かぐや姫の名曲「神田川」は、素人同然の作詞家が電話口で伝えて誕生した曲!

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かぐや姫は1970年代に活躍したフォークグループ。彼らの代表曲でもある「神田川」は作詞に関してはまったくの素人だった放送作家が書いたものだったという。当時文化放送の放送作家で作詞に関しては全くの素人だった喜多條忠(きたじょうまこと)に、曲の作詞を依頼したのはこうせつの直感だった。「彼の持っている雰囲気や、凄い勢いで台本を書いている姿を見て、仕事をやってみたいと思った。」と語っている。

◆わずか数分で産まれた名曲
喜多條の作詞の才能を誰よりも早く見いだしたこうせつは、3作目のアルバムの作詞を彼に依頼。しかし締切日なっても詞ができあがらない。レコード会社が「毛利スタジオ」という日本で一番いいスタジオを押さえてくれたために、絶対にスケジュールを動かせない。そんなギリギリ日の夕方に電話が鳴った。原稿を送る時間がないからと、喜多條からこうせつへ電話の口伝えで歌詞が伝えられていく。それをこうせつはスーパーのチラシの裏にメモしていったという。『赤い…手拭…マフラーにして…』『小さな石鹸…カタカタ鳴った…』。変な詞だけどリアリティがあるなぁなんて思っていたら、書くと同時にメロディが浮かんできた。書き終わっていたころには歌っていたという。

◆番組にリクエストが殺到
わずか数分で作曲した「神田川」がそのごのこうせつの人生を左右するとは誰も想像しなかった。レコード会社は「石鹸カタカタ、手拭マフラーにしてなんて売れるはずがない。」と素っ気なく、こうせつ自身も「特徴のある歌だから、ライブでは受けるだとう」という程度だったという。ところがある日、彼がDJを担当していた深夜放送のTBS「バックインミュージック」でこの曲を流したところ、翌週、リクエストが殺到したという。他局の番組にもリクエストが大量に届くという展開に発展、数週間後には有線を始めとした全てのリクエスト番組で一位になっていたという。その2ヵ月後にシングル「神田川」が発売された。

【出典】
2009.12.15 大人の週末臨増