(写真:アフロ)

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「まだ震災前のところには戻りきらなかったり、またそれ以上に進んでいってなかったり、っていうことがたくさんあると思います。(中略)僕自身も、これからも皆さんの活動を応援しているので、これからも頑張ってください」

9月2日、北海道厚真町の公式YouTubeチャンネルに出演し、メッセージを寄せた羽生結弦(28)。動画は、’18年の北海道胆振東部地震から約5年がたった今、厚真町の現状や感謝の気持ちを伝えるためのものだという。

「羽生さんは動画内で、厚真町のハスカップ農家・山口善紀さんという方と中継をつないで対談していました。実はこの2人が顔を合わせるのは、これで2回目。初めて会ったのは’19年、『24時間テレビ』(日本テレビ系)の企画です」(スポーツ紙記者)

北海道での地震の翌年、羽生は当番組で山口さんが代表を務める「ハスカップファーム山口農園」を訪れていた。

厚真町は最も深刻な被害を受けており、山口農園も500本以上の木が土砂に埋まったという。羽生は被災状況を見聞きし、ハスカップを食べ、ハスカップスムージーを飲み、山口さんとの交流を深めた。

そして翌日、山口さんを招待した特別アイスショーで、復興への祈りを込めて『春よ、来い』を披露したのだ。

くしくも今夏、羽生は’14年から9年間出演を続けていた『24時間テレビ』を“卒業”していた。

「どうして番組に出なくなったのか、ファンは心配していました。ですが厚真町の動画で、テレビに出演しなくてもこっそり復興支援を継続してくれていることがわかって、やはり彼はさすがだと思いました」(羽生ファン)

極秘で行われていた、羽生の支援活動。その裏側について、山口さんご本人に話を伺った。

「震災後、全国各地から支援いただいたなかでも、東北からの支援がいちばん多かったと聞きました。そこで厚真町としては、動画を通じて、特に東北の方に強く感謝を伝えたいと思ったそうです。もし羽生さんに協力いただけたら、東北の方々がたくさん目にしてくれるかなということで町からお願いしたら、快諾していただけたみたいで。そのあとに、僕に対談の依頼がきました」

対談当日は、久しぶりの再会に、懐かしさと喜びがあふれたという。

「また羽生さんに会えたことは、間違いなくうれしかったです。ハスカップを食べたとき、前回の味と比べて、『あのときよりえぐみが少ないかもしれない』と感想を話してくれたことに大変驚きました。覚えてるんだ、と思って……。それに私が、『たぶん日本一おいしいハスカップだと思います』と言ったら、羽生さんが『たぶんじゃなくて、絶対ですよ!』と返してくれたのもうれしかったですね」(前出・山口さん)

そんな山口さんには、感涙して4年間胸に秘めてきた羽生の言葉があるー。

「『24時間テレビ』の取材が終わって帰られるタイミングで、羽生さんは『僕を利用してください』って言ったんですよ。彼はおそらく、自分が足を運ぶことが宣伝になるというのをわかっているんでしょうね」

復興のためなら、全力でサポートすることをいとわないのが羽生の信条だ。’18年、平昌五輪で金メダルを獲得した際の会見でも、

「メディアの技術だとかそういうものが上がっていて、僕はこれだけ注目されながら演技をすることができているので、(中略)そのお力をもうちょっといただいて、また復興の力にもしていただけたらいいなと感じています」

と語っていたほど。

「その言葉に含まれる強さとか優しさとかに感動して、かえって彼を利用したくないと思ったんです。今まではSNSにも、“羽生結弦”という名前は逆に書かないようにしていました」(前出・山口さん)

名前を出さなくても、放送後の反響は大きかった。放送直後に出店した祭りではスムージー約980杯が完売し、物産展には2時間待ちの行列ができたそうだ。

「復興について話したとき、羽生さんは『食べることで応援できるなら、食べます!』とおっしゃっていました。その言葉を受けて、羽生さんのファンの方がいっぱい食べに来てくださいました。“おいしい!”と喜んでくださって、本当にたくさんのエールもいただきました」(前出・山口さん)

■羽生ファンの応援で百貨店から出店オファー

そして、羽生とファンによる支援は一時的な流行で終わらず、今でも復興の力になっているという。

「今年4月、仙台の百貨店の催事に出店しましたが、それは羽生さんのファンの方々の声で実現したことでした。バイヤーから『“山口さんを呼んでください”とたくさん言われたので……』と、オファーが来たのです。羽生さんが表紙のスケート雑誌で出店を取り上げていただいたこともあります。東北からの支援が多かったのにも、羽生さんの影響が大きかったと思います」(前出・山口さん)

最後に山口さんは、対談で伝えきれなかった羽生への感謝を告白してくれた。

「まずは震災直後に厚真町に来てくれたことにお礼を言いたかったです。今でも、彼の生きざまを見ていると、自分も頑張ろうと勇気が湧いてきます。この誌面をお借りして、『ご結婚おめでとうございます』ともお伝えしたいですね。いつか、ご家族にもハスカップを食べていただきたいです!」

東日本大震災で自らも被災した羽生は、

「僕の中では、ずっと被災地について考えていくことが大きな使命だと思っています」

と’14年に宣言して以来、この言葉を裏切ることはなかった。これからも一生を懸けて復興に携わっていくーー。