テレビ東京「ネオスポーツ」(27日放送分)では、ボストン・レッドソックス所属、上原浩治と、巨人&MLBの先輩・松井秀喜氏による対談の模様を伝えた。今年の9月7日に収録されたという両者の対談は、同局「ソロモン流」(11月3日)でも、その一部が放送されている。

松井氏の引退や、MLB初対戦時を振り返った両者。恩師・長嶋茂雄 巨人終身名誉監督のことを訊かれると、上原は「テレビ観ている人たちは長嶋さん面白いイメージがあるでしょ」と話し、松井氏も「それは全然違う。勝負には厳しい人よ、本当に」とコメント。それでも上原は「代打に出した人を、もう一回代打って言いましたからね」、「二岡って一年間言われました」などと笑わせた。

すると話題は1999年10月5日のヤクルト戦について。当時、松井氏はペタジーニと激しいホームラン王争いをしており、この時点でペタジーニの42本を松井氏が1本差で追っていた。この一戦では、松井氏との勝負を避けるヤクルトに対し、巨人ベンチも先発した上原にペタジーニの敬遠を指示。勝負から逃げる悔しさから、上原は敬遠のボールを全力で投げ込み、マウンド上で涙を流した。

「あれで松井さんがホームラン王獲ってたらスッキリしていたんですけど、獲ってないですからね。15年前やから言えるんじゃないですか。獲っておいて欲しかったなぁ」と苦笑いを浮かべた上原。松井氏が「ベンチの指示でしょ?」と尋ねると、「そうです、本当に一打席目から敬遠の指示出ていたんです(1、2打席目はペタジーニと勝負して抑えた)。僕、ちょっと反抗しちゃったんです」と告白、松井氏も「俺ずっと思ってた、後ろから。“勝負しろよ”って。マジで。こっちが勝負しないと、こっちも勝負して貰えないから」と話しつつ、「まあ、でもね、なくなってほしかったですね。日本球界でそういう争いが。自分のホームラン王どうのこうのじゃなくて、試合と関係ないところで敬遠する必要ないじゃんっていうのはずっと思ってる」と想いを語る。

そして、上原本人もまた「4打席目勝負したんです」と切り出すと、「(結果、ヒットを打たれるも)あのシーズン一本もヒットを打たれてなかったんです、ペタジーニに。最終打席で初ヒットを打たれた。抑える自信があったから悔しかったんだと思う」と“屈辱の敬遠”を振り返った。