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佐賀関大火災で被災した人たちは自らの生活再建だけでなく地域のコミュニティーを守っていくことが願いです。発生から間もなく2か月が経つ中、地元復興への歩みと住民の思いを取材しました。

【写真を見る】佐賀関大火から2か月「今は海より、人とのふれあいを」 区長と住民が紡ぐ復興への絆

「区長として被災者のサポートに徹する」

佐賀関で生まれ育った山田二三夫さん(70)。甚大な被害を受けた田中3区の区長です。山田さんは漁協の準組合員で定期的に漁をしていましたが、火災の後は一度も船を出していません。

(山田二三夫さん)「個人的な日常の生活が奪われたのは確か。被災された方とか、残っている方のお世話が先かなと思っているから、海へ行く準備になっていない」

火災で自宅が全焼した山田さんは、地元で見つけた新しい住まいで生活しています。当初は自らの暮らしがままならない状況でしたが、区長として被災者のサポートに奔走してきました。

(山田二三夫さん)「時間が解決してくれるところもあると思うんで、その辺はゆっくりゆっくりしないと、焦ってできる年齢じゃない」

「今は海より、人とのふれあいが大切」

離れ離れになってしまった地域のコミュニティーを何とか守りたい。今は海に出ることよりも、他の場所へ移り住んだ住民を訪れたり、電話や手紙で連絡を取ったりすることを優先したいと考えています。

(山田二三夫さん)「段取りがついて魚釣りに行ければいいけど、顔を見て回らないといけないから、なかなか海に行く暇がないわ。ぼちぼち行きます。行くことを私も楽しみにしている」

火災発生からもうすぐ2か月。焼損した建物やがれきなど被害の爪痕が残る中、住民たちは少しずつ日常を取り戻そうとしています。自宅が全焼した森政徳さん(51)もその1人。この日は友人を訪ねました。

(森政徳さん)「被災してから、より密に話すようになった。もっといろいろなことができる人なんだと。それで壁の修理とか、いろいろなことに対して相談できる」

(橋本康聖さん)「森さんはリーダーみたいな感じですよね。地域の頼れる先輩っていう感じ。先輩がいなかったら、いろんなことをやっていなかった」

森さんは、年末から佐賀関の別の場所で新たな生活をスタートさせましたが、いまも定期的に自宅があった場所に戻っています。地元の友人と話していると周囲には1人、また1人と仲間が集まってきました。

地域の絆を一番に、希望を胸に復興へ歩む

(駐在所の警察官)「どんなことをしてもらいたいかっていう話し合いがあったんで、カフェ渡辺を作ってと話しました」

(避難所でコーヒーをふるまった渡辺忠孝さん)「いいですね、やりましょう」

(駐在所の警察官)「被災者が気軽に立ち寄れるところが一つほしいなって。ばらばらになりましたからね」

街を歩けば顔なじみと出会い、何気ない会話が広がる。昔からのふるさとの風景です。

(森政徳さん)「こんな光景が日常なんだろうな。みんな、火災のことはもうおいといてという気持ちに少しずつなっているのかな。住まいが建つっていう話もあるから、どうなるのか、何年で建つのかなというのも楽しみながら。それが今後の希望ですね」

地域の絆を大切に。地元を愛する住民はそれぞれの希望を抱いて、少しずつ復興への歩みを進めています。