スピードスケート男子1000メートルで優勝したジョーダン・ストルツ【写真:ロイター】

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連載「OGGIのオリンピックの沼にハマって」第7回

 スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」ではミラノ・コルティナ五輪期間中、連載「OGGIのオリンピックの沼にハマって」を展開。スポーツ新聞社の記者として昭和・平成・令和と、五輪を含めスポーツを40年追い続けた「OGGI」こと荻島弘一氏が“沼”のように深いオリンピックの魅力を独自の視点で連日発信する。第7回は、スケート大国・米国に現れた待望の「新怪物」。

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「新怪物」の滑りは圧巻だった。12日に行われたスピードスケート男子1000メートル。ジョーダン・ストルツ(米国)が1分6秒28の五輪新記録で優勝した。スケート大国の米国にとって、この種目で24年ぶりの金メダル。ミラノのリンクから飛び出した21歳が、今大会の「顔」になりそうだ。

 最後から2番目の14組に登場したストルツが、驚異的なスピードをみせた。600メートルは同走のデボー(オランダ)に遅れたが、残り1周でギアを上げた。最後は2位になったデボーに1秒近い差をつけてフィニッシュ。両手を突き上げて1冠目を喜んだ。

 米国の期待の星だ。17歳で五輪初出場した22年北京大会は500メートルで13位、1000メートルで14位だったが、その後急成長。翌年の世界距離別選手権で500、1000、1500メートルの3冠を達成し、さらに24年の同選手権で3種目連覇を果たした。

 06年トリノ大会ショートトラックで金メダルを獲得したアポロ・オーノ(米国)をテレビで見て、5歳の時にスケートを始めた。裏庭の池にはった氷で夢中になり、本格的にロングトラックに挑戦。ジュニア時代から次々と記録を塗り替えた。

 驚くべきは、そのオールラウンドぶりだ。スピードスケートの「短距離」は500メートルと1000メートルだが、この2種目をトップレベルでこなすのも難しい。500メートルを主戦場とする選手にとって1000メートルはスタミナが持たないし、逆の場合はスピードが足りなくなる。五輪でも表彰台の顔ぶれが違うのが普通だ。

 ストルツは「常識」を覆し、500、1000、さらに中距離の1500メートルまで圧倒的な力をみせる。24年には500、1000メートルで争う世界スプリント選手権を回避し、500メートルから10000メートルまで4種目を滑って総合力を争う世界オールラウンド選手権に出て圧勝した。

 今大会も金メダル大本命の500、1000、1500メートルのほか、6400メートル滑走するマススタートにも出場予定。陸上競技で考えれば、100メートルのスプリンターが1500メートルも走り、さらに5000メートルや10000メートルにも挑戦するようなものか。「4冠」が現実的だからこそ、世界中の注目を集める。

比較されるのは単一の冬季大会で「5個の金メダル」ハイデン

 比較されるのは、エリック・ハイデン(米国)。22歳で1980年レークプラシッド大会に出場した「氷上の怪物」は、500から10000メートルまで全5種目で金メダルを獲得。すべて世界新記録から五輪新記録で優勝するという完璧ぶりだった。5個の金メダル獲得は、単一の冬季大会では今も最多。ハイデン以外に500メートルと1000メートルの2冠を獲得した選手がいないのだから、いかに偉業かが分かる。

「米国の英雄」となった後はスポンサー契約やCM出演依頼が殺到したが「金メダルを金儲けにはしない」と話してスケートから自転車競技に転身。その後医学部に進学して整形外科医となり、米国スピードスケート代表のチームドクターも務めた。

 ハイデンらの活躍で「スケート大国」として知られた米国も、最近はオランダなどに押され気味。だからこそ、ファンはストルツを「ハイデンの後継者」として期待する。「まだ1つ。大会はこれから」と話す21歳が実力通りに500、1500メートル、さらに最後のマススタートまで優勝すれば、ハイデン以来の「英雄」になるだろう。

 ちなみに、ストルツの出身は「悲劇のスプリンター」ダン・ジャンセンら名スケーターを多く輩出している北部のウィスコンシン州、ハイデンも同じだ。米国のファンは、ハイデンを思い出しながら今大会でのストルツも活躍を祈っている。

 日本勢の連日のメダル獲得で盛り上がる今大会だが、五輪の楽しさは世界のスーパースターを見られること。普段はほとんど接する機会のない冬季競技ならなおさらだ。

 距離スキーのヨハンネスヘスフロト・クレボ(ノルウェー)ら、後世まで語り継がれるスターは、まだまだたくさんいる。日本勢の活躍を応援しながら、なじみではない競技や選手にも注目して、その魅力を味わい尽くすのも、五輪の見方だ。(荻島弘一)

(荻島 弘一 / Hirokazu Ogishima)

荻島 弘一
1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者としてサッカーや水泳、柔道など五輪競技を担当。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰する。山下・斉藤時代の柔道から五輪新競技のブレイキンまで、昭和、平成、令和と長年に渡って幅広くスポーツの現場を取材した。