「これは何かの罰なのか」海外現地法人で指摘されカゴメが即やめた"日本の大企業では当たり前の人事制度"
※本稿は、石山恒貴『人が集まる企業は何が違うのか 人口減少時代に壊す「空気の仕組み」』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

■「社員の同意を基にした人事」は実行可能
企業が大きく変わるために取り組めることのひとつが、人事異動における本人同意原則の導入である。それは、企業が自ら強大な人事権を放棄することでもある。
本人同意原則の導入が現実的である理由は2点ある。
第1に、それは個別企業の意思決定だけで実行可能だ。無限定性、標準労働者、マッチョイズムから成る「三位一体の地位規範信仰」が変わりにくいのは、それに経路依存性とシステム性があることが理由だった。
その場合、それを変えるためには社会の多様で複雑な要因に、関係者が一致団結して取り組まなければならない。そうなると関係者間の調整だけで、長期間を要してしまうだろう。
しかし、本人同意原則の導入に関しては、個別企業がそれを実施すると決めてしまえば、容易に実行可能なのだ。
第2に、本人同意原則には人事制度の大きな改定が必要ない。極論をいえば、現行の人事制度を一切変えずに、運用として人事異動を実施する前に本人同意を得ればいいだけだ。もちろん、できれば就業規則に事前の本人同意が必要なことを追記することが望ましいだろう。
■社内公募や人事異動の扱い方
人事異動における本人同意とは、社内公募のことであり、その導入のためには人事制度の改定が必要ではないかという疑問があるかもしれない。たしかに社内公募では、本人の意思に基づき新しい部門への人事異動が行われる。これは本人同意に基づく人事異動のひとつである。
しかし、人事異動における本人同意とは、社内公募に限定されない。企業が主導して行われる通常の人事異動の際に、その人事異動に対する同意を本人から得ることが、本人同意原則の導入を意味している。そもそも社内公募とは、欠員補充方式の人事異動という特徴を有する。
他方、企業主導の人事異動では、欠員が生じなくても人事異動が行われることが多い。企業は、自社における社内公募と人事異動の重みの位置づけを個別に決定すればよい。社内公募を主として企業主導異動を従とする、社内公募と企業主導異動を同等の重みで扱う、企業主導異動を主として社内公募を従とする。このいずれの人事ポリシーにおいても、本人同意原則は導入可能なのである。
そして本人同意原則を導入しても、知的熟練論におけるOJTの強みは引き続き活かすことができる。むしろ本人の意向が反映されることで、OJTの精度が向上し、はば広い専門性の醸成が従来以上にうまくいく可能性もある。
■異動希望を全て叶える必要はない
なお、本人同意原則の導入は、本人の異動希望を必ず叶えるということを意味してはいない。企業側が提示した異動案は、本人が同意しない限り実行されない。しかし、本人側の異動希望に企業側が必ず従う必要はない。
社内公募にしても、公募先の職場が応募者の異動に同意(公募面接を合格させる)しなければ、異動は成立しない。つまり本人同意原則の導入とは、企業と個人が人事異動に関するお互いの意向をすり合わせていくことなのである。
企業と個人が意向をすり合わせる努力を、お互いに継続的に行うことは、無限定性を前提とした企業と正社員の相互期待である日本企業型パターナリズムを縮小させていくだろう。
昨今では、本人同意原則を導入する企業事例が増加しつつある。その主な事例を紹介したい。

