英語でのスピーチに苦手意識を持っている人も多いだろう。どんな出だしがいいのだろう。やっぱりユーモアも交えたほうがいいのだろうか。そんな不安にかられている人には朗報だ。スピーチには形式があり、パターンがあって、それに則ればいいのだ。名選手のスピーチをお手本に、じっくり解説していこう。

■これだけは知っておきたい

本稿で大坂なおみ、大谷翔平、錦織圭の英語スピーチを分析していくが、まずこういったスピーチには形式があるということを説明しておきたい。

試合後のインタビューやスピーチを見ると、テニスのトッププレーヤーであるロジャー・フェデラーも、ラファエル・ナダルも、ノバク・ジョコビッチも必ずまず対戦相手をたたえて労うところから始める。

ちなみに、人の褒め方を学ぶ恰好の方法がある。「お葬式の映像を見る」ことだ。

葬式で故人の悪口を言う人はいない。なんとか故人のいいところを見つけて褒めたたえようとするものだ。最近でいえばマケイン元上院議員やブッシュ(父)元大統領の葬儀なら簡単にYouTubeで見ることができる。「XX(故人の名前)+Eulogy(弔辞)」で検索するとよい。マイケル・ジャクソン追悼式で、40年近く家族ぐるみの付き合いだったアル・シャープトン牧師はこう語った。「今日はぜひマイケルの3人のお子さんに伝えたいことがある。君たちのお父さんには、何もおかしなところはなかったのだよ。お父さんをとりまくものがおかしかっただけなんだ」。

次に「歴史・経過を挟む」とはどういうことか。誰でも目の前で今起きている事象だけに目がいってしまいがちだ。しかし、競争も競技も過酷な世界で、そこにたどり着くまでには必ず苦難や挫折があったわけだ。そういった経過に目を向けることにより、言葉に重みと説得力が増す。

2017年全豪オープン決勝で、数カ月間ケガで欠場していたナダルとフェデラーが完全復活し、黄金カードが実現した。第5セットまでもつれた大熱戦は大いに盛り上がった。

優勝したフェデラーは、自らとナダルの「歴史」に触れてこう語った。

「たかだか5カ月前に彼のアカデミーで顔を合わせたときに、私たちのどちらもまさか全豪の決勝で再会できるとは夢にも思っていませんでした。そして私たちは今決勝の場に立っています」

歴史を組み入れる、とはそういうことである。

その次に、「感謝の言葉を述べる」である。テニスのような個人競技でさえ、1人の選手の後ろにはコーチ、トレーナー、マネジャー、栄養士がいて、チームで動いている。団体競技ならなおさらだ。そして、1つの大会を運営するには現地の地方自治体はもちろん、大会関係者、スポンサー、ボールキッズなど無数のスタッフの尽力が必要となる。

最後に、これが一番高度なのだが「少し自分を落とす」である。

ユダヤ教の格言に「自分を笑える者は他人に笑われない」というものがある。これなら誰も傷つくことはなく、しかも自分自身を客観的に見られる頭のよさと人間性の強さを兼ね備えているという証しである。

テニスで言うと、この事例としてはシュテフィ・グラフ(注:夫のアンドレ・アガシの自伝によると本当は「シュテファニー・グラフ」が正しい)のあの一件にとどめを刺す。

1996年のウィンブルドン大会準決勝で、伊達公子と対戦したときのことだ。観衆から「シュテフィ、僕と結婚してくれ」とプロポーズの声が聞こえてきた。このとき、グラフは何と答えたか?「あんた、お金はいくら持ってるの?」。これで観衆は全員大爆笑した。

特筆すべきは、このときグラフには本当にお金がなかったということだ。父親が脱税容疑で逮捕され、弁護士費用だの追徴課税だの保釈金だのがかさみ、本当に素寒貧だった。ウィンブルドンのテニスファンは全員これを知っていた。それを逆手にとって叫んだから、笑いになって今も伝説として残っているのだ。

▼大坂なおみ
なぜ優勝したのに涙で謝罪したのか?

