トラックだけどスポーツカー的!? モーターをリヤミッドシップに搭載したEVトラック「三菱ふそうeキャンター」に試乗

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■バリエーションが1車型から28車型に大幅拡大

【画像】eキャンターの多様なラインアップ

三菱ふそうトラック・バスは、小型トラックのキャンター誕生から今年で60周年を迎えた。国内でもよく見かける小型トラックだが、現在12の海外マーケットでノックダウン生産が行われていて、世界70カ国以上で販売されているというグローバルモデルである。

キャンター誕生60周年に合わせる形で、2023年3月9日に登場したのが2代目eキャンター。そのネーミングからもわかるように電気自動車(EV)のトラックだ。国内では同社が草分け的存在で、2017年に国内初の量産型電気小型トラック「eキャンター」を発売した。その後ポルトガルでも生産され、現地生産車はおもにヨーロッパに輸出されて好評を得ている。新型も川崎工場とポルトガル工場で生産される。


●左はeキャンターEX(拡幅キャブ・車両総重量8トン)/中と右はeキャンター(標準キャブ・車両総重量6トン)

フルモデルチェンジの最大の特徴が、独自開発の電動アクスルである「eアクスル」を採用したことだ。リヤに駆動モーターとインバーター、減速機とデフを一体化したeアクスルによって、従来使用していたプロペラシャフトなどのドライブトレーンが不要になり、設計やレイアウトの自由度が飛躍的に高まった。こうしたeアクスルを採用する乗用EVはあるが、トラックでは珍しい。交流同期モーターはボッシュ製を使用していて、デフとリダクションギヤは2室に分かれていて、オイルもデフ用(デフオイル)とギヤ用(トランスミッションオイル)を使っているという。


●後輪にはリダクションギヤ、モーター、インバーターが一体化されたeアクスルを採用


●今までエンジンとトランスミッションがあった場所には、キャブエアコン用のコンプレッサー、DC/ACコンバーター、PTCヒーター、オンボードチャージャー(普通充電のための車載充電器)、急速充電用インターフェースの5つを設置

外観は通常の小型トラックと大差がないが、運転席や助手席がある車室空間であるキャブ(運転台、キャビン)をチルトさせてラダーフレームを見ると、先代のeキャンターとはまったく違うことがわかる。先代はディーゼルエンジンをモーターに置き換えたため、インバーターやバッテリーの搭載位置に制約が多く、その結果小型トラックに求められるバリエーション展開が難しかった。特に小型トラックは配送用から冷凍トラック、ゴミ収集車など、いろいろな架装が行われて用途別に仕立てられる。先代はそうしたすべてのニーズに応えることができなかったわけだ。だが、新型はeアクスルを使いシンプルなレイアウトにすることで、従来1型式(車両総重量7.5トンクラス)だったシャシー展開から日本国内モデルでは合計28型式(車両総重量5トン~8トンクラス)ものシャシーラインアップを用意できるようになった。


●先代 eキャンター(車両総重量7.5トンクラス)は1型式のみのバリエーションだった

新型eキャンターが車型を28種にも大幅に増やせたのは、新たに動力取り出し装置であるePTO(パワー・テイク・オフ)を装備したことが大きい。先代はエンジン車と同じ架装を行うことが難しかったが、新型はeアクスルを採用したことで、エンジン車と同じキャブ下にePTOをレイアウトすることができた。これによってダンプやキャリアカー、クレーン車、ゴミ収集車などの架装がエンジン車用のものがそのまま使える。特殊な架装をしなくて済むため購入費用が抑えられ、EVトラックの普及がさらに促進されるはずだ。架装で油圧を使う場合はePTOに油圧ポンプを付けることで対応でき、冷凍トラックはePTOにプーリーを付けてコンプレッサーを駆動することができる。


●モーター式の動力取り出し装置「ePTO」を採用して多様な架装に対応する


●ePTOの採用によって新型はダンプの架装も実現

■バッテリーを最大3個まで搭載可能

新型のもう一つの大きな特徴は、バッテリーモジュールをホイールベースの長さに合わせて最大3つまで搭載可能であること。しかもプロペラシャフトなどがないためバッテリーは、ラダーフレームの下を貫通でき、車幅いっぱいまで拡大できた。バッテリーはラダーフレームに防振マウントを介して取り付けられていて、バッテリーケースは激しい側面衝突を受けても重大事故に発展しないように設計され、グランドクリアランスもタイヤ外径をアップさせることで十分に確保している。衝突事故などの重大なダメージでは自動的に安全装置が作動するが、車両の右側側面にはマニュアルで高圧バッテリーからの電気の供給を遮断する緊急ボタンを装備。一度作動させるとその場での復帰はできない仕組みで、整備場に入庫後の点検でダイアグコード(故障診断)を消去する必要がある。


