裏社会では”ヤクザ”が”トクリュウ”に接近…シノギを禁止された暴力団が行きついた「闇バイト」の実態
かつて20万人もの構成員を擁した暴力団。
覚せい剤の輸入や賭博、みかじめ料の徴収で莫大な収益を上げ、1980年代の年間収入は推計8兆円に達したと言われる。だが平成に入って以降、暴対法の制定や警察の行き過ぎた捜査、メディアによる批判的な報道が原因となり、暴力団は衰退の一途をたどってきた。
では、暴力団が社会から消えていくことは、我々一般国民にとって「良いこと」だけなのだろうか?しばし「必要悪」として語られてきた“やくざ”の実態を、『やくざは本当に「必要悪」だったのか』より一部抜粋・再編集してお届けする。
暴力団対策から匿流対策へ
匿流(匿名・流動型犯罪グループ)や闇バイトが行う犯罪に対し、メディアや警察はよく「暴力団の資金源になるかもしれない」などとコメントを付している。事件が暴力団がらみになることでより重要度を増すと考えているのか、読み違えも甚だしい。
匿流幹部の中にやくざ好きがいることはいるし、中には暴力団にケツ持ち(後見人)を頼んでいる幹部もいるが、両者は別物であり、ふつう人事面でも資金面でも交流はない。
暴力団は2024年末、構成員1万人を切った。構造不況業種といってよく、売り上げも収益もメンバーもすべて史上最低レベルに落ち込んでいる。だからこそ警察庁の露木康浩長官が2024年暮れに「これまでの暴力団対策から匿流対策へと大きくシフトすべき転換期にある」と全国の幹部に指示したのだ。
暴力団に接近するメリットがない
匿流のメンバーは、50〜80代が大半の暴力団構成員に比べ若い。IT機器にもある程度通じているし、前記したように新シノギの創造力もある。暴力団が掲げる擬制血縁関係による家父長制原理、上下関係を馬鹿らしく思い、学校や勤め先、暴走族時代の気軽な先輩-後輩関係の延長でシノギを続けたい。暴力団の組員より金回りがいい。組員と違い、暴対法や暴排条例の縛りがない。銀行口座もカタギ同様(というより法的にはカタギだから)自由に開設できる。世間体がよく、何食わぬ顔で子育てもできる。またやくざと付き合うと、たかられるばかりで損と考えている。
こういう匿流メンバーが暴力団に接近する理由はない。だが、逆にやくざからの接近はある。匿流の行う、たとえば特殊詐欺の実入りがいいと知れば、見よう見まねで自分でも始める。あるいはそれこそ闇バイトに応募してでも、「受け子」や「出し子」、集金、本部への送金役、リクルーターなど、いわばパシリの役を請け負う。
そうした仕事の実入りは少ないから「暴力団の資金源」にはなりようがない。今、暴力団の中堅以下組員の生活レベルは住民税の非課税世帯ギリギリなのだ。とうてい新シノギの開業資金など用意できない。
他方、暴力団は組員が服役すれば留守宅の面倒を見、出所後、家まで建ててやるといった話が広がっている。それに対して匿流は闇バイトの応募者が事件に失敗して逮捕されても差し入れをしない、弁護士をつけない、冷たいといった評も聞く。
暴力団への誤解
これははっきりいって誤解である。暴力団は「ジギリ」といって組のために敵側を攻撃するなどの犯行に限って弁護士をつけてやり、服役時に差し入れし、シャバに残された家族の面倒を見るなど援助、褒賞を行う。暴対法ではジギリをかけた組員に対し、出所後、褒賞を与えるなどの措置は禁止されているが、それでも褒賞をあえて与える組織があるのは事実だ。
だが、組員の個人犯罪などに対しては匿流同様、知らんぷりか、破門、絶縁などの罰を加える。また貧しい組にあってはジギリでの褒賞さえ略す場合がある。
暴力団も匿流も下位メンバーや使い捨て要員に対する冷たさは同じだ。匿流は内界と外界をきっちり分け、彼らが外界に属すると見る闇バイト応募者などに対しては、彼らの犯罪結果に対して知らんぷりをする。そうでなくてもカネの受け取り役や実行犯は足がつきやすい。そんな者の面倒をヘタに見ると、自分たち中枢にまで累が及ぶと考えて、一切頬かぶりする。バイト募集で報酬を約束していても、そのジョブが失敗すれば、約束した報酬も反故にして、一切、無視する。
その代わり中枢部が属する内界では親密な仲間内関係を維持する。与える給与の類いも一流企業の重役を超えるかもしれない。
匿流の欲望は一般人と同質
警察は暴力団に対しては組員の個人データさえ蓄積している。対して匿流に対しては情報の蓄積がまるでない。そのグループにしても、なにしろ匿名で流動型だから、基礎資料がまるでなく、暴力団を相手にするのとちがって特別法もない。
匿流が暴力を好きということはない。暴力団は暴力という特質を使って暴力団を定義できるが、匿流を準暴力団などと名付けてごまかすことはできない。匿流が好きなのはカネだけである。だから匿流は定義するのが難しく、暴力や親分-子分などの家父長制といった組織の特性に着眼して、暴力団を定義するのとはまるで次元が違う。
そして大多数の一般人も匿流と同じようにカネが好きであり、前科者になったり逮捕されたりするのはご免である。一般人は単に詐欺をしないだけで、それ以外は匿流と同じような好き嫌いの持ち主といえる。
だから匿流を定義づけするのは難しいと同時に、非常な事態に陥れば、一般人が容易に匿流に転じる可能性もある。一般人が暴力団や匿流並みの犯罪を平然と犯す事件は日常、見聞きしている。ということは、一般人が匿流と同じ犯罪組織のメンバーになり得るのだ。
警察がこれからも捜査に困惑するのは当然だが、考えてみれば暴力団が存在しない先進諸国ではいわば匿流型の犯罪組織と日々戦って、それなりの成果を挙げているのだろう。日本の警察にも諸外国並みの成果を期待できるかもしれない。
【後編を読む】“任侠道”はもはやファンタジーなのか…弱体化した暴力団が実践できない「義理と人情」という虚構