■人前で話すのは苦手でも愛される理由

大坂なおみのスピーチを、友人のデイビッド・セインに見てもらった。「すごく謙虚で、性格のいいところがよく出ているよね。ありのままの姿で話していて、今のままでも十分ファンに愛されるだけのものを持っている」と語る。

大坂なおみ氏(AFLO=写真)

本人はことあるごとに「人前で話すのは大の苦手です」と話すが、19年の全豪オープン優勝のときも、まずは対戦相手のペトラ・クヴィトヴァをたたえるところから始めている。「ずっとあなたと試合をしたかったし、あなたはあまりにも大きな困難を乗り越えてきた」と語る。ここでいう「困難」とは、かつてクヴィトヴァが自宅で強盗に襲われ、手に重傷を負い、神経修復手術をして選手に復帰したことを指している。「相手をたたえ、歴史に触れる」があり、しかも後ろを向いてクヴィトヴァ本人の目を見ながら話している。だから全く問題ない。

周知の通り、18年の全米オープン決勝においてはセリーナ・ウィリアムズの審判に対する暴言などもあり、会場全体がブーイングに覆われる異常な状況だったが、そのときでも大坂なおみは節度を失わなかった。決勝後の司会者の問いかけに対し、「あなたの質問に対する答えとは違ってしまいますが、ごめんなさい」と断りを入れたうえで、皆さんがセリーナの勝利を期待していたのに申し訳ありません、と涙を流しながら語った。勝ったことに謝罪する優勝者というのは前代未聞ではないか。

そしてきちんとセリーナを立てることも忘れていない。

「全米オープンの決勝でセリーナと対戦するのが長年の私の夢でした。あなたと試合ができたことに感謝しています。ありがとうございます」

全米優勝後、大坂なおみは米国の人気番組、エレン・デジェネリスのトークショーに出演した。

【エレン】賞金の380万ドル、どうするの? 車は持ってる?
【なおみ】持ってません。
【エレン】車を一台買いなさいよ。自分のために何か買いたいものはないの?
【なおみ】まずは両親のために何か買ってあげたいです。
【エレン】いい答えね……家でも買う?
【なおみ】いつでもあなたの番組を見られるように、大型テレビを買ってあげたいです。

これでは、大坂なおみを嫌うほうが難しいだろう。真心をもって相手をたたえれば、嫌う人はいないのである。

▼大谷翔平
2、3回でんぐり返りをして「ア!」と叫んでほしい

■たった1年で驚異の成長

18年前、私は米国の大学でスペイン語の授業を受けていた。学期終わりに5分間スピーチをすることになったが、チリ出身のオスカル・サルミエント教授は学生にこう言い渡した。

「今回のスピーチは、丸暗記してもらいます。原稿を演壇に持ち込むのは構わないが、視線を下に落とすたびに毎回1点減点します」

大谷翔平氏(AFLO=写真)

なぜこんな昔話をしているかというと、大谷翔平のスピーチでケチをつけるとしたら「下を向いている」ことくらいだからだ。しかも、渡米わずか1年でここまでできる日本人は本当に珍しい。ほとんどの日本人は、話している英語が全く通じず、日本で習った英語が役に立たないどころか有害ですらあったことに打ちのめされ、なおのこと引っ込み思案になって、まともに声も出なくなる。

相手に通じる発音で、スピーチの形式も守っており、構成も練られている。それもあくまでベースボールという仕事をしに行ってこれだけ人前で話せるようになることは、どれだけ称賛しても足りないくらいだ。

中身を分析しても、「相手をたたえる」→「感謝の言葉を述べる」がきちんと入っており、最後には「次回はこのカンペがいりませんように」と「少し自分を落とす」までできている。おそらく、専属通訳を務める水原一平氏の指導がよいのだろう。

ちなみに、日本人の英語が通じないのは「発音」の前に「発声」ができていないからだ。中津燎子著『なんで英語やるの?』に詳しいが、日本語は胸式呼吸で話せる言語で、英語は腹式呼吸で横隔膜を使うことが必要なのだ。一般人は、とにかく「大きな声を出す」ことを意識することだ。同書に紹介されている方法で、「でんぐり返りの直後に“ア!”と叫ぶ」というのがある。そうすれば必ず横隔膜から声が出るからだ。ぜひ、試合前に外野でアップをするときに2・3回でんぐり返りをして「ア!」と叫んでみてほしい。

