ネットから「空気を破るメディア」が生まれることを期待したい~田原総一朗インタビュー - 田原総一朗

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※この記事は2022年03月21日にBLOGOSで公開されたものです

不屈のジャーナリスト・田原総一朗さんのインタビューもこれが最終回となる。「BLOGOSが終了するのは非常に残念」という田原さんだが、最初のインタビューは2011年9月。民主党の野田政権が発足してまもないころだった。それから11年。日本の社会も政治もメディアも大きく揺れ動いた。この間の出来事を振り返ってみて、どのように感じているのか。これからの時代、メディアはどうあるべきなのか。田原さんにラストメッセージを聞いた。【田野幸伸 亀松太郎】

民主党政権は検察によって潰された

民主党政権が誕生したのは、東日本大震災前の2009年。長らく自民党政権が続いていたが、政権交代により新しい時代が始まったと国民の多くが期待した。だが結果的に、民主党政権は3年3ヶ月の短命で終わった。

なぜ民主党政権は3年あまりで幕を閉じたのか。その理由について、マスメディアは「民主党の政権運営があまりにも下手だったから」「民主党がだらしなかったから」と総括しているが、僕は全く違うと考えている。

ひとことで言えば、民主党政権は検察によって潰されたのだ。

そもそも民主党が政権を狙えるほど強くなった原動力は、小沢一郎にある。政権交代前の2007年、第一次安倍政権のときに実施された参議院選挙で、民主党は自民党に大勝した。そのときの民主党代表が小沢一郎だった。

この勢いならば、おそらく次の衆院選でも民主党が勝つだろう。そう思われたとき、西松建設事件が起き、小沢の秘書が政治資金規正法違反の容疑で逮捕された。すると、マスメディアはみな「小沢が悪い」と書きたてた。

僕は、代表的なマスメディアの幹部の何人かに「なぜ小沢を直接取材しないで、小沢が悪いと書くのか」と聞いた。返ってきたのは「書かないと検察に取材できなくなるので、書かざるをえない」という答えだった。

検察の流す情報に依存した、検察に都合のいい報道がマスメディアに溢れかえった。その結果、民主党の国会議員までが「小沢が悪い」と思い始め、小沢は代表辞任に追い込まれた。

民主党にダメージを与えた小沢一郎への追及

その後、鳩山由紀夫が民主党の代表に就任し、2009年の衆議院選挙に勝って、政権交代を実現した。鳩山は選挙のとき、沖縄の普天間基地の移設先について「最低でも県外」と公約して、辺野古への移設反対という姿勢を打ち出した。

ところが、在日米軍の問題は日米地位協定のために、総理大臣といえども米軍の方針は覆すことができない。結局、鳩山政権は公約を果たせないまま、1年ももたずに崩壊することになる。

鳩山政権が普天間問題で苦境に立たされているころ、小沢一郎に関して新たな問題が持ち上がった。小沢の資金管理団体である陸山会をめぐる問題で、元秘書らが逮捕されたのだ。

このときも新聞を始めとするマスメディアは「小沢が悪い」と書き立てた。民主党議員も「小沢が悪い」と批判した。検察は小沢を嫌疑不十分で不起訴処分としたが、検察審査会が起訴議決をしたために、小沢は強制起訴された。

小沢は無実を強く主張した。しかし、鳩山の後を継いだ民主党代表の菅直人は、小沢を党員資格停止処分にした。小沢は怒った。有罪判決が確定したわけでもないのだから、怒るのは当然だ。

結局、小沢は裁判で無罪となった。無罪にもかかわらず民主党員としての資格を停止させられたわけだ。これは、小沢本人にとってだけでなく、民主党にとって大きなダメージとなった。

マスメディアも検察の「小沢潰し」に加担した

この一連の問題について僕が取材してわかったのは、検察はなんとかして小沢を起訴しようと考えていたということだ。結果的に小沢は無罪になったが、その政治生命に大きな打撃を与えることに成功した。

検察がそこまで小沢の追及にこだわったのはなぜか。理由は二つある。

一つは、小沢がそれまでの官僚主導制から政治主導制へと強引に切り替えようとしたことだ。当時の政策を決めていたのは、国民から選ばれた政治家ではなく、官僚だった。小沢はそれを変えようとして、官僚の強い反発を受けた。

官僚組織の一角である検察が、官僚たちの意向を代表する形で「小沢潰し」に奔走したのだ。

皮肉なことに、民主党政権が倒れて誕生した第二次安倍政権では、内閣が官僚の人事権を強く握り、官僚が内閣の意向を忖度するようになったが、その下地を作ったのは小沢だったと言える。

もう一つ、小沢は田中角栄のロッキード事件やリクルート事件は冤罪だと主張していたが、検察はそれも気に食わなかった。それで小沢をなんとかして潰そうと考えた。

小沢が党員資格停止となり、その強い政治力を生かせなくなった民主党政権は力を失っていく。菅直人の後に首相になった野田佳彦は消費税の増税を掲げたが、小沢は激しく反対して、民主党は分裂することになった。

民主党政権が瓦解し、短命で終わったのは、検察が民主党のキーマンだった小沢を潰したためだ。民主党がだらしなかったからではない。その点は強調しておきたい。

そして、この検察の「小沢潰し」にマスメディアも加担していたと言える。マスメディアが検察の意向に沿った報道を続けた結果、自民党一強の政権が生まれ、日本の政治に緊張感がなくなった。それがいまも続いている。

ジャーナリズムは空気を破らないといけない

この10年のメディアの動きを振り返ると、新聞やテレビといった既存メディアがどんどんおとなしくなってしまったと感じる。特にテレビは、クレームを恐れて無難な番組ばかり作るようになった。

いまの日本の社会では「空気を読む」という言葉が一般的になっている。空気を読むというのは、体制に順応することだ。

しかしジャーナリズムはそうであってはダメだ。ジャーナリズムは積極的に空気を破らないといけない。マスメディアが空気を読むようになってしまったのは、とても残念だ。

そんな中で、さまざまなネットメディアが生まれて広がっていったのは、いいことだと思う。2011年にはニコニコ動画で小沢一郎と徹底的に生討論したが制約がなく、自由に討論できた。

BLOGOSのインタビューでも、政治やメディアの問題を中心に、僕の意見を自由に語らせてもらった。こういう場があることは貴重だった。

これからも、既存メディアにできないことを思い切ってやるメディア、つまり「空気を破るメディア」が、ネットからどんどん生まれてくることを望みたい。

BLOGOSの連載が終わってしまうのは非常に残念だが、ぜひ、新しいメディアを作ってほしい。そこでまた、自由な発言をさせてもらえることを期待している。