●バッテリーモジュールを1個搭載の場合(Sサイズ)。バッテリーはフレームの下側に車幅いっぱい近くまで配置


●バッテリーモジュールを3個積んだ場合(Lサイズ)

モジュールタイプのバッテリー(リチウムイオン電池)はS(1個搭載)、M(2個搭載)、L(3個搭載)とわかりやすい3サイズの設定で、車種に応じて航続距離が99km(60km/hの定速走行)から最大で324kmまで設定されている。バッテリーのSサイズは標準キャブとワイドキャブの設定で、航続距離は標準キャブが116km 、ワイドキャブが99km。バッテリーを2個積むMサイズは、標準キャブとワイドキャブが設定され、航続距離は標準キャブが236km、ワイドキャブが213km。もっとも航続距離が長いバッテリーを3個積むLサイズは、ワイドキャブとワイド拡幅キャブ(ワイド拡幅キャブ車の車名はeキャンターEX)で両方とも航続距離は324kmとなっている。バッテリーは中国のCATL製で、これは三菱ふそうがダイムラートラック傘下のため、グローバルな調達によってCATL製になったわけだ。


●運転席側に設置されている充電口。左が急速充電用で、右が普通充電用


●外部給電機能(パワーステーションが別途必要)の採用も新型の特徴である

■静かで軽快な走り


●バッテリーモジュールを1個搭載(Sサイズ)したドライバン仕様(標準キャブ・車両総重量6トン)

まず試乗したのは、バッテリー1個を搭載するSサイズのドライバン仕様。配送によく使われていて街で見かけるリヤが四角い箱の荷室になっているタイプだ。運転席に座るとずいぶんモダンなデザインになったと実感。先代はエンジンを搭載するモデルと大きな差がなかったが、新型はEVモデルらしく電気の高圧配線のオレンジ色が多用されていて、乗用車のようなデザイン。特にエアコンのエアアウトレットは丸形で内側のフィンがキーカラーのオレンジにカラーリングされている。ステアリングのステッチもオレンジでスイッチ類の文字色もオレンジというこだわりようだ。また。乗用車のようにステアリングスポーク上に操作ボタンがレイアウトされていて、メニュー操作がラクになっている。新たに採用された10インチの液晶メーターは、電池残量などがバーグラフ状に表示されていてとても見やすい。





スタートシステムは先代とは違い、乗用車で一般的になったスタートボタンが廃止された。一見すると時代が戻ってしまったように感じるが、じつは先代はリモコンキーをキーホールに刺さないとプッシュボタンが使えなかったのだ。配送業者などは一日に何度も乗降し、キーを抜き差しするのが面倒ということで、新型は乗用車で一般的になったキーフリーシステムを採用。キーを身に着けていれば自動で認証され、ステアリングポストのスイッチをエンジン車と同様にひねると始動できる。エンジンのトラックに乗り慣れた人でも迷わず始動できるようにしたわけだ。電動パーキングブレーキ(EPB)も採用されていて、停止時にPレンジボタンを押すと自動的に作動する。乗り降りが多い宅配業者などには、とてもうれしい装備だ。


●Pレンジボタンはシフトノブの右下にある


●電動パーキングブレーキのスイッチ

出足は静かで軽快。アクセルを少し大きく踏み込むとトラックとは思えないほど力強い加速が確かめられる。最高出力150馬力、最大トルク430Nmのスペックらしいパワー感で、車重の重さをまったく感じさせない。例えば乗用車の日産 アリアB6を例に挙げると、最高出力218馬力、最大トルク300Nmだが、アリアより加速感は遅いものの430Nmのトルクは太く、低速域の加速は力強い。市街地を中心にした配送業務ではディーゼルエンジン車より確実に加速感がよく、かつ静かで滑らかな走りのため、きっと運転の疲労感が少ないはずだ。