次に、「マイ・フェア・レディ」の一場面が参考になる。ヒギンズ教授がイライザに練習させたのが、The rain in Spain stays mainly in the plainだ。ひたすらai【ei】の発音を繰り返すわけだ。これができたら、今度は飴玉を口の中に入れ、不自由な状態で同じ発音練習をする。そうすれば、飴玉がなくなったとき、さらにわかりやすい発音になる。

▼錦織 圭
言葉選びにご用心!「リベンジ」は絶対に使ってはダメ

■発音や文法ミスより重大な問題

実を言うと、錦織圭のスピーチには重大な欠陥がある。それも、些末な発音や文法ミスの問題ではない。国際舞台でやってはいけない禁忌を数多く犯してしまっている。19年のブリスベン国際でのスピーチを検証してみよう。

錦織 圭氏(AFLO=写真)

最初に説明した「形式」に基づき、フェデラー、ナダル、ジョコビッチはまず対戦相手をたたえるところから始める。ところが、錦織はこのスピーチも「私はやっとこの大会で優勝できて嬉しいです。私がこの大会に出場するようになって7回目か8回目……」と「私」(I)のことばかり話し、対戦相手への労いがない。

やっと「Congrats to Daniel」(ダニエルに労いを)と対戦相手に言及するが、この日の相手は「ダニール・メドヴェージェフ」つまり「ダニエル」ではない。なお、19年全豪オープン4回戦でカレーニョ・ブスタに勝ったときも、2試合前のカルロヴィッチと名前を間違えている。この時点で失格である。

次に、「昨年日本での決勝で彼に負けていて……」とある意味「歴史」を語るが、その次に「Lovely to have a revenge」(復讐できて嬉しかった)と言ってしまった。英語圏でRevengeとは、映画「ブレイブハート」に出てくる、新妻を領主に殺されたウィリアム・ウォレスが決起するときに使う言葉である。断じてスポーツで使う言葉ではない。

人生の半分以上を米国で過ごし、10年以上ATPツアーに参加している錦織には、弁明の余地がない。一体周囲は何をしていたのか。なまじ相手に通じる英語を話しているからこそ、この問題は深刻なのだ。

錦織のスピーチの特徴は、主語の大部分が「I」ということだ。Youが出てくるのは、「you know」と息継ぎをするときだけと言っても過言ではない。you knowを多用すると、いかにも頭が悪そうに見えてしまう。

錦織のスピーチを改善するには、まず対戦相手をたたえることを最優先にすることだ。そして可能な限り主語がIの文章を減らしてYouについて言及すること。この場合のYouとは「対戦相手」とか「大会ディレクター」など特定の個人の場合もあるが「ファンの皆さま」「一般大衆」という意味もある。Youへの感謝を増やせば、最低限の改善はできるだろう。フェデラーとジョコビッチがどんなスピーチをしているか、実例を挙げたので参考にしてほしい。(文中敬称略)

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タカ大丸
翻訳家・通訳者・ジャーナリスト
1979年生まれ。2000年米国ニューヨーク州立大学ポツダム校入学。イスラエルのテル・アヴィヴ大学にも交換留学。英語とスペイン語の多言語話者。

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■▼【大坂なおみのスピーチ】異常事態のときでさえ、きちんと相手を立てている

■▼【大坂なおみのスピーチ】自分の弱みを告白し、自分を落としている

■【大坂なおみのスピーチ】▼きちんと対戦相手をたたえている

■▼【大谷翔平のスピーチ】視線が下になっている

■▼【大谷翔平のスピーチ】さりげなく自分を落として笑いまでとっている

■▼【大谷翔平のスピーチ】感謝をきちんと述べている

■▼【大谷翔平のスピーチ】感謝の気持ちを伝える表現5

■▼【錦織圭のスピーチ】冒頭から主語がすべて「I」。対戦相手への労いがない

■▼【錦織圭のスピーチ】対戦相手の名前を間違え、使ってはいけない単語を使う

■▼【錦織圭のスピーチ】「you know」を多用するのはNG

(翻訳家・通訳者・ジャーナリスト タカ 大丸 写真=AFLO)