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もしも離れて暮らすわが子から、ある日「一緒に住みたい」と言われたら……あなたはどう感じますか? 実は、わが子との同居を“心から喜んで”受け入れられる親世代は、思ったよりも多くないかもしれません。相続問題に強い弁護士が、43歳娘から提案された「同居案」に怯える60代夫婦の事例を紹介します。

娘からの“恐怖の提案”

「娘の言葉を聞いたとき、開いた口がふさがりませんでした。それまでの献身的な姿は、すべてこのためだったのかと……」

そう語るのは、都内で夫と二人暮らしをしているカズヨさん(仮名/67歳)です。夫婦は月23万円の年金で、静かな老後を送っていました。しかし、もうすぐ70歳になる夫に認知機能の衰えがみえはじめます。

そんな夫婦のもとを頻繁に訪れていたのは、隣の市に住むひとり娘のミホさん(仮名/43歳)でした。

ミホさんは就職氷河期のあおりを受けた世代です。新卒での就職に失敗し、非正規で働きはじめるもすぐに寿退社、ひとり息子が生まれます。ただ、その息子が小学生になるタイミングで離婚。以降は、パートを掛け持ちしながら子育てに奮闘しました。

その息子も昨年高校を卒業し、就職。シングルマザーとして愛するわが子を育てあげたミホさんを待っていたのは「職歴なし・貯金なし」という過酷な現実でした。

ミホさんは「パパの介護を手伝う」と頻繁に実家に顔を出すようになり、料理や掃除を一生懸命こなしていました。カズヨさんが「本当に助かるわ」と、生活費の管理をミホさんに任せ始めた矢先、衝撃の提案を突きつけられます。

「ねえ……私を正式に『家事使用人』として雇ってくれない? 住み込みで、給料として月10万円を払ってほしくて。いいよね? ……もう手続きの書類は用意してあるし、パパのハンコは預かってるの」

驚くカズヨさんに対し、ミホさんは涙をみせながら、しかし恐ろしいほど冷徹に付け加えます。

「これは『介護契約』なの。もし嫌なら、今すぐ出ていく。そうしたらパパの面倒、ママ一人で看られるの? できないでしょ? だったら私がしっかり面倒みるから、親としてこんな時代に私を産んだ責任をとってよ」

ミホさんは、父親の認知機能が不安定なことを利用して、既に実印や通帳を手中に収めていたのです。

カズヨさんが弁護士へ駆け込んだのは、これが単なる提案ではなく、親の資産を法的に吸い上げるための搾取だと感じたからでした。

はたして、カズヨさん夫婦に救いの道はあるのでしょうか?

ミホさんが「100%間違っている」とは言えない

本件は「娘が両親の財産を狙っている」ようにみえますが、実は「親族が介護や家事を担った場合の対価をどう考えるか」という、難しい問題もはらんでいます。

相続の場面では、介護をした相続人が「寄与分」を主張することも珍しくありません。しかし実務上、寄与分が認められるハードルはかなり高いです。

単に親の世話をした、通院に付き添った、家事を手伝ったというだけでは足りず、通常期待される親族間の扶助を超える“特別な貢献”が必要とされます。

筆者としては、具体的には「仕事を辞めて、業者と同程度の介護を行っていたような場合に、初めて金銭評価の余地が出てくる」と説明することが多いです。

その意味では、ミホさんが本当に継続的に介護や家事を担うのであれば、あいまいな好意や将来の相続への期待にするのではなく、一定の対価を定めておくこと自体は、必ずしも不合理ではありません。

ミホさんがもともと仕事をしていなかったという事情はあるものの、介護の程度によっては、対価を求めること自体が直ちにおかしいとはいえないでしょう。

むしろ、他の相続人との公平性を考えると、生前に介護の内容や時間、金額などを明確にし、対価として支払っておくほうが、のちの相続トラブルを防ぎやすい面もあります。

もっとも、本件で問題なのは、父の認知機能が不安定な状況で、実印や通帳を娘が管理し、母に圧力をかけるような形で契約を迫っている点です。娘側の言い分も理不尽とまではいえませんが、その進め方が誤っているのは明白でしょう。

介護契約自体はあり得ます。しかし、本人の自由な意思に加えて、金額の合理性や実際の介護内容の記録などが不可欠です。実際、家族だからと“なあなあ”のまま、なし崩し的な契約になってしまい、後々揉める例も少なくありません。

たとえ、寄与分の代わりに生前の介護費用を支払うことを「親子間で合意のうえ」決めた場合であっても、専門家を交えたうえで正式な契約として、明確に取り決めておくことをおすすめします。

山村 暢彦
弁護士法人山村法律事務所
代表弁護士