■サイボウズやカゴメがすでに改革を実施
ICT企業においては、サイボウズが以前から本人同意原則を導入していたことで有名である。サイボウズでは近年この原則を「100人100通りのマッチング」と表現している。
その本質は、会社の成長と個人の幸福の両立である。「100人100通りのマッチング」とは、個人のワガママがなんでもまかりとおる、ということを意味しない。まさに企業と個人のお互いの意向の不断のすり合わせの努力を意味している。
このサイボウズの本人同意原則は、同社の離職率の低下と、卓越した組織マネジメントを有する企業としてのブランディングを形成し、同社の成長につながった。
また、製造業であるカゴメが本人同意原則を導入していったきっかけは、同社の人事部門のトップと現地法人の社員たちとの会話であった。人事部門のトップが、日本企業における本人同意のない単身赴任の実態を話すと、現地法人の社員たちが「それは何かへの罰なのか」と口々に驚きを表明したのだ。
カゴメではこれが契機となり、地域カードという転勤回避か希望地への転勤が3年間(2回行使できる)可能になる仕組みを導入した。くわえて企業主導の異動は企業と個人がお互いの意向をすり合わせて実施される。
また管理職への昇進も手挙げ制であり、本人の昇進意思が前提となる。強大な人事権を手放し本人同意を得ることには、カゴメのように、人事異動のみならず昇進も含めるべきであろう。
■「社員の意向を先に聞く」のがポイント
人事異動、特に転勤に本人同意原則を導入することは、事業運営に支障が出ると懸念する企業も多いのではないだろうか。
この点については、ギャップジャパンの取り組みが参考になる。ギャップジャパンの場合、正社員である店長には、全国の店舗への転勤の可能性がある。しかし、その転勤は本人同意が原則になっている。
実は、本人同意原則を導入したうえで、全社的な転勤の計画を作成することには試行錯誤があったという。転勤計画は、玉突き図による総合的なものだ。しかし転勤計画作成後に、ひとりでも同意していないことが判明すると、玉突き図は最初から作り直しになる。
これを避けるため、ギャップジャパンでは管理職とチームメンバーの定期的な面談で、ライフキャリアに関する情報を吸い上げる。その際には、長期的なキャリア目標と短期的なキャリア目標の両方について話し合う。こうした努力がなければ、本人同意原則を前提とした人事異動計画を作成することは難しいのだ。

■個人を尊重するから人事異動が成立する
ギャップジャパンの事例では、次のことが参考になるだろう。たしかに、本人同意原則を前提とした人事異動(転勤を含む)の運用には手間がかかる。しかし、その手間よりも個人の尊重を企業の姿勢として優先していることが、社内に明確に伝わることになる。
また、本人同意原則が存在するがために、管理職とチームメンバーの間のキャリアに関する話し合いは真剣に行われる。これは、管理職とチームメンバー双方の対話能力を向上させるであろう。昨今では、管理職はチームメンバーの私生活の情報を聞き取ることに慎重であるとされる。
もちろん、無理に私生活の情報を聞き取ることは避けるべきだろう。しかし、チームメンバーが配慮してほしい私生活の情報を企業に自ら申告することは、なんら問題がないはずだ。
本人同意原則を前提として、管理職とチームメンバーの間のキャリアに関する話し合いが真剣に実施されれば、チームメンバーが配慮してほしい私生活の情報を企業に申告することが容易になるはずだ。
■ジョブ型人事制度は必須ではない

さらに最近では、ジョブ型人事制度の導入とともに、本人同意原則が導入される事例がある。富士通では、2020年からジョブ型人事制度を導入した。その一環である社内公募においては、社員のキャリアの希望が反映される。これまでに約2万7000人が応募し、約1万人がそれによって実際に異動したという。
中外製薬は2025年1月6日に、新人事制度を導入した。制度の趣旨として、企業主導の人事異動を改めることを明確にしている。具体的には、グループの全ポジションの要件を社内に公開し、空きポジションは公募とし、社員の自律的な意思で異動できる制度に変革した。
富士通と中外製薬の事例は、ジョブ型人事制度の導入に伴うものだ。しかしあえて繰り返しになるが、本人同意原則の導入において、ジョブ型人事制度の導入は必要条件ではない。各社が独自の取り組みの中で実現すればいいし、制度変更でなく、運用変更でも可能である。
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石山 恒貴(いしやま・のぶたか)
法政大学大学院教授
一橋大学社会学部卒業。産業能率大学大学院経営情報学研究科修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了。博士(政策学)。NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。主な受賞として、経営行動科学学会優秀研究賞(JAASアワード)、人材育成学会論文賞、HRアワード(書籍部門)入賞など。著書に、『日本企業のタレントマネジメント』(中央経済社)、『時間と場所を選ばないパラレルキャリアを始めよう!』(ダイヤモンド社)、『越境学習入門』(共著、日本能率協会マネジメントセンター)などがある。
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(法政大学大学院教授 石山 恒貴)
