母と親戚を勧誘、信者に…「柴田理恵」が深すぎる「創価学会」愛を告白 「池田先生の弟子としてふさわしい活躍を」
3月8日は、創価学会芸術部の日。毎年、機関紙「聖教新聞」ではその活動が紹介され、さらなる飛躍が誓われるが、今年、目を引いたのは、女優の柴田理恵(67)の手記が掲載されたことである。柴田と言えば、芸術部の副芸術部長の要職にあり、公明党の選挙応援にも非常に熱心。過去、必死の形相で党代表の応援演説に立った姿がメディアで紹介され、話題を呼んだこともある。8日の記事も、その深すぎる「創価愛」「池田名誉会長愛」を十分に感じさせるものであった。
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【写真を見る】必死の形相で公明党議員の応援演説を行う「柴田理恵」と「久本雅美」
入信のきっかけは
柴田は1959年、富山県生まれ。84年、久本雅美らと劇団WAHAHA本舗を旗揚げし、コメディー舞台で活躍する一方、ドラマや映画、バラエティにも出演。豪快かつチャーミングな人柄で人気を博している。

そんな彼女は、創価学会の熱心な信者としても知られている。柴田がかつて学会系メディアに語ったところによると、入信のきっかけは1980年代。WAHAHA本舗設立初期で、当時の柴田は俳優としての自分に限界を感じ、思い悩むことが多かったという。一方、そんな時でも、相棒の久本は常に明るく、前向きで、なぜこれほどポジティブでいられるのか、不思議に思っていたそうだ。
ある日、2人で新幹線に乗って地方での仕事に向かった時のこと。隣の席の久本がまるで柴田に見せるかのように新聞を大きく広げた。「何?」と尋ねると、久本は「聖教新聞」「池田先生のスピーチ」と。実は久本はその時既に入信していて、「折伏(しゃくぶく)」、つまり、知人に創価学会の教えを伝え、会員にすること――を行ったのである。それを機に信仰に関心を持った柴田は、聖教新聞を読み、会合に参加し、池田大作名誉会長の言葉に感銘を受けるように。そしてついに1987年、創価学会に入会したという。以来、信仰一筋、来年で信仰歴40年となるベテランである。ちなみに久本も現在、芸術部女性部長の座にある教団の大幹部だ。
公明党代表を応援
入信後の柴田は熱心に活動を続けてきた。住まいのあった杉並区の婦人部だけではなく、芸能や文化系の分野で活躍する会員が集まる「芸術部」の活動にも邁進した。
同じ芸術部に所属していた元会員のお笑いタレントの長井秀和氏が、かつて「週刊新潮」の取材に答えたところによると、柴田は、
「池田先生に激励されると泣きながら感動するタイプで、芸能人の会員同士、異体同心の気持ちで手を取り合っていこうという話を、よくしていました」
やはり芸術部員である氷川きよしから悩みを相談されることもあったという。
公明党支援に熱心なことでも知られ、2009年、自公が下野した逆風の選挙では、当時の公明党代表、太田昭宏氏の選挙区(東京12区)に入り、久本と並んで鬼の形相で応援した。
2022年にも、学会の関連誌「第三文明」で党の団体局次長と対談。「公明党、何か最近ピシッとしていないよなと思うのよね」「もうちょっと何とかならないんですか」と発破をかけているのである。
先生の弟子として
そんな“熱烈信者”の柴田だから、8日の手記も篤い信仰心で溢れかえっている。
「池田先生と私 人生を決めた指針」
と題された記事は、池田名誉会長とのエピソードで始まる。1992年、杉並・中野区の合同総会が行われた際、柴田と久本は前座で漫才を披露した。すると、それを聞いた池田氏が「漫才、面白かったよ」と称賛し、「楽観主義でいくんだ」「希望の女優になるんだよ」と激励してくれたという。
柴田はこれを〈感動の連続でした〉と記し、〈私は当時、全く仕事がなく、“私にはこの仕事は向いていないんだ”と落ち込んでいました。だから、先生の言葉が胸に染みたのです。「よし、先生の弟子としてふさわしい活躍をしよう」と決意が固まりました〉
こうしてさらに信仰に注力したこともあってか、その後の柴田は、
〈努力を重ねるうちに私のキャラクターがお茶の間に受け入れられ、少しずつ仕事が増加〉
そして、
〈富山の母や親戚らへの折伏も実りました〉
自らが久本に折伏されたように、母や親戚も勧誘、信者にしたと明かすのである。
弱い心を打ち破れる
売れっ子となった柴田だが、芸能活動にはもちろん浮き沈みがある。それでも彼女は、
〈一喜一憂したり、自信を失ったりを繰り返す中でも、同志の奮闘や温かな励ましに鼓舞されて、前に進むことができています〉
落ち込んだ時は何を措いても、
〈聖教新聞を切り抜いたノートを見返します。池田先生の言葉に触れると当時の感動がよみがえり、先生の大生命にも触れて、弱い心を打ち破れると感じています〉
そんな彼女の今の目標は、「過去最高の題目」に挑戦することだという。
〈思うようにいかない日も“今日は5分でも長く”と祈っていくうちに“負けないぞ!”と力が湧き、退く心が消えていきます〉
東京と富山を往復して遠距離介護
「創価愛」「池田愛」が十二分に伝わる内容である。
これを目にした、さる芸能記者は、
「柴田さんが信仰熱心なのは有名ですが、お母さんを折伏していたというのには驚きました」
として続ける。
「柴田さんのお母さんと言えば、業界では有名人です。富山で小学校の先生を務めていましたが、顔はそっくり、柴田さんにまして破天荒で豪快なキャラクター。そんなお母さんを柴田さんは大変慕っていて、ネタにしたり、雑誌で対談を行ったり、また、お母さんのことをテーマにした本を何冊か出版しているほど」
その母は2017年、腎臓の病で入院し、要介護4になった。
「一人娘の柴田さんは、東京と富山を往復しながら“遠距離介護”を行いました。リハビリと、柴田さんの献身的な介護でその後、お母さんは要介護1まで回復。柴田さんはその体験を基に遠距離介護についての本を出しています」
信仰の絆
その母が95歳で亡くなったのは、昨年1月のことである。
さる創価学会ウォッチャーは言う。
「柴田氏の母は有名人ですから、その母を折伏していたということが明かされれば、模範の信者と映り、学会員にとっては活動への励みになるでしょう。また、母娘の絆の裏には、信仰の絆もあった、と受け止められれば、会員にとって信心の重みがさらに増していくはず。信者を鼓舞するための格好の手記だったのではないでしょうか」
折しも、公明党は昨年連立与党から離脱し、立憲民主党と組んで先の衆院選に挑んだが、合併した「中道改革連合」が大惨敗するなど、党勢は退潮傾向が続いている。
組織に閉塞感が生まれる中、今後も芸術部副部長・柴田理恵の存在感は増していきそうである。
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デイリー新潮編集部
