【おおたとしまさ】大人たちが作ってしまった不登校35万人時代、勉強を教えない月謝無料の”型破りな学校”が突きつける真実

写真拡大 (全7枚)

「学校に行かず、この子の将来は大丈夫だろうか……」

不登校の小中学生が約35万人と過去最多を記録するなか、多くの保護者がこうした「出口の見えない不安」を抱えている。

しかし、そんな常識を揺さぶる、型破りな“学校”があるという。

「勉強は教えない」「月謝は無料」「高卒資格を求めるならお断り」……なぜ、あえて厳しい道とも思える方針をとるのか。 そこには、現代の学校教育がこぼし落とした「生きる力」の本質があった。

学びの現場を約20年取材し続ける教育ジャーナリストで『フリースクールという選択』の著者・おおたとしまさ氏がレポートする。

「月謝無料」が教育の上下関係をなくす

不登校35万人時代といわれます。全国の小中学生約900万人のうち約4%に相当します。

その受け皿として、通信制高校、学びの多様化学校(旧・不登校特例校)、オルタナティブスクール(画一的な学校とは一線を画す教育思想にもとづく学校)、そしてフリースクールと、さまざまな学びのスタイルが、だいぶ認知されるようになってきました。

しかし一方で、いわゆる一般的な学校に通わないでも本当に大丈夫なのだろうかという不安を多くのひとが抱いているのではないでしょうか。

そんな不安を吹き飛ばす、型破りな“学校”が、愛知県瀬戸市にあります。

オルタナティブスクールにしては立派すぎる3階建ての鉄筋コンクリートの建物は、閉じてしまった専門学校の校舎を安く譲ってもらいました。現在小中高合わせて78人が在籍していますが、現場にいる大人は原則1人のみ。代表の一尾茂疋さんか、その他のスタッフの輪番です。

お金をもらっていいサービスを提供するのは当たり前。塾だろうがオルタナティブスクールだろうが、尖らせればひとが来るのはわかる。それではつまらない。新しい公教育のあり方を示すことで、市民として地域に貢献したい。それが一尾さんの挑戦です。

一尾さんは公教育を「誰もが受けられる教育」かつ「すべての子どもたちに共通して必要な教育」と定義しました。つまり、入試がなく、無料であること。そして、すべての子どもに共通して必要なことだけを精査して、余計な負荷を子どもにかけないこと。

無料は、“教育格差をなくすための善意”ではありません。無料であればこそ、サービスの提供者と受け手という構図が消滅します。それでこそ「コモン(共同体、公共財)」としての教育が可能になると一尾さんは考えるからです。すべての子どもに必要なことだけを精査するとは、裏を返せば、現在の学習指導要領は欲張りすぎだということです。

模索するうち、子どもが求めるまで教えないサドベリー教育と出会います。「これだ!」。自立型オンライン教材のイーボードを知ります。「これだ!」。知り合いがダンススクールのスタジオを無料で貸してくれることになりました。「よし、できる!」。2014年に「市民立瀬戸ツクルスクール」を開校。その後現在の校舎に移転します。

2020年にはその高等部にあたる瀬戸プラクティカルカレッジを設立。ただし高等部については月4万円の学費がかかり、うち2万円は自分で稼いだバイト代から支払う約束です。「個人事業主として生きていけるスキルとマインドセットを育てる」が高等部の教育目標であり、自分で稼ぐ経験を積むのもカリキュラムの一部です。

「教えない」からこそ育つ、自分を生きる土台

10時15分からたった5分間のミーティングは全員参加が約束ですが、あとは15時の終業までサドベリー風の時間が流れます。すなわち、年間を通してカリキュラムも時間割もありません。誰も何も指図しません。一尾さんはミーティングにも参加しません。

朝のミーティングが終わると、プラモデルをつくったり、ダンスしたり、カードゲームをしたり、漫画を読んだり、思い思いの時間が始まります。

15歳からは「5倍速」で社会を生きる術を学ぶ

15時30分に、1階の教室で高1の授業が始まりました。8人の生徒を前にして、一尾さんがこの日初めて先生っぽい姿になりました。

音読、リフレクション、歴史、具体と抽象、SDGs……。詳細は一尾さんの共著著『子どもが動くのはルールより関係性だった』(明治図書出版)に譲りますが、教科の枠を度外視した活動が小刻みにテンポよく展開します。

各自が一週間のバイトのふりかえりを発表する時間があります。バイト先はファーストフード店から大手スーパーまでさまざまですが、社会の現場での気づきや学びをクラスメイトに共有します。これが高等部教育の核のひとつです。

小中の義務教育段階では、「感受性」「自己決定」「好奇心」という土台を育むことに専念します。高等部に進んでようやく「知識と実践」を学びます。義務教育段階で教科学習を詰め込まれ、その意味での学力が低いというだけの理由で見下され、傷つけられるから、一般的な学校教育では土台が歪むのだと一尾さんは言います。

たとえば漢字については、夜間中学の教員が考案したという、日常生活に絶対必要な300字を最優先にやらせます。これが一尾さんが見出した「すべての子どもたちに共通して必要な漢字」です。高等部になると、それは四の五の言わずに覚えてもらいます。

