【菊花賞】アスクビクターモア「さあ、かかってこい!」こだわり抜いた先行策

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2022菊花賞(GI)アスクビクターモアが優勝 写真:東京スポーツ/アフロ

~第83回菊花賞回顧~

「さあ、かかってこい!」――

菊花賞の第4コーナー、先頭に立ったアスクビクターモアは迫りくる17頭にそう叫んでいたように見えた。

65年ぶりに皐月賞、ダービーの連対馬が不在となった今年の菊花賞。ゲート入りした18頭すべてに勝つチャンスがあるとはいえ、クラシックホースの金看板に見合う実績を備えた馬はごくわずかだったように思う。そうした実績馬の1頭こそ、アスクビクターモアだった。

春は弥生賞を勝利してクラシック戦線に乗ると、皐月賞は5着、ダービーは3着とともに掲示板入り。いずれも人気以上に好走して十分健闘してみせたが、彼の前には常に何か別の馬がいた。

直線ではいつも早めに先頭に立って押し切ろうとしていたが、最後には何かに差されてしまう。そんなもどかしいレースを繰り返して、アスクビクターモアの春は終わった。

父は菊花賞どころか牡馬三冠を制覇したディープインパクトで母父には天皇賞(春)を制したサクラローレルを輩出したレインボウクエストという組み合わせの血統構成を持つアスクビクターモア。

この血統を見た識者は「秋こそはビッグタイトルを掴むだろう」と予知したことだろう。

昨今の日本競馬界には見られない重厚な血統の持ち主だけにひと夏を越えた菊花賞が楽しみと期待されていたが、それも前哨戦のセントライト記念でガイアフォースに敗れたことでその期待は不安へと変わっていった。

しかもセントライト記念でもアスクビクターモアは早めに先頭に立って押し切ろうとして、道中から徹底的にマークしていたガイアフォースに最後差されている。

春のクラシック戦線と全く変わらない負け方は少なからず今回の菊花賞に影響を及ぼした。

だからだろうか、実績ならば間違いなく出走馬でナンバーワンだったにもかかわらず、菊花賞当日のアスクビクターモアの単勝オッズは4.1倍の2番人気。

「堅実だけど、何かに差される」という印象がこの人気につながったように思う。

 そうして迎えたレース。ややばらつきのあるスタートから勢いよく先頭に立って行ったのはセイウンハーデスだった。

軽快な走りで後続に3馬身~4馬身近い差をつけていったが、その2番手に付けたのがアスクビクターモア。毎回のように最後に差されてきたにもかかわらず、徹底した先行策で走る彼の姿はどこか頑固で昔気質な職人の姿を感じさせた。

 外連味のない逃げで先頭を奪ったセイウンハーデスは前半3ハロンを34秒9、ホームストレッチに入った後の前半1000mを58秒7という速いペースで駆け抜けた。これは過去10年の菊花賞の中でも最も速い通過タイムとなった。

 先行した馬がこれだけ速いペースで走れば、当然レースは後半の差し脚勝負になることは明らか。

この流れをずっと2番手で追走してきたアスクビクターモアにとってはかなり厳しい条件になるのは間違いなかったが......アスクビクターモアはしっかりと折り合いをつけてスムーズに走っていた。

 そうして迎えた3コーナー、アスクビクターモアが動いた。

前を行くセイウンハーデスがバテ始めたのを見ると、積極的に動いて先頭を奪いに行った。セイウンハーデスだけでなく、他の先行馬たちもバテてきたところに後ろにいた馬たちが一気に上がってくるかたちになったので、4コーナーに入るところではアスクビクターモアだけがポツンと先頭に立っているような構図となった。

「さあ、かかってこい!」......


2022菊花賞(GI)アスクビクターモアが優勝 写真:日刊スポーツ/アフロ

そう言わんばかりの走りで4コーナーで先頭に立ったアスクビクターモア。これだけの速いペースを2番手で追走していたにもかかわらず、直線に入ってもまだ後続を突き放しにかかった。

そんなアスクビクターモアに迫っていったのがボルドグフーシュとジャスティンパレス。ともに神戸新聞杯で好走して本番を迎え、後続で静かに脚を溜めていた2頭は爆発的な末脚で前を行くアスクビクターモアに迫っていく。

残り100m、これまで先頭を走ってきたアスクビクターモアにもついに疲労の色が見え始め脚が上がりだすと、それを待っていたかのようにボルドグフーシュとジャスティンパレスが追い詰めていった。

その姿は皐月賞やダービー、秋緒戦となったセントライト記念と全く同じように見えた。早めに先頭に立って押し切ろうとするも、最後に何かに差されてしまうというアスクビクターモアのいつものレース振りと思えたが......この大一番でアスクビクターモアは奮起。

最後まで懸命に粘った結果、ボルドグフーシュと並んだところでゴールを迎えた。

 ゴール前の勢いで完全にボルドグフーシュに差されてしまったかのように見えたが、写真判定の結果、アスクビクターモアがハナ差だけ粘り切って見事に勝利。

念願のGⅠ制覇は阪神芝3000mのレコードタイム更新という快挙と合わせて、見事に菊花賞のタイトルを掴んでみせた。

これが自身初のクラシック制覇となった鞍上の田辺裕信はインタビューで「一戦一戦パワーアップしているのを感じ取れる馬」と、愛馬のことを評した。

時に不器用にさえ感じた頑固一徹なあの先行策にはこの馬、陣営ならでは思いが込められ、その思いが菊の舞台で見事に花開いた。

 その走りから、どこか昔ながらのステイヤーの香りが漂ってくる令和4年の菊花賞馬、アスクビクターモア。無尽蔵のスタミナを武器に今後も日本競馬界をリードする存在となることだろう。


■文/福嶌弘