【里中 高志】「立ち読みすらしてくれない」閉店に追い込まれた”町の本屋”が体験した、想像以上に恐ろしい「本離れのリアル」
約17坪の店舗に1万冊ほどを抱え、店の中央には伊野尾宏之さん(51歳)の目利きによる書籍が並ぶ。69年の歴史を持つこの書店の名前は、「伊野尾書店」。都営大江戸線中井駅のA2出口のすぐ隣、東京・新宿区の中井という町にある。
著者のサイン会はもちろん、野宿をテーマにした書籍の刊行記念イベントでは、書店の前に集まった人々が実際に野宿をしたり、店頭で肉を焼いて来店者に振る舞う「本屋焼肉」イベントも盛況だった。だが、そんな数々のイベントも、苦しい経営を根本的に解決する手段にはならないという葛藤が宏之さんにはあった。
「一時的な起爆剤にはなるけれど、いわばドーピングのようなもので、日常の売り上げを上げる要因にはならない。普段の営業のほかに、利益率の高い通販やイベントなどの事業を並行して進めるのがよいはずですが、私以外のスタッフを雇って人件費を上げるわけにもいきませんでした」
そして今年3月31日、そんな小さな町の書店が、最後の営業日を迎えた――。
【前編記事】『町の本屋はなぜ消えゆく運命なのか…《興味がない人の視界には入らない》閉業した「伊野尾書店」店長が漏らした本音』よりつづく。
「お店に誰もいない」心臓がバクバクして…
最終的に宏之さんが本屋を畳むことを決断したのは昨年6月。その理由を、1月に刊行した著書『本屋の人生』にこう綴っている。
〈理由はお金が回らないからです。いや、限界かと言われれば限界ではない。今の自分の給与を月5万、月10万減らして、アルバイトスタッフを減らして、銀行にわずかながら毎月入れてる積立金を0にすればもうちょっとは持ったかもしれない。けど、そうやって切り詰めるチキンレースに疲れました。もうここらが潮時だなと感じました〉
振り返れば、世間の活字離れ、本離れを如実に感じた出来事が、'17年秋にあった。
〈11月の平日の午後、レジにいて発注作業をしていた私は、店内にお客さんが一人もいないことに気づきました。そこから誰もお客さんが入ってこない。
それまでも店内にお客さんが一人もいなくなる、いわゆるノーゲストの時間はままありましたが、瞬間的なものでした。けれどそのときは違いました。誰もお店に入ってこない。3分が経ち、5分が経っても、誰も店に入ってきません。私は心臓がバクバクしてきました〉
まさにその頃から、書店につきものだった雑誌の立ち読みが消えていった。「書店は楽しい」という感情と、「書店はヤバい」という焦りの板挟みになったという。
宏之さんが大学生の息子さんに閉店することを話したとき、スマホを見せられながら、こう返された。
「仕方がないよ。今はこれがあるもん。スマホではSNSの短い文章は読めるけど、1冊の電子書籍を読むには画面が小さくてしんどい。紙の本は、長い文章を読むには一番適しているけど、タダでいろんなものが見られるのに慣れている僕らにとっては、なんだか距離が遠く感じる」
そして書店がまたひとつ、消えた
宏之さんも、本からネットの時代に移行したことはとっくにわかっている。だが他方で、本の力を信じてもいる。
「インターネットの世界にいると、フィルターバブルのように自分の興味のある話ばかりが流れてきて、世の中全体で何が起きているのかがつかみにくい。その意味では、1冊読むと今の社会で何が起きているかを把握できる週刊誌のような媒体も、まだ存在意義があると思うんです」
振り返ると、長年本を買い続けてくれた名前も知らない常連客が頭をよぎる。
毎週月曜日に『少年ジャンプ』と『ビッグコミックスピリッツ』を買っていく40代と思しき客が、ある日、店頭で倒れた。具合が悪そうなので、宏之さんが家まで送っていくと、その途中でアルコール依存症だと明かされ、「酒とマンガだけが楽しみなんです。伊野尾書店さんで買ったのを読むのだけが」と話した。
また、ある年配の女性は、信夫さんの代から伊野尾書店に通っていて、『暮しの手帖』やミステリー小説をよく購入していた。コロナ禍の頃から来店回数が増え、一度に10冊もの本を買うことがあり、「読まれていないのでは」と複雑な気持ちになった……。
常連客たちの生活に沁み込んでいた書店がまた一つ、消えた。
新しい町の本屋の在り方を模索し、宏之さんは挑戦を始める。伊野尾書店のスペースを活用し、出版社トランスビューとの共同運営で、「BOOKSHOPトランスビュー 大江戸中井店」を6月に開店。その運営責任者を務めるのだ。
「トランスビューの出版物を目立つ棚に置く予定ですが、それ以外の本のセレクションやスペースの使い方は私に任されています。遠くからもお客さんがやってくる『町の観光地』のような書店にしたいと考えているところです」
小さな本屋で新たな価値を生み出していきたいと、宏之さんは決意している。
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「週刊現代」2026年4月27日号より