中学まではツクルスクールで暗記なんて強要されません。でも高等部では最初にアクティブ・ブレインという記憶法を身につけます。授業中「君たちは記憶法も知ってるよね」と一尾さんが話しかけると、8人全員が自信をもって「うん」とうなずきました。

アドラー心理学についても学びます。対等な人間関係、競争よりも共同体への貢献、原因よりも目的志向、賞罰よりも勇気づけ……などの特徴がある心理学的なメソッドで、教育現場で人気があります。アドラー心理学を通じて、生徒たちは自己認識や他者との関係構築について理解を深めていきます。

「具体と抽象」という授業では、ものごとの本質をつかむ練習をします。究極的には、これができればどこに行っても生きていけると一尾さんは考えています。

高2からは「お仕事算数」をやります。仕事に必要な数学的知識と技能を超短期間で身につけます。最終的には高3で、個人事業主としての事業企画書を書いて、みんなでもみます。それが卒論代わりです。

「七五三教育って知ってますか? 小学校で7割、中学校で5割、高校で3割しか身につかない日本の学校教育を揶揄する、昔からある表現です。つまり、一般的な学校に行っていたって、たいして身についていないということです。その代わりツクルスクールの高等部では、思い切り負荷をかけます。普通の高校の5倍速くらいで学んでもらいます。15歳を超えて発達が安定してきてから本人がやる気になればそれは可能なんです」と一尾さん。

子どもが学校に行かないのなら、無理はさせなくていい。教科学習的な学力なんて気にしないで、楽しく生きていれば大丈夫。それだけでその子らしい土台は育つ。その子らしい土台が健やかに育っていれば、その上に、その子らしくしあわせに生きていくための知識と実践は自然に正しく乗っかる――。ツクルスクールの小中高教育は、この思想に貫かれています。

不登校は「歪んだ社会」に対する子どもたちのサイン

学校とか大人たちの矛盾に気づいた子どもたちの不信の表明が不登校だと、一尾さんは断言します。

それを受けて、教育環境の実地調査のためにツクルスクールに来ていた学生研究員の安土真理奈さんが熱く語ってくれました。彼女自身、長く不登校を経験した当事者です。フリースクールに通っていたこともありますし、研究の一環として、さまざまなフリースクールの現場に足を運んでいます。

「だから、その子どもが心から信頼できるひとに出会えれば、もうフリースクールとかオルタナティブスクールはそこでよくって。どんな教育法かとか、どんな場だとかはどうでもいい。その子にとって100%信じられるひとがいるフリースクールが、その子にとっての最善解なんだと、私は最近思ってます。

だけど結局どのフリースクールも、社会に合流させる。高校しかり、大学しかり、就職しかりで、せっかく独自の教育をして、独自のものをもつ子どもを育てたのに、その良さをぜんぶ最後は丸め込んで、社会に適応させようとしてしまう。

ツクルスクールはそこが違う。社会に適応させるのではなく、自分のままで生きていく術を伝えています。

私自身、フリースクールで『好きにすごしていいよ。好きなものを突きつめなさい』と言われました。定時制高校でも『あなたらしく生きていいんだよ』と。でもいざ専門学校に入って『スーツを着てきなさい』と言われたとき、自分らしいスーツを選んだら、『それはリクルートスーツではないので、いますぐ脱ぎなさい』って言われました。

そこまでの大人たちのやさしい言葉は、その場限り。“子どもの私”に向けた言葉でしかなくて、誰も私が大人になったときのことなんて考えてなかったということを痛感して、私はそこでもう一回学校をやめて、引きこもるっていうフェーズがあって……。

『子どもまんなか』って言うけど、『大人になったら特別扱いは終わり』って、暗に伝えちゃってる。子どもだろうと大人だろうと、自分が生きるこの人生のまんなかに自分がいなきゃいけないということならだいぶ筋が通ります」

不登校は、大人たちの問題である

安土さんも、「無責任にやさしい言葉なんてかけないで」と言いたいわけではありません。「そのやさしい言葉が嘘ではない社会をつくろうよ。大人になってもみんながありのままに生きていける社会をつくらなきゃ」と訴えているのだと思います。

不登校の不安を根本的に解消したいなら、そうするしかありません。子どもを学校に適応させるのではなく、学校を社会に適応させるのでもなく、社会そのものを変えなくちゃいけません。

不登校は、子どもの問題でも、学校の問題でもありません。“歪んだ社会に寄生したままそれを変えられない大人たち”の問題です。

フリースクールという選択

以上、教育ジャーナリスト・おおたとしまさ氏によるルポをお届けした。

小・中学生の不登校は約35万人と12年連続で過去最多を更新するなか、学校に「行けない・行かない」子どもの居場所となっているフリースクール。おおた氏は著書『フリースクールという選択』で、小さな個人商店型から大手チェーン系、オンライン、オルタナティブスクールなど、さまざまなフリースクールを取材している。

大きな変化が続くこの現代で、子どもの学びの正解はひとつではない。

多様な学びの選択肢から、わが子に合うフリースクールと安心のヒントを見つけて欲しい。

【こちらも読む】子どもにとっての「良い教育」とは「高学歴・高収入」に育てることなのか…フジロック出演ミュージシャンが感じた「違和感」の正体