先代eキャンターと比較試乗したが、決定的に違うのはリヤの動きである。eアクスルは極めてスムーズな動きを披露。低速できついカーブを曲がるとき、エンジン車は駆動左右輪の差動でタイヤの抵抗感があるがeアクスルは抵抗感がない。さらに旋回スピードを上げるとロールの進行が緩やかで少ないこともわかる。新型はスポーツカーでいえば重いバッテリーをミッドシップに搭載していることになるから、重心が低く前後のロールバランスがいいわけだ。

こうした感想を同乗していたエンジニアに伝えると、じつは重心だけではなく、シャシー剛性がアップしたこともフィーリングアップにつながっているという。というのは、先代はバッテリーがプロペラシャフトを避けてラダーフレームの左右に搭載するタイプだが、新型は(もともとプロペラシャフトがないので)フレーム下を貫通するタイプ。強固なバッテリーケースが防振マウントを介して取り付けられているが、バッテリー自体がフレームメンバーのような効果があるため、ラダーフレームのねじり剛性がアップしているのだという。

■できればACCを設定してほしい


●登坂路をテスト走行する

テストコースの10%登坂路の途中で停止して再発進を試すと、ヒルホールドが作動してクルマのずり下がりを防止してくれる。その間にアクセルを踏むとスムーズにスタート。このスムーズさがじつは大切で、EVならではの優しい発進のおかげで荷崩れする可能性が少ないのだ。次は急な下り坂で回生ブレーキの作動を確認。シフトレバーを上下させることで操作する。先代eキャンターでは回生が2段のハイとローしかなかったが、新型は4段に進化。回生が最大になる4段目を使うと、ほとんどの場面をワンペダルで走ることができる。12%の下り勾配でも回生が最大になる4段にしていれば、ほとんど車速が上がることはない。平坦路でアクセルを戻すとスムーズにブレーキを踏んだように減速してくれるため、通常のドライビングなら4段にしたまま1ペダルで走るほうがラクだ。


●バッテリーモジュールを2個搭載した(Mサイズ)ドライバン仕様(標準キャブ・車両総重量6トン)


●バッテリーモジュールを3個搭載した(Lサイズ)ウイング仕様(eキャンターEX 拡幅キャブ・車両総重量8トン)

バッテリーを2個搭載したロングホイールベースのドライバンもドライビングしたが、基本特性はバッテリー1個のモデルと同じだ。ボディが大きく、車重も重くなったため加速や動きはゆったりした感じになるが、スムーズさは変わりない。これはバッテリー3個を搭載したウイング(荷室の扉が羽のように開く)仕様でも同じだ。3車に共通するのは旋回時にリヤの駆動輪の動きがスムーズであることだ。アクスルとデフ、リダクションギヤモーター、インバーターが一体なったeアクスルは、従来の駆動タイプと走りのスムーズさに決定的な違いがある。

ADAS(先進運転支援システム)の機能も乗用車並みだ。トラックならではの左折巻き込み防止機能のアクティブ・サイドガード・アシスト1.0は、被害軽減ブレーキ機能が付けられている。もちろん衝突被害軽減ブレーキのアクティブ・ブレーキ・アシスト5を標準装備し、ドライバー注意監視システムのアクティブ・アテンション・アシストもオプションで用意され、車線逸脱警報装置も備わる。だが不思議だったのがACC(追従クルーズコントロール)の設定がないことである。デバイスとしては高精度のミリ波レーダーが搭載され、フロントカメラも付けられているからACCの機能が装着できるはずだ。その点をエンジニアに聞くと、EVということで市街地の配送が多いためACCを設定していないのだという。だが、バッテリーを3個搭載するLサイズでは航続距離が324kmもあり、高速道路を走行する可能性があるのだから、ぜひACCも設定してもらいたいと感じた。


●左折巻き込み事故のリスクを低減するアクティブ・サイドガード・アシスト1.0の警報ランプ


●左側方にあるミリ波レーダーで左折時の歩行者や自転車、バイクを検知。左側への車線変更時には車両も検知する

トラックを中心にした物流業界では、労働時間が短縮され、ドライバー不足が加速して物流能力が大幅に低下する、いわゆる「2024年問題」が喫緊の課題である。eキャンターのように運転しやすいモデルを増やすことで、トラックドライバーが増加すれば、2024年問題が解決する一助になるかもしれない。

〈文=丸山 誠/写真=北村誠一郎〉