浙江緑城のU-18で監督を務める西谷氏。中国で先駆者になりたいと情熱を注ぐ。写真:松尾祐希

写真拡大 (全2枚)

 齋藤学(現・ベガルタ仙台)や水沼宏太(現・横浜F・マリノス)らの育成に携わってきたひとりの日本人が、異国の地で新たなチャレンジを続けている。

 西谷冬樹、53歳。26年に渡って横浜に籍を置き、ジュニア年代からユース年代で指導してきた。2019年シーズン限りで愛着のあるクラブを退団すると、20年からは中国に渡ったのだ。

 新天地は中国1部リーグに所属する浙江緑城足球倶楽部のU-18チーム。監督として迎え入れられ、有望株の育成を手助けする形になった。

 浙江緑城というチーム名に聞き覚えがないかもしれないが、杭州緑城足球倶楽部の名は耳に覚えがあるだろう。杭州緑城は岡田武史氏が2012年から2年間率いたチームであり、2021年からクラブ名を「浙江緑城」と変えて活動している。

 なぜ、西谷氏は中国で再スタートを切ることになったのか。きっかけは岡田氏の存在だった。

 岡田氏がオーナーを務める今治FCと2016年から業務提携を結んでおり、今治に加わった西谷氏は出向という形で浙江緑城のU-18チームで指揮を取ることになった。

 しかし、クラブに加わった20年の春はコロナ禍の真っ只中。特に中国は規制が厳しく、渡航が簡単にできない状況に陥っていた。しかも、単身赴任となれば、自分の意思だけでは決められない側面もある。だが、西谷氏の気持ちは揺らがなかったという。

「コロナが流行るなんて思ってなかったですよね(笑)。ただ、途中で中国に行くのが嫌だなとか、渡航を止めようかなみたいな気持ちにはならなかったです」

「イングランド、スペイン、ドイツ、ブラジル、セルビアなどいろんな国から指導者が来ている。日本にいると日本の指導者がほとんどだけど、中国にはいろんな国の指導者と関われる。そのなかで一番になりたいんです。日本人ができるというのを見せたい」
 
 確固たる決意で指導にあたったが、就任当初は多くの困難に見舞われた。コロナ禍のため、渡航ができずに最初の8か月間はオンラインでの指導となった。クラブ側からの要請で試合映像をリアルタイムで見ながら指示を出したが、インターネット回線の問題で上手く伝わらない。

 30秒ほどのラグがあり、自分が指示を伝えても、すでに次のプレーに移行している状況は日常茶飯事。スタッフとも直接対面できず、当然オンラインだけのやりとりで関係性を構築するのは難しかった。渡航後も通訳を介しながらコミュニケーションを取ってきたが、日本と中国の文化の違いに戸惑ったという。

「中国はトップダウンで物事が進んでいく。だから、言われないと選手たちはやらない。逆に言えば、言われたことはやる。でも、それ以上はやらない。そういう思考が根強くて、自分たちで考えさせるように仕向けているけど、気づくまでに時間がかかる。居残り練習をする選手もほとんどいないんですよ。なので、いつも彼らに『サッカーが好きか?』という投げかけはしていますね」

 そうしたメンタリティの違いは、試合中にも現われる。

「大差がついてしまうと、選手たちは諦めてしまうんです。もう俺ら無理でしょうと。2、3点の差がついてしまうと5点、6点と取られてしまう」

【PHOTO】優勝候補を続々撃破!勢いそのままにインターハイを制した明秀日立イレブンの笑顔を厳選!
 プレー面でも大きな違いがある。

「(サイズはめちゃくちゃある一方で)ステップワークがまだまだ。切り替えのスピードも中国国内ではある程度速いけど、対戦相手が遅いのである程度はできてしまう。中国のサッカーはプレッシングの概念があまりない。僕たちのチームはまだあるけど、基本的には引いて守ることが多いんです。日本のチームと対戦すると、前からどんどん来るので判断を奪われてしまい、技術が出せなくなる。切り替えと判断のスピードはもっと上げないといけない」

 そうした違いを知るべく、コロナ禍で行なえていなかった日本遠征を今夏に就任後初めて実施できた。8月上旬に日本のU-18年代の強豪チームが集まる和倉ユース大会に参加し、終了後は日大藤沢、横浜ユース、鹿島アントラーズユースとのトレーニングマッチを組んだ。また、空いた時間には横浜のトップチームの練習を見学するなど、2週間の遠征で未知との遭遇ができる環境を整えたのだ。

「国際大会で通用するチームを作るためには、定期的にアジアのトップランカーである日本に来て、戦う経験を積む。スタンダードを上げて、次は違いを出していく。彼らは高さがあるけど、ロングボールの競り合いが得意ではない。相手のほうがちゃんとボールに当てて前に弾いているし、コーナーキックとかでもそうだけど、先に触られている。優位性をどうやって活かすか。空間認知能力やヘディングの技術を高めていくとか、出し手のクロス精度やマークの外し方などをしっかり学べば、優位性は活かせると思う」
 
 和倉ユース大会はグルーステージで敗退するなど思うように結果を残せなかったが、幸いチームには6月のU-17アジアカップに中国代表として出場した選手が数名いる。U-18年代でも2年後のU-20ワールドカップを目ざせるタレントも多い。チームは昨年中国の全国大会で優勝するなど、広州足球倶楽部(旧・広州恒大)、山東泰山足球倶楽部(旧・山東魯能)といった育成年代の2強に割って入るだけの力を付けてきた。

 西谷氏はそうした選手たちをいかに育て上げていくのか。中国で成功した日本人指導者はまだいない。「誰もやっていないことをしたい」と笑顔を見せた西谷氏は、異国の地で先駆者になりたいと情熱を燃やす。中国で刺激的な日々を送りつつ、選手のために今日もまたグラウンドに足を運ぶ。

取材・文●松尾祐希(サッカーライター)