あのヨハン・クライフが、「リヴァプール愛」を感じていた!

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『Liverpool Echo』は「元オランダ代表FWヨハン・クライフは、イングランドでプレーしたいという希望を持っていた」と報じた。

今年3月に惜しまれながらこの世を去った伝説の選手、ヨハン・クライフ。今回彼についての新たな自伝『My Turn: The Autobiography』が出版された

その中でクライフ氏は以下のように語り、リヴァプールとの試合で感じたアンフィールドの雰囲気が衝撃的だったことを明かした。

ヨハン・クライフ

「初めてチャンピオンズカップに出た後、次のシーズンだ。1966-67シーズンの2回戦で我々はリヴァプールと戦った。

その頃、リヴァプールはイングランドだけではなく世界でも最も強いチームの一つだった。まだよく覚えているよ。アムステルダムでは伝説の『霧の試合』だった。そしてアンフィールドでのリターンマッチだね。

イングランドはワールドカップに勝っていて、誰もが彼らのこと、そしてリヴァプールのことを話していた。その中にいるロン・イェーツ、イアン・セント・ジョン、トミー・ローレンス、そしてピーター・トンプソンらの選手たちについてもね。よく話に聞く良い選手たちだった」

ヨハン・クライフ

「誰もが言っていた。我々はきっと負けるだろうと。しかし我々はハーフタイムで4-0で勝っていた。試合は濃霧で延期されるかもしれないような状況でね。

技術的な面では、イングランドの王者は相手にならなかったね。アムステルダムでは最終的に5-1になった。

私はよく覚えているよ。相手の監督だったビル・シャンクリーが『奇妙な結果だ。アンフィールドでは7-0で勝つ』と言っていたのを。

1週間後、私はアンフィールドのピッチ上で鳥肌を立てていた。それは相手に恐れを抱いていたのではない。その雰囲気にだ。

KOPスタンドはすごかった。そこには最高のサポーターがいて、誰もが歌っていた。アンフィールドは本当に印象的だった。

私はその90分を本当に楽しんだよ。そして、我々は見事な試合をした。2-2の引き分けになったとはいえ、試合は完全にコントロールした。

その夜のことだよ。イングランドのサッカーが私の心をがっちり掴んだのは。

私はこのようなものを見たことがなかった。試合への情熱、そしてファンがどれだけチームの勝利を願っているか。そして、私に『いつかイングランドでプレーしたい』と思わせた。

残念ながらその夢は叶わなかった。なぜなら、そのときには外国人に向けての門戸が開かれていなかったからだ。

今になっても私は思っている。あれは本当に悔しかったなと」