夏の甲子園をかけた地方大会は次々と出場校が名乗りを上げ、大きな盛り上がりを見せている。そんな中、ひと際高い注目を集めているのが、早稲田実業高の清宮幸太郎だ。「この夏の話題をこの1年生にひとり占めされていいのか。全国の上級生たち、もっとしっかりしろ!」とゲキを飛ばしたくなるほど、"清宮幸太郎の夏"になっている。

 どこかでその騒ぎが負担になって、プレイに変な影響を与えなければいいが......と思いながら見てきたが、相変わらずよく打つ。

 西東京大会の6試合すべてに安打を放ち、20打数10安打(打率.500)10打点。期待の本塁打こそ出ていないが、放った10本のヒットのうち5本が長打と、スラッガーぶりを発揮している。

 こんなに騒がれても変わらない。むしろ、観客というより、世間の視線が集まっていることを心地よく感じ、その狂騒をエネルギーとしてますます大きく育っているような気がしてならない。実に、たいした1年生だ。

 この春から清宮を見てきたが、彼は決してボールを遠くに飛ばすだけの"力持ち"ではない。この夏、どこまで勝ち進むのかわからないが、清宮のバッティングを見る時は、彼の"咄嗟(とっさ)の反応"に注目してもらいたい。

 たとえば、7月23日に行なわれた準々決勝の八王子戦。内野ゴロ2つと死球のあとの4打席目。外角のショートバウンドになりそうなスライダーをセンター前に持っていった一打は、右手一本で拾い、手首を返さずにバットのヘッドだけを走らせた。手首を返していたら、おそらくファウルか一塁ゴロになっていただろう。それを、手首を返さずに打てる反応力の高さ。春の都大会でも同じようなボールをパンチショットのように叩いて、痛烈に三遊間を破ってみせた。

「咄嗟に何ができるのか?」

 これは野球の実戦において、最も重要な要素のひとつだ。練習したことのないプレイを咄嗟にやってのけなければならない場面はいくつもある。そんな"アドリブ"をできるか否かで、勝負が決まってしまうことは意外と多い。

 "大砲"と書き立てられながら、決して一発を求めず、状況に応じてきっちりと仕事をする。コンスタントに仕事を続けられるフラットな内面こそ、清宮の本当のすごさだと思う。

 清宮のバッティングには"ストレス"がない。「こう教わったから、こう打たなければならない」「その動作はするなと教えられたからやらない」といったような、拘束をまったく感じないのだ。

 ボールが来る――打てるボールだから打つ。打つべきボールだから打つ。逆に、打ってもヒットにならないから打たない。

 清宮の場合、こうした判断が思考というより、本能でできている。自分自身のストライクゾーンを持っていて、いつもしっかり踏み込んで、意に沿わないボールがくれば見送れる。だからこそ、高い確率で仕留めることができるのだ。

 野球のレベルが高くなると、カウントが増えるたびに厳しいボールを投げ込まれる。そんな状況でもきっちり仕事をする打者たちは、例外なく、ファーストストライクを確実にとらえられる"技術者"たち。そういう資質を、清宮はすでに持っている。

 そして、もしこの先、清宮の本塁打を運よく目撃する機会があったら、振り終わりのグリップの位置に注目してほしい。おそらく、バットを握ったグリップは彼の右肩あたりにあるのではないか。

 清宮はボールを強く叩いて弾き返すタイプの打者で、ライト前のヒットを打つようなスイングでライナー性のホームランを打つことができる。

 最近よく「森友哉(西武)に似たタイプなのか?」と聞かれるのだが、森はバットにボールを乗せて運ぶ技術を持った選手。本質的に清宮とは"真逆"の部類ではないかと思う。おそらく、森がホームランを打つ時は、グリップを高々とかかげたフィニッシュになっているはずだ。

「あれだけフルスイングできれば、あそこまで飛ぶわ......」。これが森への評価だとすれば、清宮は「あのスイングで、あそこまで飛ぶ!?」である。実に、対照的なふたりの"才能"だ。

 とはいえ、清宮にはこれから"大きな壁"が立ちはだかるだろう。その壁の正体とは......145キロ以上の内角ストレートだ。これまでの対戦で140キロ中盤を投げる投手はいなかったし、西東京の決勝で対戦した東海大菅生にもそこまでの投手はいなかった。そうした投手に出会うとすれば、やはり甲子園である。

 全国の強者相手にどんな「反応」を見せるのか。いろいろな投手との対戦が、清宮をさらにすごい打者へと成長させるに違いない。

安倍昌彦●文 text by Abe Masahiko