分断と暴力に満ちた世界で、私たちがそれでも「政治」をしなければいけない理由
分断と暴力に満ちた世界をどう生きるか。
なぜ私たちは、それでも政治をしなければいけないのか。
政党とは、政治家とは、いったい何なのか。
絶望する前に、第一人者の白熱講義を!素朴な問いから〈希望〉を導き出す新刊『政治とは何か』がいよいよ発売です!
(本記事は、宇野重規『政治とは何か』の一部を抜粋・編集しています)
政治とは何でしょうか。
そのように聞かれて、即座に「自分とは縁のないもの」と答える方も多いのではないでしょうか。
あるいはむしろ、「政治には絶望した」「政治とはできるだけ距離を取りたい」と思う人も多いかもしれません。政治の底知れぬ闇や暴力性に恐怖を感じる人がいてもおかしくありません。
それだけ現実の政治は混迷し、日々起きる出来事を真面目に考えようとすればするほど、絶望が深まります。一言で現実といっても、人によって見える風景があまりに違っていることに戸惑いを感じる人もいるでしょう。
しかしながら、本書は、そのような人にこそ手に取ってほしいと思っています。このような時代だからこそ、あえて「政治とは何か」「政治とはどうあるべきか」を一緒に考えたいのです。
現在の政治のあり方に根本的な疑問をもっている方はもちろん、とりあえずは現状を肯定しつつも、本当にこのままでいいのかと迷っている方にも、この本が届くことを願っています。
何らかの思惑で人を利用したいと思う人、人を支配したり服従させたりしたい人、喧嘩腰でものをいい、ともかく相手を批判し続ける人。政治というと、そのような人たちばかりを想像するかもしれません。あるいは人の感情を煽ったり、操作したりすることで自らの利益にしようとする人も目につきます。もし政治が、そんな人たちが横行している場ならば、なるべく距離を置いて暮らしたいと思われても無理はありません。
しかし本当にそうなのでしょうか。他者を利用したくも他者に利用されたくもない人、人を支配したくも人に支配されたくもない人にとって、政治とは無縁のものなのでしょうか。
私たちは、多様な人々とともに日々を過ごしています。中にはどうしても話の合わない人、理解しにくい人もいるでしょう。当然、異なる価値観をもつ人もいるはずです。しかしながら、そんな人たちとでも、ふとしたタイミングに、「コミュニケーションできた」「なるほどそう考えていたのか」と感じられる瞬間があるかもしれません。
もちろん、どうしてもわかり合えないと絶望することもあるでしょう。それでも、わかり合えない人と共存するために、相互に不可侵の領域に踏み込まないようにルールを決めることはできます。もしかしたら、そんな人とも、最低限、協力することさえ可能なのかもしれません。完全に考えが一致しなくても、それなりに折り合える部分はあるはずです。
そのようなとき人は、多様な人間の存在を意味のあることだと感じるのではないでしょうか。また、そのように思える自分が、少しだけ「いいな」と思えるかもしれません。政治において、多様性や複数性は呪いの言葉ではありません。むしろ対立を協働へと転換する、可能性の言葉なのです。
政治とは、多様な思い、利害、感情をもった人々が、それでも言葉を交わし、何らかの行動をともにすることから生まれます。対立を完全になくすことはできないとしても、相手を否定せずに話を聞き、そのことを通じてともに社会をつくっていくのが政治の技術(アート)です。そのような政治の技術を手にすることで、人は他者とともにいる自分を肯定的に捉えられるようになります。
政治とは自らの自由を否定し、他者に従属することでも、あるいは逆に、自分の利益になるように、他者を支配することでもありません。政治の意義とは、自分自身の存在や意味を確認するために、あえて多様な人々と協働することにあります。
何を呑気なことをいっているのか、と反発する人もいるでしょう。政治とは生きるか死ぬかの世界であり、そんな甘いものではないという方もきっといるはずです。
そのような意見を否定しようとは思いません。実際、過去には、政治の営みを「万人の万人に対する闘争」(トマス・ホッブズ)と捉えた思想家もいれば、決断によって「友か、敵か」(カール・シュミット)を明らかにすることだと定義した思想家もいます。その言葉には重い意味があります。けっして完全に否定できるものではありません。
ただ、もしこれらの言葉が百パーセント正しいとすれば、政治の世界はけっして魅力的なものではないでしょう。やむをえないもの、どうしても回避できないものではあるとしても、あえて関わりをもちたいとは思えない世界です。しかしながら、過去の政治をめぐる思考を見ると、政治とはけっしてそれだけではないことがわかります。あるいはむしろ、現在私たちが漠然とそう思い込んでいる政治の方が、かなり偏ったものであることが理解できるでしょう。
本書を読めば、そして人類がたどってきた長い歴史を見れば、いま私たちが政治と思っているものは、実は「政治ならざるもの」なのかもしれないと気づくはずです。その意味で、本書は本当の意味での「政治」を取り戻すための第一歩であるといえます。
たしかに社会で暮らすなかで、何らかの理由で他者を動かしたいと思う瞬間があります。しかしながら、人々を無意識のうちに操作し、まして暴力によって強制することと、言葉を尽くして相手に説明し、その理解を得ることの間には、無限の距離があります。
人間社会には支配や服従という側面があります。誰にでも、自らの意に反して、他者の命令や指示に従うことを強いられた経験があるでしょう。にもかかわらず、そのような支配を自由や平等、公正の原則に少しでも近づけていくことは不可能でないはずです。人と人の利害や意見が異なるのは当然であるとしても、そのような違いをすり合わせ、対立を乗り越えていくために、人間の知恵や判断力が問われているのです。
政治はけっして万能ではありません。政治には間違いなく限界があります。それでも政治は、「最善の社会」を実現することはできなくても、「よりよい社会」に向かって一歩ずつにじり寄っていくためにあるのではないでしょうか。もちろん、そのためにはいろいろな手段があります。選挙や、まして権力闘争だけが政治であるはずはありません。私たちの政治についてのイマジネーションを、今こそより自由なものにしていくべきです。
本書では政治だけではなく、政党や、政治家の意味についても考えます。おそらく多くの人が、現在、「政党は好きになれない」「政治家なんて必要なのか」と思っているかもしれません。「なぜ自分は政治に関わらないといけないのか」と怒りを感じる人さえいるでしょう。
しかしながら、それゆえに問いたいと思います。このような状況だからこそ、私たちは政治、政党、政治家について考え、これまでとは違う政治のあり方を、一からつくり直さなくてはならないのではないでしょうか。
もし、少しでもこのような問いかけに感じるところがあるとすれば、ぜひこの本を読んでいただければと思います。本書が、私たちがともに前に進んでいくための希望の一滴になれば、これに優る喜びはありません。
