23歳モデル、わずか9か月で銀行を退職したワケ 「30代で年収1000万」を捨てた本人を直撃
佐野麗奈インタビュー
昨年末に「芸能に全力」と宣言し、銀行を退職したモデルの佐野麗奈(23)。安定した職業を捨て、芸能界に飛び込む姿がSNSで話題になった。一大決意のウラには何があったのか。本人を直撃した。(全3回の第1回)
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【写真】当時から「ハイスペックな美少女」…幼少期、小中高、大学、銀行員、モデル時代の佐野麗奈
今年1月から芸能活動を本格的に再開しました。主に和装モデルとして、袴や着物、成人式の振り袖などの撮影に携わっています。同時にアパレルのコラボレーション企画も進めていて、新しくコラボ商品を出す予定です。SNSの配信活動やファンとの交流にも力を入れています。
和装をメインにしている理由は、私の首が長いという特徴があり、和装だと相性が良いとよく言われるからです。首が長いと、詰まって見えがちな部分が目立たなくなるため、全体的にスラッとした印象になるのだと思います。

ここまでくるのに、大きな決断と葛藤がありました。昨年3月に大学を卒業した後、4月に銀行に入行しました。法人営業部に配属され、決算モニタリングや業務あっせんなどの業務に携わっていました。
銀行での仕事と並行してモデル活動も続けたかったんですが、できませんでした。副業はOKだったのですが、タレント業やモデル業はNGとされていたんです。銀行のイメージにも関わってくるからだと思います。
ただ、一部の人には私がモデル業をやっていたことが知られていて、入行初日に社内の人から「知っているよ」と言われました。私、仕事の時とプライベートの時のギャップが激しいので、結構きまずかったですね。
普段は「銀行員」に切り替えて仕事をしていました。髪も真っ黒にして、一本結びで、茶色い縁の眼鏡をかけて、「真面目ちゃん」キャラを演じていたんです。ピシッとしたスーツを着て、靴はペタンコでした。
入社から1か月間は、SNSの更新を全くしませんでした。そろそろ投稿してもいいかなと思って投稿すると、人事部から電話がきたことがあります。
人事部と何度も話し合い
SNSの更新頻度や内容について、人事部と何度も話し合いをしました。具体的には、PR活動を行ってはいけない、別の企業を紹介してはいけない、企業の商品をタグ付けしてはいけない、などと言われました。
ただし、これらは社内のルールとして明確に定められたものではなく、人事からの「お願い」という形だったんです。「罰則もなく、制限することもできないけれど、これは単なるお願いです」という説明でした。
私にとってSNS活動は単なる趣味ではなく、自分のアイデンティティーであり、これまで頑張ってきたことでした。社内での評価も気になるし、周りからの見え方も気になるけれど、でも「SNSをやりたい」。そういう葛藤はありましたね。
すると、徐々に人事の方から「本当はこっち(モデル業やSNS活動)をやりたいんじゃないのですか」と言ってくれるようになったんです。
厳しい言葉もたくさんありましたが、最後には一番優しい言葉をもらいました。
「私たちもこれ以上あなたのことを制限したくないし、本当にやりたいことを私たちも止めたくはないんです。あなたの人生を本当に考えた時に、自分のやりたいことに向き合ってください」と言われました。
人事の方も辛かったと思います。業務外のことだし、上からの圧もあったと思うんです。「こいつちょっと見張っとけ」「SNS、やってるぞ」と。人事の方は板挟みだったのではないでしょうか。
そうした経緯もあって、自分でよく考えて、辞めると決めました。自分の気持ちにフタをしていましたが、本当にやりたいのはモデル業だったんです。
モデルとしてのビジョンもありました。アパレルブランドのモデルになりたい、雑誌の専属モデルになりたい、と思っていて、まだまだ叶えられていない夢がたくさんあったんです。
辞める時は、1か月前にまず人事部に伝えました。その後、営業部長に伝え、同僚にも伝えました。みんな言いたいことがあったと思うんですけど、何も言わず、「頑張ってね」と送り出してくれました。
上司から「応援する」
いろいろ相談していた上司からは「その決断をしてよかったと思うよ。自分の気持ちに正直になれてよかったね。応援するので、いい報告待っていますね」と言ってもらいました。
入社から9か月での退職でした。最初の基本給はそれほど高くありませんでしたが、30代で“1000万円プレーヤー”になっていたと思います。そうした安定収入を手放すのは怖かったです。今も不安ですし、その不安が消えることはありません。
でも、自分の人生一度きりだという思いがあります。やりたいことをやり抜いてから、その後考えればいいかなと。お金は二の次。今はお金よりも自分の夢を叶えたいと思っています。
辞める時は色んな意見を言われましたね。「最低、3年は続けないと」「会社にも迷惑をかけている」「社会的な見え方も厳しい」と。でも、辞めました。モデルは若さも武器のひとつなので、25歳になるまでの「あと2年」が勝負だと思っていて、一刻も早くモデルの仕事をしたかったんです。
退職後、現在の事務所「AJ Executive」はDMで声がかかりました。他にもいろいろ声がけはありましたが、その中で今の事務所に決めたのは、「女性をターゲットにやっていきたい」というビジョンに賛同してくれたからです。
現在の一日のスケジュールは日によってバラバラです。SNSの撮影だけをする日もあれば、対面イベントをやる日もあります。和装モデルやアパレルモデルの撮影もあり、撮影のミーティングや打ち合わせもあります。
大学時代から一人暮らしをしていましたが、銀行を退職したと同時に引っ越しをしました。配信の撮影場所をちゃんと確保したいなと思い、ちょっと広めの部屋です。家賃は10万円ぐらい上がりました。自分に対する投資ですね。
これまで影響を受けたものに、『君の膵臓をたべたい』(住野よる著)という作品があります。「人生、どうなるかわからない」がテーマですが、一日一日を悔いのないように過ごさないと、私の人生もどうなるかわからないと思っています。
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第2回【TOEIC 965点…元銀行員の23歳モデル、英才教育の果てに見た「中途半端な自分」】では、佐野が幼少期からの英語の英才教育について振り返っている。
佐野麗奈(さの・れいな)
2002年、東京都出身。24年3月、法政大学を卒業後、銀行に入行。同年12月、銀行を退社。現在はモデルとして活動する。今年1月から芸能事務所「AJ Executive」に所属。
デイリー新潮編集部
