ヤラセとわかっていても大ヒット…「ガチンコ・ファイトクラブ」に視聴者が熱狂した90年代ならではの特殊理由
※本稿は、太田省一『とんねるずvs村西とおる』(双葉社)の一部を再編集したものです。
■「ガチンコ・ファイトクラブ」が大ヒットしたワケ
『電波少年』以降、ドキュメントバラエティの人気番組が相次いで誕生した。『ガチンコ!』(TBSテレビ系、1999年放送開始)は、そのひとつ。TOKIOの司会で素人参加による挑戦系・修業系の企画が人気を呼んだ。
「大検ハイスクール」では、不良を集めて短期間での大検合格を目指す。参加した不良は全員寮生活で、厳しく生活指導もおこなう。その責任者が大和龍門という武道家で、「お前らホームラン級のバカだな」「喧嘩するまでオレはここを動かねえからな」といった暴言、無茶ぶりを連発し、物議を醸した。
ただ反発していた不良たちも少しずつ改心して努力を重ね、最後は目標を達成して大和ともども喜びを分かち合う。そこに感動が生まれるというわけである。
「ラーメン道」も有名だろう。当時人気ラーメン店の店主だった佐野実が講師となり、一般参加者が店を出せるようになるまで修業させる。いつもポーカーフェイスで冷徹に指導する佐野のキャラクターの魅力もあって、人気企画になった。こちらもピリピリした雰囲気のなかでトラブルや挫折がありながらも、最後は参加者が目標を達成するまでの感動ストーリーがベースになっていた。
そしてこれらの企画の原点となったのが、「ガチンコ・ファイトクラブ」である。

■普通のドキュメントとの大きな違い
当時人気だった映画『ファイト・クラブ』に着想を得たもの。血の気の多い若者を集めてボクシングの訓練を受けさせる。目標はプロテストの合格で、元世界王者の竹原慎二がコーチ役を務めた。
集まった若者たちはやはり不良が中心で、腕力に自信はあるものの、真面目にトレーニングを積むのは大の苦手。また他人の言うことを聞くのも嫌いなため、竹原のアドバイスや説教にもことごとく反発する。さらには他の参加者の態度でちょっと気に入らないことがあるとすぐにつかみ合い、殴り合いの喧嘩を始める。
しかし、竹原や立会人の国分太一が修羅場の連続に真摯に向き合い、粘り強く話し合いを続けるなかで、参加者は心を入れ替えトレーニングに打ち込むようになる。そしてプロテストを受験。もちろん合格する者もいれば、不合格になってしまう者もいる。視聴者は、紆余曲折のあったそれぞれの参加者の物語を振り返り、感動に浸る。
一見ただの感動的なドキュメンタリーである。しかし普通のドキュメンタリーの枠からはみ出す個の暴走モードがベースにあり、それが何物にも代えがたい魅力になっていた。参加者同士はもちろん、参加者と竹原も事あるごとに喧嘩やにらみ合いを繰り広げる。そこに「いったい、どうなってしまうのか⁉」という物々しく、半ば暴走を煽るようなナレーションとテロップが被さる。

■視聴者との共犯関係
つまり、「ガチンコ・ファイトクラブ」は、感動ストーリーでありつつも、参加者たちの暴走を極端なまでに強調することに演出上最も力を入れていた。すると見ている側も心配するよりも思わずあきれ、ついには笑ってしまう。その意味で単なるドキュメンタリーではなく、まさにドキュメントバラエティであった。
ただし同じ過剰さでも、そこには80年代の『元気が出るテレビ』にあったいかがわしさや馬鹿馬鹿しさはない。装飾的な部分は削ぎ落とされ、とにもかくにもよりリアルであることを志向している。
視聴者が強調された過剰さをシニカルに笑うことはできるが、そこがわかりやすく笑うポイントとして示されているわけではない。番組はあたかも本当に大変なトラブルが起こっているかのように伝える。
だが視聴者は、その真剣さを逆に演者、演出、さらにナレーションやテロップまで番組が一体になっての“演技”と察知し、心置きなく笑う。そのあたり、テレビと視聴者の共犯関係は、視聴者の側の高度なリテラシーを信頼し、それに委ねたいっそう複雑なものになっていた。
■「未来日記」の複雑さ
同様の共犯関係の複雑さは、恋愛を扱ったドキュメントバラエティにも見出すことができる。「未来日記」は、『ウンナンのホントコ!』(TBSテレビ系、1998年放送開始)の企画。爆発的な人気を呼び、挿入歌であるサザンオールスターズ「TSUNAMI」や福山雅治「桜坂」も記録的大ヒットに。映画版もつくられたほどだった。
企画としても斬新だった。オーディションで選ばれ、番組が初対面になる一般の男女がいる。そして両方に「未来日記」という名の台本が事前に渡される。彼らはそれに従って行動しなければならない、というのがルールだ。
ただし「未来日記」には、一言一句セリフが記されているわけではない。書いてあるのは、「このシチュエーションになったら、あなたはこうしなければならない」という最終指示のみ。
たとえば「この店で相手をデートに誘う」と男性側の日記にあり、女性の側には「この店でデートに誘われたら断る」とある。それまで何度か会って、女性が男性に惹かれる気持ちがあったとしても、台本通り絶対に断らなければならない。そのときの女性の表情や言葉、その場面に被さる女性の独白などを通じ、視聴者はそこにあった当人のためらいや葛藤に共感し、感情移入の度合いを深めていく。
■なぜゲームなのに感動するのか
しかもこの「未来日記」では、最終回男女は結ばれるのではなく別れることが決められていた。これも日記に書いてあるので逆らうことはできない。当然恋愛感情を募らせていたがゆえに苦悶の表情を浮かべ、涙する参加者もいた。その無情さがもたらす悲劇性がまた視聴者をいっそう惹きつけた。
要するに「未来日記」に出演する男女は、物語の登場人物であると同時にひとりの生身の人間であるというフィクションとリアルの二重性を生きることになる。
そして番組の定めたルールと自分のなかの抑えきれない感情の板挟みに翻弄される。番組に出演している限り、相手と結ばれたいという欲望に忠実であること、ましてや欲望のままに暴走することは許されない。その意味で残酷な仕打ちにあう。
実人生の恋愛でも、当人の気持ちだけではどうにもならないことはあるだろう。だが「未来日記」の場合は、親が許さないというような現実的な話ではなく、台本自体が恋愛モードを煽っておきながら、最後は成就させない。それ自体はゲームでしかないのにそれを無視できないというもどかしさ、やるせなさを募らせる構造になっている。だがそれゆえにゲームというフィクションによって縛られたリアルな恋愛感情が、より切ないものとして視聴者に刺さるのである。

