逮捕された坂口杏里

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 3月17日、元タレントの坂口杏里容疑者(35)が窃盗容疑で逮捕された。東京都八王子市内のコンビニで、わずか300円ほどのサンドウィッチひとつを万引きした疑いである。女優・坂口良子の娘として生まれ、2008年にタレントデビューした彼女だが、その後、転落の人生を辿ったのは周知の通りだ。

 きっかけとなったのは、2013年に母が57歳の若さで急逝したこと。愛娘の行く末を最後まで案じていた母の死を機に彼女の生活は乱れていった。「週刊新潮」では2016年、杏里容疑者がセクシー女優に転身した際に、生前の母との関係及び、母亡き後の彼女の人生の暗転を取材している。以下、当時の記事を再録し、坂口容疑者の転落の発端を振り返ってみよう。

逮捕された坂口杏里

(「週刊新潮」2016年9月29日号記事の一部を編集の上、再録しました。文中の年齢、役職等は当時のものです)

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【写真を見る】「本当に坂口杏里?」 約90キロだという現在の姿 過去の写真と比較すると

娘に仕事を残そうと…

 坂口良子は長女の杏里に「私の名前をどんどん使いなさい」と助言していたという。親の七光りをわが子に授けようとしていたのかもしれないが、過剰な助け舟は子供から自立心を奪ってしまったのか。

 坂口良子がミス・セブンティーンに選ばれて芸能界に入ったのは1971年、15歳のときだった。翌年、ドラマ「アイちゃんが行く!」で主演に抜擢されると、アイドル女優として人気が沸騰し、「池中玄太80キロ」(1980年)では大人のかわいさを振りまいた。

 そんな彼女が“地上げの神様”と呼ぶ人もあった19歳年上の田山恒彦氏と結婚したのは86年。89年に長男、91年に杏里を授かるが、94年に離婚している。

「前夫が不動産業で多額の負債を抱え、連帯保証人だった良子さんも40億円もの借金を背負い、自分の家も失った。彼女は女優業で稼いで借金を返しながら、杏里ちゃんを育てたんです」

 芸能レポーターの石川敏男氏はそう語るが、借金は10年ほどで完済。97年ごろからは、プロゴルファーの尾崎健夫(たてお)氏と交際するようになった。

「良子さんが尾崎さんと結婚したのは、結腸がんで亡くなる半年前の2012年8月。15年間も入籍しなかったのは、杏里ちゃんが反対していたからです。良子さんはそれほど杏里ちゃんのことが大事で、08年にデビューした杏里ちゃんが芸能界に残れるかどうかも心配で、慣れないバラエティ番組で積極的に母娘共演を引き受けていた」(同)

 そんな努力が実を結んだか、杏里は一時、“おバカキャラ”でバラエティ番組の常連になったが、それでも13年3月に亡くなるまで、母は娘に「助け舟」を出し続けた。坂口が母娘でイメージキャラクターを務めていた化粧品会社の幹部は、

「亡くなる5日前、坂口さんは尾崎さんと一緒に契約の更新に来られました。体調が悪そうで、エスカレーターを降りると車椅子で帰られた。報道で亡くなられたと知って驚きました」

 と述懐。娘に仕事を残そうと、無理を押して契約を更新したのだ。だが、杏里は徐々に身を持ち崩す。

「母親が亡くなった直後、杏里は親しい知人に“ママが遺してくれた数千万円は使わないで取っておく”と話していました。その知人は今年の7月、久々に連絡を受けて“10万円貸してくれない?”と言われたそうです。遺産は3年で使い果たしたみたいです」(芸能事務所関係者)

依存体質

 彼女には子供のころからそうした“芽”が見られたという。幼馴染みのひとりが語る。

「小学校から成城学園に通っていたけど、小学生のころから学年で1人金髪で、勉強ができなくて高校は内部進学できず、母親もお兄ちゃんも通った堀越に移りました。中学時代からジャニーズ好きで、芸能人の知り合いが多い子に“ジャニーズのタレント、紹介して”と頼んで、断られると激怒し、長文のメールを送りつけるんです。中学のとき、ジャニーズとつながれるという課金サイトに5万円振り込んで、騙し取られたことも。女性アイドルにも貢いでいました。依存体質で、誰かを気に入るとプレゼントしまくるんです。彼女の家に遊びに行ったとき、夜におかあさんが帰ってきて、財布から1万円札を10枚ぐらい抜いて、“これでピザでも取って食べてね”と言ったのには驚きました」

 ちなみに、高校時代も、

「勉強が全然できなくて、赤点ばっかり取っていたのは印象に残っています」

 と、同級生は振り返る。

転機は2014年秋

 さて、母親の死後である。杏里は六本木ヒルズレジデンスに住んでいたという。

「あそこは安い部屋でも家賃が月30万円前後するのに、どうして住めるのかと聞くと、“事務所が給料を上げてくれて”と言っていましたけど、事務所の月給は50万円ほどだったはず」

 そう話すのはテレビ局の制作関係者。杏里の生活が大きく変わるのは、2014年の秋。そのころから新宿歌舞伎町のクラブWの常連客は、杏里の姿を頻繁に見かけている。

「杏里は信じやすく、ホストから“俺の彼女な”なんて言われると、信じて貢いじゃうし、その後輩のホストにも酒を振るまうんです。支払いは100万円単位でも必ず現金。お気に入りホストK君の誕生日には、500万円のシャンパンタワーをやって、彼を独占したいからと、ほかの客に50万円渡して、店から出て行ってもらっていました」

 続いてボーイズバーへと梯子するのが常で、

「杏里ちゃんは3、4カ月前まではよく来ていました。多いときで10万円くらいかな、現金で払ってた。酔うと“酒早くもって来い”と言ったり、おしぼりを投げたりしていたけど」

 と、ボーイは腫れ物に触るような口調だ。杏里がホストにはまったきっかけを、彼女の旧友が語る。

「歌舞伎町屈指のクラブグループが毎年開催する“エアコレ”というイベントが14年8月に行われました。杏里は翌月に公開された主演映画『ハニー・フラッパーズ』の出演陣と一緒に、ファッションショーの審査員として参加。その際、所属事務所の“ホストと連絡先を交換するな”という指示を破って、あるホストに惚れて連絡先を交換し、クラブとの距離が一気に縮まったんです」

 むろん、そんな金遣いが長く続くはずはない。待ち受けていたのは、セクシー女優転身という道だった。

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 上記記事のように、ホストにはまって借金を抱えた坂口は、セクシー女優に転身した後、芸能界を引退。2017年と19年には元交際相手とのトラブルによって、恐喝未遂や不法侵入の疑いで逮捕されている(共に不起訴)。以降はホステスをしたり、ゲイバーで勤務したりしながら、動画の配信などで生計を立てていたが、この度、3度目の逮捕となったわけである。その間、2人の男性と結婚、離婚をしている。

 坂口容疑者の今後の人生はどうなるのか。そして、泉下の母は愛娘の変わり果てた姿に何を思っているのだろうか。

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デイリー新潮編集部