【渡辺 優子】母の期待に応え続けた「自慢の娘」が結婚直前に葛藤。「母には言えない」不仲で離婚した父に見せたいもの

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結婚が決まったらやること

結婚が決まった時、私たちはまず、何から始めたらいいのだろう。

元ウエディングプランナーが無料でカップルに合った結婚式場探しを手伝ってくれる「トキハナ」では、「結婚が決まったらやること全リスト」を公開している。

これは、結婚式をしようと考えているカップルに向けて作られたリストだ。そして、結婚式をする、となれば、式は両親、家族だけでするのか、職場の人も招待すべきか、ゲストの数は新郎新婦で揃えるべきか、職場の上司、同僚はどこまで声をかけるべきかなど、頭を悩ますことになるだろう。

誰を呼ぶのか、呼ばないのかについて、「トキハナ」の現役プロデューサーとして多くの相談にのってきた渡辺優子さんはこう話す。

「結婚式の持つ意味は、人によって、家族によってさまざまです。それぞれの事情から呼ぶべき人だけど呼びたくない、反対に、事情があって呼びたいのに呼べない人がいる、大切なふたりなのに、どちらかしか呼べない……そんな切実な思いから結婚式を挙げることを諦めてしまう人さえいます。

けれども、順風満帆ではなくても、できる方法があるかもしれません」

プロデューサーとして11年の実績を持つ渡辺さんがこれまで見てきた多くのカップルの事例をもとに、「後悔のない結婚式」に必要な視点を伝えていく連載。

今回は、シングルマザーに育てられた新婦からの、離婚して家を出た父親についての相談だ。渡辺さんの寄稿によりお伝えする。

国立大出、大手企業勤務の「自慢の娘」

今回の相談者の麻央さん(仮名・当時30歳)は、小柄で色白、パッチリとした目が印象的な女性でした。

アイボリーのワンピースが似合う、いかにも「清楚なお嬢さん」という佇まい。母親の期待を背負って国立大学を卒業し、大手企業の総合職として働く自分は、母にとって「自慢の娘」だと話す表情に、影が差すのが気になります。相手の反応を確かめながら、きちんと伝えようとする姿は、礼儀正しくはあっても、やや堅苦しく、ムリをしている印象を受けます。

お相手の涼さん(仮名・当時31歳)は飄々とした雰囲気。細身の体型をリラックスさせ、あちこちに視線を移しながら話すのがくせなのか、第一印象は何を考えているのかつかみにくい人でした。けれども、回を重ねるうちに、初めて会う人や場所を冷静に観察しているのだということがわかりました。無駄口を叩く代わりに、ふとしたひと言が的を射ている。賑やかではないけど、言葉に説得力を感じました。

ふたりは同じ会社の同僚として出会っています。そして、麻央さんの「優等生的な態度」から来る微かな疲れを、涼さんは早くから見抜いていました。

「清潔感があって、誰にも嫌われなさそうな」麻央さんの第一印象は、「お人形のような子」。つねに場の空気をよもうとする麻央さんを「本当は何を考えているんだろう」と思いながら見ていたそうです。

毒舌を吐いているのを聞いて「人間なんだな」

ある夜の飲み会で、少々飲み過ぎた麻央さんが小声で毒舌を吐いているのを聞き、涼さんは初めて、「人間なんだな」と興味が湧いたといいます。

それからふたりで会うようになり、交際へ。忙しいときも、つらいときも、つねに同じ温度感でいてくれる涼さんに、麻央さんは安心できたと話してくれました。

涼さんが麻央さんの母親に会ったのは、交際を始めてしばらく経ってからのこと。

麻央さんが「同じ会社の同僚」と紹介した涼さんの、母親からの評価は「合格」。「国立大出の自慢の娘」と同じ大手会社で働いていることが理由なのでしょう。

麻央さんは高校に上がるころ、両親が離婚し、母親はシングルマザーとして必死に自分を育ててくれました。父親は単身赴任で、家にいることはほとんどなく、母親は娘にぴったり寄り添うように、娘の選択ひとつひとつに意見してきました。

着る服、習い事、受験する学校。友人と遊ぶにしても門限は厳しかったし、ファストフードは体に悪いからと禁止。外食はほとんどしたことがなかったそうです。

一方の麻央さんは、いつも母親が求める答えを選ぶようにしてきました。母親の表情や空気をよんで、母親が気に入るように動くことが習慣になっていたといいます。

麻央さんが人の顔色や空気をよんで動く癖は、ここからきているのでしょう。

父親とのメールが逃げ場に

けれども、そんな自分の生き方に苦しくなったとき、遠くにいる父親とのメールが、麻央さんの逃げ場でした。母には打ち明けられない悩みを送ると、父から決まってこう返ってきたといいます。

「もう十分頑張ってるよ、麻央は頑張り屋さんだから。無理すんな」

そんな返信を読んで、「こんな私でも良いんだ」と思えたと話してくれました。

両親の距離の置き方は、単身赴任が理由ばかりではなかったと麻央さんは言います。母親の近くにいる息苦しさから、父親に助けてもらいたいと思うこともあったそうですが、連絡すれば優しい言葉をかけてくれる父に対し、恨みがましい気持ちを持つことはありませんでした。

麻央さんが第一希望の高校受験を終えた後、父と母は離婚することとなりました。

離婚後も父と連絡を取り続けていることがバレれば、母が嫌がるに決まっている。だからなるべく隠してきたんだと打ち明けてくれました。

涼さんとの結婚が決まったときから、麻央さんには抱いていた願いがありました。

それは父親にも花嫁姿を見てもらうこと。

けれども、それが難しいことも、わかっていました。式の場で父と母のふたりが鉢合わせれば、式が崩壊するだけでなく、母と自分との関係も壊れてしまうかもしれない。

それに、母を悲しませたくないという思いも、同じくらい強くありました。

女手ひとつで育ててくれた。ときどき息苦しさはあったけど、母がどれだけ自分を大切に思ってくれていたかも理解してきたつもりでした。その感謝は本物で、母の喜ぶ式にしたいという気持ちも強くあったのです。

父にも、母にも、感謝を伝えたい。でも、ふたりを同じ場に呼ぶことはできない。

その思いを涼さんに打ち明けると、「このまま諦めて、一生後悔するよりは、なんとかやろう」。ふたりで秘密の計画を一緒に考え始めました。そうして私のところへ相談に来てくれたのです。

◇一見、過干渉にも見える母親だが、麻央さんの周囲への気配りや責任感の強さが母親譲りとするなら、それは、シングルマザーになった母親の気負いが強すぎたのかもしれない。麻央さんの母親への感謝の気持ちを素直に口にするところからも、母親からの大きな愛情が感じられる。もし普段から、何事も母親の言うなりであれば、「父にも、母にも、感謝を伝えたい」などという言葉は出てこないだろう。

だが、現実は不仲で別れた両親に同時に感謝を伝えるのは難しい。母親は父親と麻央さんが連絡を取っていることすら知らない。相談された渡辺さんはどんな提案をするのか。

後編「母の期待を裏切らず、父への感謝も諦めたくない…『ふたり同時に呼べない』結婚式当日の『極秘15分』の全貌」に続く。

【後編】母の期待を裏切らず、父への感謝も諦めたくない…「ふたり同時に呼べない」結婚式当日の「極秘15分」の全貌