世界に名だたるプリウスのコンセプトが登場したのもこの年

 2019年は東京モーターショーが開催される年ということで、過去の東京モーターショーで出展された忘れがたいクルマをピックアップ。1995年開催の第31回の中からお届けする。バブルが崩壊し、日本経済は大きく落ち込む最中にあって、それを感じさせない華やかさと勢いのあるモーターショーであった。

 当時22歳の筆者は、関西から高速道路を使わない下道オンリーでの自走で幕張メッセに向かったが、そんな個人的な思い出による脳内美化部分を差し引いても、1995年の第31回は名作揃いの東京モーターショーだったといえる。

1)ホンダSSM

 1995年といえば、ホンダは「クリエイティブ・ムーバー」と称するRVシリーズを展開し始めたころで、その第一弾オデッセイに続くCR-Vの投入が話題となっていた。その一方、インテグラに初めてタイプRを設定するなど本気のスポーツモデルの充実にも力を入れており、2シーターオープンスポーツの「SSM」を発表。

 S2000の前身となるコンセプトカーだが、全長4mを切る軽量コンパクトなボディというで、縦置きFRのオープンスポーツカーながら、ギリギリ庶民的な若者にも買えそうな雰囲気に感動した。スバリスト街道まっしぐらにあった当時の筆者の心をわしづかみ。展示車がATであることだけが不満だったが、SSMのイメージにピッタリのスポーティなコンパニオン嬢と合わせて、いつまでも見ていたくなるコンセプトカーであった。

2)トヨタ・プリウス

 トヨタもホンダに負けじとMR-Sの前身的な小型のオープンスポーツ「MRJ」を出展していたが、それはまったく印象に残っていない。やはり、SSMの衝撃が強すぎたのだろう。それよりも、「そう遠くないうちに発売される未来のクルマ」的な雰囲気に溢れたプリウスのプロトタイプに注目が集まった。

 市販の2年前ということで、まだハリボテっぽさが拭えないところもあり、ハイブリッドカー時代が怒涛のように押し寄せるとは実感できず。直噴エンジン+電気モーターアシストで走るエコカーなど、クルマ好きの若者にとってはツマラナイものだろうと、当時の日記に批判的な文章を書き綴ったものである。筆者には時代の先を読む目がなかった。

のちにRX-8として世に出るクルマのコンセプトモデルも

3)スバル・エルキャパ

 1995年のスバルブースには、市販直前だったフォレスター(コンセプトカーは「ストリーガ」という名称)や、エクシーガの前身モデル「アルファエクシーガ」が出展。実質、乗用車はレガシィとインプレッサの2種類しかなかった当時のスバルのラインアップが、ようやく拡大することに安心感を覚えたのだった。

 ほかにもインプレッサのコンバーチブルや徳大寺有恒氏がプロデュースしたウッドパネル仕様のレガシィ・グランドワゴンなど、オシャレ路線を強めたモデルも出展。

 さらに注目すべきは、ハイブリッドシステムを搭載する「エルキャパ」の存在。内外装はしっかりと作り込まれており、主力軽自動車ヴィヴィオ(あるいはコンパクトカーのジャスティ)の後継に相応しい力作だと感動。プリウスは批判しながらエルキャパは絶賛し、当時の日記に「トヨタよりも先にハイブリッドを出せば痛快この上なし」と記すなど、甚だしく見当違いをしていた。また、初めて見る「ミス・アルシオーネ」嬢の品格の高さも印象的だった。

4)三菱:ガウス

 1995年の三菱ブースは、スバリスト的に要チェックのランエボ?のWRCグループAマシンや、パリダカ仕様のパジェロなど、モータースポーツ色が強かった。2ドアスポーツカーのFTOやGTO、高級セダンのデボネアやディアマンテなど、スバルにはないラインアップの多彩さを見せつけるかのように、とにかく派手で豪華な演出だったことが印象深い。

 さらにはコンパニオンの数と多彩さも他を圧倒する勢いで、キャンペーンガールやコンパニオンという存在を生まれて初めて見る、地方から来たワカモノには刺激的すぎる竜宮城のように見えた。

「ガウス」というコンセプトカー自体には何の印象も残っていないが、写真は大量に撮ってしまったなど、当時の三菱の物量の豊かさに愕然とさせられたのであった。

5)マツダRX-01

 全体的に派手で勢いのあるブースが目立つ中、マツダだけはフォード支配下による経営再建中の苦しさをスバリストにさえ実感させてしまう様相を呈していた。

 当時はまだ現役バリバリのトップスポーツモデルだったRX-7の後継を示唆する「RX-01」は、日本車史上最高デザインと評されたRX-7(FD型)と比べると地味で、ロータリーエンジン(13B)はターボではなく自然吸気になっていたなど、当時の若者にワクワク感を抱かせるものではなかった。

 しかし、これが数年後にRX-8として市販され、ロータリーエンジンが次世代モデルに継承されたことを思うと、耐え難きを耐えた当時のマツダの執念と信念の強さに敬服するばかりである。