「どうしてもCAになれない…」。空港で働く26歳女の焦りが生んだ、最大の誤算とは
利用旅客数世界屈指の大空港・羽田。
そこには、行き交う人の数だけ、ドラマがある。
胸を締め付けるほどの期待、心がちぎれるほどの後悔。
想いは交差し、今日もここで「誰かの人生」の風向きが、ほんの少しだけ変わる。
これは、羽田空港を舞台に繰り広げられる、様々な男女のオムニバスストーリー。
これまでに紹介したのはグランドスタッフ山田芽衣とパイロット訓練生の神崎賢人の恋や、超美人CAの相本美琴と、31年彼女なしの整備士、三上透の出会い。
そして最終章は、空港インフォメーションカウンターで働く、早乙女まりの物語。

空港インフォメーションカウンターは、エアラインスタッフの通用口からほど近い。つまり、朝から晩までCAが大量に目の前を通る。
「美琴先輩!お疲れ様です。あれ?フライト終わったばっかりなのに、どこいくんですか?そっち出発ロビーですよ」
「紗矢ちゃん、お疲れ様。うふふ、ちょっとドイツにね〜」
「ぎゃー!美琴さん超元気!まさかロングフライト終わってそのままオフは噂のフィアンセのとこですか!?」
フライトを終えて、私服に着替えてもまだオーラがそのままのキラキラしたCAたちが、カウンターの前を通って楽しげにおしゃべりしながら帰途につく。
この仕事―インフォメーションカウンターの案内係に就いたとき、制服が可愛くて、まるでCAのよう、とちょっぴり浮かれていた。
でも今となっては毎日数百人のCAを目の当たりにし、そして世界をフライトする彼女たちを尻目に、自分はこの羽田空港の小さな箱に張り付いてるだけなんて、こんなに辛い職場はないと思う。
なぜなら私は、「CAになりたくて、なりたくて、なれないまま26になってしまった空港インフォメ女」なのだ。
憧れのCAを毎日見ているのに、自分は飛べない…。悶々とするまりの唯一の楽しみとは?
夢と現実
「それで慶太、夏休みは希望の週にとれそう?」
ミッドタウンの『ユニオン スクエア トウキョウ』で、夏の金曜夜、恋人の慶太とよく冷えたワインを飲みながらおいしいディナーをいただく。
ご機嫌なシチュエーションに、私は仕事の鬱屈をしばし忘れ、彼に尋ねた。
「うん、ドバイ出張もうまくずらせたから大丈夫。せっかくの記念日だから、まりの行きたいところに旅行しよう」
「えー!うれしい、じゃあモルディブなんてどう?ずっと行ってみたかったの!」
私は嬉しくて嬉しくて、やっぱり自分はなんて幸せ者なのかと恋人の顔をうっとりと見た。
彼、金沢慶太とは、20歳からの付き合いで、8月で付き合って6周年になる。
付き合った当初の緊張感はもうないけれど、愛情と友情がちょうどよく混在している今のふたりの関係も気に入っていた。
そしてまさに機が熟した今。次の記念日を、どうしても素敵な海外リゾートで迎えたい理由があるのだ。
私は慶太のプロポーズを待っていた。

