“負ける気がしなかった”パリ五輪を回想。山本理仁が思うメダル獲得に必要なこと。世界との差は「やはり…」
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僕が小学生だった頃は、練習が始まる1、2時間前にはグラウンドに行って、ボール回しやミニゲームばかりやっていました。それからトレーニングが終わった後にも、今度はコーチたちも混じったりして、また同じように1、2時間やるというのを繰り返していました。
アカデミー時代は今、プロの世界で活躍されているヴェルディ出身の先輩たちを見て育ってきました。ジュニアの頃にはユースの試合を見に行って応援して、自分もあんなふうになりたいと思っていたのを覚えています。
海外の選手で言えば当時、バルセロナにいたセルヒオ・ブスケツ選手に憧れていました。自分もずっとボランチをやっていて、相手の逆を取るのが好きで、試合前なんかは彼のプレーをよく見ていました。
自分は高校2年生の時にトップチームに昇格しました。最初の頃は全然、プロの試合に出られませんでしたし、出られる気配も全くありませんでしたが、それでもずっとやれる自信は持っていましたし、使ってくれと思っていました。
ヴェルディで幼い頃からずっと育ってきて、周りも昔から自分を知ってくれている方が多かったので、すごくプレーしやすい環境でしたし、ありがたかったです。
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U-23日本代表の一員として戦った昨夏のパリ五輪では、チームは準々決勝でスペインに敗れてメダル獲得を逃した。それでも山本自身は全4試合に先発出場し、ボランチながら2得点の活躍を見せるなど結果を残した。
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振り返ってみると、パリ五輪は素直に楽しかったです。友達や家族が現地に来てくれて、テレビ応援してくれた方たちにも喜んでもらえて幸せでした。
プロに入ってから、今まで通算で3点とかしか決めていなかったのに、あそこで2点も決められて、正直、持ってるなとは思いましたね(笑)。
それでもメダルを取れずに終わってすごく残念です。正直、あの時は本当に負ける気がしませんでした。
チームのクオリティでいえば、東京五輪の時の日本代表のほうが高かったと思います。自分たちは周りから東京のメンバーのほうがすごいとずっと言われてきて、パリ五輪の前には「この世代、大丈夫か」と批判をされたりもされました。それを見返したい気持ちもありましたし、オーバーエイジなしでメダル獲得という目標を掲げていたので、すごく悔しいです。
0−3で敗れた準々決勝のスペイン戦は悔しくて、すぐに振り返ったり、映像を見返したりはできませんでした。でも最近、あの試合を見てみると、チームとしても個人的にも、パフォーマンスは思っていたより悪くなかったなと思いました。
あの時のスペインは、今季ラ・リーガで優勝したバルセロナでバリバリ出ている選手が多数いて、タレント揃いでしたが、ある程度やれるなという手応えも感じました。
しかしミリ単位のパスのずれなど、細かい部分の差はもちろんありますし、やはり足りなかったのは個の力で、それがすべてです。そこで優位に立てていたら、サイドで時間が作れたり、スペインのように相手を広げながら攻撃できて、自分たち主導のサッカーができていたと思います。
世界のトップレベルを体感できて、あのような大舞台にもう一度立ちたいというモチベーションは一層湧いてきました。
最後にあらためて今後の目標を訊いた。また海外で生活するようになり、新たな趣味ができたようだ。
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来シーズンはリーグ戦全試合に出て、数字の部分ではアシストとゴールを合わせて2桁いけたらと思っています。
その先は5大リーグに行くことしか考えていないですし、ブンデスリーガやラ・リーガ、プレミアリーグでもプレーしたいです。A代表にももちろん入りたいです。譲瑠が選ばれていますし、ベルギーで活躍すれば見てくれているなとは感じているので、自分は結果を出すだけです。チームで良いプレーをして、それが代表につながっていくと思っています。
オフの日の過ごし方は最近で言ったら旅行をすることが増えました。いろんなところに行くのが今の自分のブームですね。連休があれば、近くのパリやロンドンに行ったりしています。他にもスペインのサン・セバスチャンやローマ、ドバイ、年末年始はロサンゼルスにも行きました。1番印象に残っているのはローマですかね。ご飯がとてもおいしかったです。
服や時計などファッションはずっと好きで、ショッピングならヨーロッパのアウトレットはめちゃくちゃいいんですよ。いろんなブランドの物があって。でも物のクオリティは圧倒的に日本の方が高いです。帰って来た時はいろいろ買ってしまいます。
※このシリーズ了
取材・構成●中川翼(サッカーダイジェストWeb編集部)
