小池百合子が考える「残業する人、しない人の違い」

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■「ワーク」と「ライフ」のどちらを優先するか

東京を世界に発信したい思いで、海外メディアの取材を積極的に受けるようにしています。その際、「KAROSHI(過労死)」についてのコメントを求められることがあり、驚きます。それだけ、日本の長時間労働が注目されている証拠でしょう。

「働き方改革」は日本全体で早急に取り組むべき課題です。私は都知事になる前から、「残業ゼロを目指すべき」と訴えてきました。長時間労働の是正は、「過労死」をなくすだけでなく、女性の就労を支援するためにも不可欠です。

その第一歩として、東京都では10月14日から、本庁舎勤務の職員を対象に「20時完全退庁」をはじめました。これまで本庁職員の1人あたり残業時間は、月平均で23.5時間。年間1000時間を超える職員もいました。

都庁の人事部からの当初案は「22時完全退庁」。しかし、これでは話になりません。「クールビズ」を導入したときのように、ある種のショック療法がないと、何も変わりません。「18時完全退庁」の実施を考えたのですが、現在の体制では現実的ではないと、間を取って20時としました。この1カ月の実績をみると、職員の約9割は20時30分までに退庁できるようになっています。

残業ゼロのためには、本人だけでなく、上司の意識改革も必要です。読者の皆さんのなかにも「上司が居残っているから、なかなか帰れない」という人がいるのではないでしょうか。都庁では「その上司がだれなのか、そっと私に教えてください」と伝えています。「目安箱」を通じて、私に直接連絡できる仕組みがあるからです。

職員からは「帰りやすい雰囲気ができた」「仕事のやり方が変わった」という肯定的な意見だけでなく、「もっと根本的な対策が必要」といった問題提起も出てくるようになりました。いずれにしろ働き方についての意見が出るのは、いい傾向だと捉えています。

都知事就任後、「都庁から『ライフ・ワーク・バランス』を徹底していきたい」と話しました。「ワーク・ライフ・バランス」ではなく、ワーク(仕事)の前に、ライフ(生活)があるべきだと考えているからです。

たとえば9月には、子育てしやすい環境づくりを進めていくため、都知事である私を含むすべての管理職による「イクボス宣言」を行いました。「イクボス」とは、育児をする部下を応援するボス(管理職)のことです。日本の組織を変えるには、ボトムアップよりもトップダウン。トップが率先して動く必要があります。

私にも反省すべき点があります。12月2日の定例会見では、私自身の「ライフ・ワーク・バランス」の点数を聞かれ、「はっきり言って最低です。あまりいい見本ではないかもしれません」とお答えしました。知事は「24時間営業」であり、就任から今日まで休みなく走り続けています。ベッドの中でも、「次は何をしようか」とか「こんなことをやればおもしろいだろうか」などと思索を巡らせています。残念ながら、ほかに趣味らしい趣味もありません。

■カルロス・ゴーンは「残業」をしているか

ただ、私が「24時間営業」を苦にしていないのは、自分の時間を自分で管理できる立場だからでしょう。私より忙しい人は、ほかにもたくさんいます。たとえば真っ先に思い浮かぶのは、日産とルノーのCEOを務めているカルロス・ゴーンさんです。私は一時期、ルノーの社外取締役を務めていたことがあり、ゴーンさんともたびたびやりとりをしました。私のメールには、即座に返信があります。いつ寝ているのかと驚きます。

ゴーンさんは日産の社長になって今年で16年。日産だけでなく、ルノー傘下にある世界中の企業や工場の動向を把握しなければならない立場です。さらに12月以降には三菱自動車の会長にも就任される予定です。そんな激務を続けられるのは、仕事の優先度を自分で管理できているからでしょう。まわりに振り回されていれば、どんなに体力のある人でも倒れてしまいます。

私も、国会議員のときより、都知事のほうが、肉体的には楽になったと感じています。国会議員は、どうしても国会や委員会などの日程に振り回されます。また週末は、地元の選挙区で行われる祭りやイベントを駆け回ります。有権者の声を聞くことは大変勉強になるのですが、肉体的な負担は小さくありません。

都知事の場合、都議会を除けば、自分の時間は自分で管理することができます。特に週末は、政経塾「希望の塾」など、東京を軸にしたより大きな改革に向けて、時間を使うことにしています。私の力を最大限発揮できる場所はどこか。それを考えたうえで動きますから、「24時間営業」でも苦にならないのでしょう。

■「仕事中心社会」では経済成長もおぼつかない

たとえ「残業ゼロ」であっても、まわりに振り回されるような働き方を強いられていれば、長続きはしません。都庁での「20時完全退庁」は、日本の働き方を変えるラストチャンスだという思いで指示を出しました。勤務時間が短くなれば、仕事の優先度は変わります。そのとき「ワーク」だけでなく「ライフ」を見直すことにもなるはずです。働き方改革は自分改革です。個人個人が自分の時間の使い方、つまり自分の人生の優先順位を考え直すことで、日本の社会も変わっていくのです。

「残業ゼロ」が実現すれば、余暇の時間が増え、消費のシーンを広げることにもなるでしょう。いまアベノミクスの一番弱いところは、「内需の拡大の遅れ」です。この急所をカバーする近道は、「仕事中心」という日本社会のあり方を変えることなのです。

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小池百合子(こいけ・ゆりこ)
1952年生まれ。カイロ大学文学部社会学科卒業。テレビ東京『ワールドビジネスサテライト』などでキャスターとして活躍。92年政界に転身し、環境大臣、防衛大臣などを歴任。2016年、東京都知事に就任。

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(東京都知事 小池百合子 構成=藤井あきら 撮影=原 貴彦 写真=時事通信フォト)