出会った頃は二人ともまだ大学生。夢に向かって一生懸命だったあの頃。
慶太はプロ野球選手を目指して大学野球に打ち込み、私はCAを目指してCA受験スクールに通う毎日。
キツかったけど、お互いに夢を叶えよう、そしたら野球選手とCAとして結婚しようと約束していた日々は、今思えば最高にキラキラと輝いていたと思う。
でもそんな日々はやがて終わりを告げる。多くの人がそうであるように。
私は大手航空会社2社の、2次と最終で落ちた。選考結果を告げるPC画面を見たときの衝撃は今でも鮮明に覚えている。
生きてて一番、わんわん泣いた。
もう夢の大方が終わってしまった気分。新卒のときは、やっぱりあのふたつの会社のどちらかに入るのが王道で、夢だったから。
空飛ぶお茶くみ、なんてCAを揶揄する人もいるけれど、憧れに理屈なんてなかった。あの制服を着て、世界をフライトしてみたかった。
その後、慶太やスクールの先生に鼓舞されてグループエアラインや地方ベースのエアラインを片っ端から受けるも、付け焼刃の志望動機が災いしたのか撃沈。
そして慶太は、その少し前に肩に大きな故障を抱え、プロ野球はおろか社会人野球も難しいと診断されていた。
かける言葉もないほどに落ち込んだ慶太だったが、1か月ほど一人にしてほしいと告げられる。
そして次に会ったとき、慶太は落ち着いた目で、すでに気持ちを切り替えていた。
準備期間は他の学生よりも少なかったが、長年の体育会で鍛えた心身と人懐っこさは就職活動でも遺憾なく発揮され、大手総合商社の内定を得たのだ。
そして卒業後、私たちの社会人生活は「夢」からほど遠い場所で始まった。
―今思えば、そう思っていたのは私だけで、慶太はとっくに本当の意味で新しい一歩を踏み出していたのだけれど。
夢破れたまりの唯一の希望。果たして慶太はそれを叶えてくれるのか?
「そういうのやめてほしいんだ」
店内は私たちと同じようなカップルでいっぱいだ。皆リラックスしながら食事をしている。
傍から見たら、私たちも彼らと同じように申し分ない幸福なカップルのはず。大丈夫、それが今の私の「リアル」。
「楽しみ、まりとゆっくり海外旅行に行くの久しぶりだね。ちょうどゆっくり話したいと思ってたんだ」
すっかり商社マンらしくなった慶太には、泥くさかった野球青年の面影はない。とてもうまく、都会のエリートサラリーマンというポジションになじんでいた。

不意にそんな慶太を羨ましく思う気持ちと、それからひりつくような焦燥感がこみ上げる。
25歳までは、東京ベースの既卒CA募集が出るたびに応募していた。
そもそも空港インフォメーションの仕事を選んだのは、既卒試験で空港での接客経験をアピールできるし、シフト制で融通がきき、CA採用試験のときは同僚と交代することもできたから。
最初は1年以内に必ず、と意気込んでいたものの、不採用通知はたまり、気づけば4年も経ってしまった。26歳。未経験でCAとして合格するには、すでになにか飛びぬけた売りが必要なのに、この手には何もつかめていない。
「うん。私、慶太との記念日旅行を本当に楽しみにしてるの」
CAの制服が着られない今、私が憧れる「コスチューム」、それは慶太の隣で着るウエディングドレスだけ。
◆
「うわあ〜、見てみて、慶太!すごいベッドメイク!天蓋つきなんて初めて。しかもフラワーバスになってるよ!」
ヴィラの寝室のドアをあけて、私は歓声をあげた。
さながらハネムーンのような、花びらが散ったベッドをスマホのカメラに収めながら、プロポーズの瞬間を想像して胸がどきどき高鳴った。
「さすがだな〜! ディナーは下のフレンチを予約しておいたから、それまでゆっくりしょう」
慶太も上機嫌にそういうと、シャワーを浴びにバスルームに入っていく。
その間にさっそくスーツケースを開き、リゾートドレスをクローゼットにかけていった。
今夜のドレスはどれにしよう?
うきうきしながら荷ほどきをしていると、しばらくしてバスローブを羽織った慶太が出てきた。
「まり、シャンパンが冷えてる。デッキで飲もう」
外は夕暮れ。信じられないほど赤い太陽が、今まさに水平線に飲み込まれはじめた。絶景を見逃したくはない。シャワーは後回しにして、私も慶太にならってデッキチェアに腰かけた。
差し出されたシャンパンを片手に、しばし鮮やかな日没を言葉もなく眺めていると、慶太が不意に、真剣なまなざしでこちらを向いた。
まさか、今言う気!?
思わず姿勢を正して慶太を見る。
すると彼は、令和始まって以来、いや私の人生始まって以来の衝撃のセリフを放ったのだ。
「まり…どうしてCA諦めちゃったの?どうして東京ベースしか受けなかったの?…もしかして、俺と結婚しようと思ってる?もしそうなら、そういうの、やめて欲しいんだ」
―い、今何て言った?
私は、何度も妄想した甘いプロポーズとのギャップに、息をするのも忘れ、ただただ食い入るように慶太の顔を見つめるしかなかった。
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次回、シリーズ最終回。計画が狂ったまりに、さらなる試練がおそいかかる。果たしてまりの行く末は?

