗網を拡大している。

牛丼チェーン「松屋」を展開する松屋フーズHDも、380円の天丼などを提供する「ヽ松(てんまつ)」を2016年にスタート。新業態ゆえに現在は神奈川県の1店舗のみだが、軌道に乗り次第店舗網拡大を目指すだろう。

天ぷら・天丼は、油で揚げる手間がかかるうえに、キッチンが汚れやすく、後片付けも面倒なため、家庭で作るメニューとしては敬遠されがちだ。特に今は、夫婦の共働き化や女性の社会進出が進んだことで、料理に時間をかけられない人が増え、家庭での揚げ物の調理頻度は減少傾向にある。そうなると当然、「揚げ物は外食や中食で食べよう」ということになってくる。こういった需要を取り込むため、外食各社は天ぷら・天丼店に力を入れているわけだ。

■キャッシュレス・セルフサービスの実験店を設置

てんやは今のところ、業界において圧倒的な地位を築いている。だが、競合他社に取って代わられないとも限らない。さらなる競争力向上が必要だ。

そうしたなか、ロイヤルHDは業務の効率化と利便性の向上を試す天丼店「大江戸てんや」を18年10月に東京・浅草にオープンした。

同店では現金が使えず、支払いはクレジットカードなどキャッシュレス決済に限定。金銭授受やレジ締め精算の手間を省いた。注文はタブレット端末で受け付け、注文情報は厨房のモニター画面に表示する。

この画面には盛り付け方法がイラストで表示され、シニアや外国人の従業員でも簡単に調理できるようになっている。さらに、調理された商品は客が受け取りに行き、食べ終わった後の食器も客が返却する。セルフサービスを徹底し、配膳の手間を省く。

■消費税増税でも「価格据え置き」という決断

ロイヤルHDでは以前から、業務の効率化と利便性の向上を実現するため、ロボットや先端機器を活用した新業態の開発に力を入れている。「大江戸てんや」もその試みのひとつであり、ここでの成功事例をほかのてんや店舗に移植し、全体の競争力を高めたい考えだ。

また、今年10月の消費税増税に伴う値上げに関しても、慎重な姿勢を見せている。天丼など一部商品の税込価格を据え置き、店内飲食を実質値下げする方針だ。18年1月の値上げによる客離れの影響から脱していない状況ゆえ、価格を据え置くというのは正しい選択だろう。

今後まず焦点になるのは、消費増税が実施される10月以降の既存店業績の動向だろう。てんやでは、売上比率の3割程度をテークアウトが占めているという。軽減税率により、持ち帰り商品の需要の高まりが予想されているため、売り上げ増が期待できるだろう。実質値下げと持ち帰り人気でてんやは復活できるのか、注目が集まっている。

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佐藤 昌司(さとう・まさし)
店舗経営コンサルタント
立教大学社会学部卒業。12年間大手アパレル会社に従事。現在は株式会社クリエイションコンサルティング代表取締役社長。店舗型ビジネスの専門家として、集客・売上拡大・人材育成のコンサルティング業務を提供している。
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(店舗経営コンサルタント 佐藤 昌司)