「私が死んだ後の話なんて縁起でもない!」遺産の話し合いを頑なに拒む老母…FPが伝授する“相続”対策の第一歩「いきなり“財産はいくらあるの?”は親を警戒させるだけ
「俺はこれまで母さんの面倒を見てきたんだ。家のほかには現金を1円ももらえないなんて、到底納得できない」
「法定相続分は2分の1のはず。現金をすべて受け取ってもまだ足りない」
80代半ばの母を持つ兄弟が、互いの言い分をぶつけ合う――。母の財産は総額3,000万円。決して資産家の話ではない。「相続でもめるのは資産家だけ」という思い込みこそが、最も危険な罠だ。家庭裁判所に持ち込まれる遺産相続調停の8割は、遺産総額5,000万円以下のごく普通の家庭のもの。特にもめやすいのが、「実家の不動産」と「現金」のバランスが悪いケースだ。「争族」がこじれて裁判沙汰になる前に、打つ手はないのか。金融教育家でFPの上原千華子さんにアドバイスをもらった。

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5年間の献身を、弟は知らなかった
「地元に住む母の面倒を、近所に住む兄夫婦がみていたなんて知らなかったんです。知っていればあんな言い方をしなかったんですが…」
そう後悔しているのは、都内に住む宏隆さん(57歳・仮名、以下同 )だ。父親が数年前に亡くなってから、80代の母は地方の実家で一人暮らしを続けている。
夏休みで帰省した際に、実家に宏隆さん夫婦と兄(60歳)夫婦が集まったときのことだ。ふと相続のことが気になった宏隆さんはこう切り出した。
「兄さんはこの家を継ぐことになるだろ? 2,000万くらいの価値があるんじゃないかな。僕のほうは住宅ローンも残っているし、下の子の大学進学もこれからだ。だったら、現金の1,000万円はすべて僕が相続するのが公平だよね」
この言葉に兄は猛反発した。
「俺はこれまでずっと母さんの面倒を見てきたんだ。毎週、母さんの様子を見に来て、通院の付き添い、庭の手入れ、家の修繕の手配などを5年以上やってきた。現金を1円ももらえないなんて、到底納得できない」
この兄弟のすれ違いを決定的にしたのが、母親の「沈黙」だった。息子たちが険悪な空気になっていることを薄々感じながらも、母親は頑なに話し合いを拒み続けた。「自分のお金に口を出されたくない。そもそもまだ元気なのに、死んだ後の話なんて縁起が悪い」と取り付く島もない状態だ。
「このままでは、いざ相続となったときに絶対にもめる」……、宏隆さんは焦っている。
専門家のアドバイス:早めの話し合いスタートで争続を防ぐ
なぜ親はこれほど強く拒むのか。上原さんはこう分析する。
「戦後の混乱期を生き抜いてきた世代にとって、お金は自分の命を守る盾であり、絶対にコントロール権を手放したくないものなのです。相手がわが子であっても、それを奪われることや、自分の死後の話題を突きつけられることに、強い抵抗感があるのです」
上原さんは、この家族の構造をこう整理する。
「親は『死ぬまで自由に使いたい』、介護した長男は『貢献を認めてほしい』、遠くにいる次男は『平等に分配してほしい』。それぞれの言い分が衝突しています。このまま親が認知症になる、あるいは亡くなれば、もはや法的に打てる手は限られてしまいます」
では、どうすればよいのか。上原さんが勧めるのは以下の3ポイントだ。
ポイント1:「心配」から入り、親の警戒心をほぐす
親の資産や負債を把握することが相続対策の第一歩だが、いきなり「財産はいくら持っているの?」と聞くのは、親に「財産を狙われている」と警戒させるだけ。「数字」ではなく「親への心配」から入ることで、対話の扉を開くことができる。
「『最近、入院したお友達が手続きで困ったらしいけど、お母さんは医療保険に入っている?』といった、親の体調や緊急時の備えを切り口に対話を始めるのがスムーズです。そこから、いざというときに困らないよう、『倒れたとき、費用はどうすればいいのかな』と通帳のありかやローンの有無を確認していく流れが自然です」
ポイント2:遺言書より「肉声」で、親の意向を全員の前で語ってもらう
親に「家を長男に継がせ、介護に報いるために+αの現金も渡したい」という意志があるなら、相続を「争続」にしないため、元気なうちに兄弟全員の前で思いを語ってもらうことが重要だ。「法的に有効な遺言書という『紙』も大切ですが、納得感は親の『肉声』のほうが得られやすいですから」と上原さん。
法的に有効な遺言書であっても、現実にはその内容をめぐって争いが起きることがある。相続人全員の合意があれば、遺産分割協議の中で、遺言と異なる分け方が話し合われるケースもある。合意に至らなければ、弟は遺留分(最低限相続できる遺産の割合。法定相続分の1/2)を請求できるのだ。
ポイント3:完全に遺産を平等に分けるなら「代償分割」を検討
話し合いの末に兄弟で財産を平等に分けることになった場合、不動産をどうするかが問題となる。不動産の名義をきょうだいで共有する方法もあるが、次の代の相続の際にさらにもめる可能性が高い。そこで検討したいのが、家を継ぐ兄が、弟に現金を払う「代償分割」という手法だ。全資産3,000万円のうち2,000万円の実家を兄がもらうなら、兄が弟に500万円を渡せば最終的な取り分は1,500万円ずつで平等になるというものだ。
「親が元気なうちに相続について話し合うのは確かに難しいかもしれません。でも、いざ親が亡くなってしまい、きょうだい間の意思疎通がはかれないままだと、話し合いの場が法廷に移る可能性はぐっと上がります」と上原さんは言う。
親と意思疎通がとれるうちに、親の不安をくみ取りながら話し合いをスタート。兄弟間の意見の食い違いは、早めにすり合わせたい。介護を担った人は「寄与分」として多めに遺産をもらうことが可能だが、現状の法制度では、介護を担った人が納得するだけの割合で受け取ることは難しい。このケースの場合でも、兄の介護の負担を、都会に住む弟がどういう形で軽減するのか、早い段階から話し合っておけば相続の際にこじれにくい。
親亡きあとにもめないためには、親が元気なうちに「お金の話」ができる関係性を築くことが重要なのだ。
※プライバシー保護のため、記事で紹介する事例は、具体的な状況の一部を変更しています。
今回のアドバイザー/上原千華子さん
金融教育家/ファイナンシャル・セラピスト。欧米投資銀行勤務歴17年、個人投資家歴25年以上。AFP、証券外務員一種、NLP(実践心理学)マネークリニック®認定トレーナー。2018年、ウェルス・マインド・アプローチ創業。資産運用講座を実施し、2022年より「3ヶ月マネー実践講座」を提供開始。心理学を取り入れたライフプランと資産運用をアドバイスしている。現在は企業・大学でも登壇し、延べ5000名以上に金融教育を届けている。著書に『「お金の不安」をやわらげる科学的な方法 ファイナンシャル・セラピー』(日本能率協会マネジメントセンター)。
取材・文/鷺島鈴香
デイリー新潮編集部