■リアルがフィクションを超える
そのとき「未来日記」を見る視聴者もまた、フィクションとリアルのあいだを揺れ動く。お互いに好きという気持ちを募らせながらも日記がそうさせないという男女の苦悩はリアルで、視聴者も感情移入する。

しかしふと冷静になってみると、それは番組内のみで有効なゲームのルールにすぎない。そう考えると、なぜ2人が苦しんでいるのかよくわからなくなってくる。
とはいえ、視聴者もそこで番組から離れることはしない。ゲームのルールはリアルな感情をよりくっきりと浮き上がらせてくれるのに必須のものだからである。ゲームがあることで、2人の本当の気持ちに共鳴する快感はよりいっそう強烈なものになるのだ。
これが『ねるとん』の場合だと、本気で交際相手を探すという意味ではリアルだが、最終的にはゲームとして回収されてしまうところがあった。だから告白を断られて発した柳沢慎吾の「あばよ!」はギャグになり得た。ゲームというフィクションがリアルに勝っていた。
要するに、ここでも80年代にあったようないかがわしさや馬鹿馬鹿しさは排除されている。「ガチンコ・ファイトクラブ」にはまだ過剰なナレーションやテロップという比較的わかりやすいいかがわしさがあったが、「未来日記」ではその排除がいっそう進み、画面に流れる「TSUNAMI」や「桜坂」はひたすら切ない。ドキュメントバラエティの“バラエティ”の部分はどこに行ったかと思うほどだ。
■これまでになかったバラエティの形
そこには、すでに恋愛が現実においてゲーム化していたということもあるだろう。「未来日記」は、80年代における恋愛のゲーム化を前提に成り立ったものだと言える。80年代、恋愛は結婚から切り離され、純粋に個人の欲望によって動くものと考えられるようになった。そのなかで、交際相手を求める欲望を首尾よく満たすためのテクニック、ノウハウが重視されるようになった。
90年代の「未来日記」は、「好きでも別れなければならない」という欲望の挫折をルールとして織り込むことによってその恋愛ゲームを複雑化し、新味のあるエンタメに仕立て上げた。
そもそも笑いだけがテレビの娯楽ではない。スポーツ中継などと同じく、ゲームのプレイヤーたちが各場面でどのような行動に出て、それがどういう予期せぬ結果になるかを見るのもテレビの娯楽である。
加えて「未来日記」の場合、多くの視聴者にとって現実でも身近な恋愛の失敗の可能性をゲームの核に据えたことによって、出演者への共感はよりリアルで強烈なものになった。それは笑いと同等、あるいはそれ以上の充足感を視聴者にもたらしたのではないか。
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太田 省一(おおた・しょういち)
社会学者
1960年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本、お笑い、アイドルなど、メディアと社会・文化の関係をテーマに執筆活動を展開。著書に『社会は笑う』『ニッポン男性アイドル史』(以上、青弓社ライブラリー)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩選書)、『SMAPと平成ニッポン』(光文社新書)、『芸人最強社会ニッポン』(朝日新書)、『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』(ちくま新書)、『21世紀 テレ東番組 ベスト100』(星海社新書)などがある。
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(社会学者 太田 省一)
